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決闘の余波

 フソウ城といえば、その名通りヤーパンの王都フソウにおける中心地と呼べる城である。

 その特徴は、何と言っても三重の堀造り。

 外堀、中堀、内堀と三つもの堀を備えており、何らかの術法を用いて上空から俯瞰したならば、巨大な花弁のごとく感じられる構造なのだ。

 しかもこれは、ただ見た目が荘厳なだけでなく、堅牢にして不落。

 まさに、(まつりごと)の心臓部として相応しい大城であると言えるだろう。


 そのさらに中心部……。

 言ってしまえば、ヤーパンの頭脳と呼んで差し支えなき場所――天守閣において、ある二人の人物が正座で向かい合い、茶を飲んでいた。

 茶の湯のような形式ばった場ではない。

 あくまで、飲み物として茶を味わい、世間話に興ずるくだけた席である。

 ただし、使用している茶器は西洋由来のティーセットであり、供されている茶も、やはり海外から仕入れた発酵茶。

 さらに、二人の前で懐紙に乗せられているのが、レーズンクッキーなる西洋の菓子であることを思えば、交わされている世間話の内容も知れてこようというものであるが。


「ふうむ……。

 緑茶の若き味わいとは好みが分かれるが、なかなかに深き旨味と渋みが加わった茶よ。

 しかもこれは、焼き菓子の濃密な甘さとよく合う。

 単に甘いものへ負けないというわけではない。

 焼き菓子に練り込まれた乳脂との相性が抜群なのだ」


 それぞれ一口ずつ味わい感想を口にしたのは、木綿の着物一枚に袴という質素な恰好をした中年武士である。

 肉付きは小肥といったところで、いかにも温厚そうなやわらかい顔立ちをしていた。

 こうなると、まげを結わえて大小を差すよりも、どこぞの茶屋で団子でも売っている方がよほど似合いそうであるが、侮るなかれ。

 彼こそは武家の頂点であり、このヤーパンでも随一と言っていい技前と権力を併せ持つ至高の侍であるのだ。


「さすがは、ケン坊。

 食い物に関しては、ぴたりと要所を言い当てられる。

 いかがかな? この際、質素倹約などとは言わずに、食道楽だけでも再開してみませぬか?」


 将軍――タイラマツ・ケンに対し、向かい合って茶と焼き菓子を味わうエルフが、涼し気な顔で言い放った。

 こちらは、透き通るような金髪を腰の辺りまで伸ばした着流し姿の美男子である。

 見た目の上ではケンよりも遥かに若々しいが、いかんせんエルフであるため、実態としては年上もいいところであろう。

 何より、年輪を重ねてきた者に特有な魂の奥深さと言うものが、肉の器を通じて感じられるのだ。


「スイキョウ先生にそう言われると、心も揺れてしまいますが……。

 しかし、倹約からの財政立て直しは、おれが将軍職に就任して以来、強力に推し進めてきた政策でございますゆえ。

 それに、何もかもをケチっているわけではなく、武家として必要なところにはむしろ力を入れておりまする。

 また、普段節制しているからこそ、このような美味を味わう時は、かえってそれが鮮やかに感じられるのですな」


「ふふん……。

 師としては、立派な心がけと褒めて差し上げたいところですがな。

 しかしながら、鮮やかに感じられている割には重大な誉め言葉が抜けており、そこを咎めぬわけにはまいりませぬ」


「これはこれは……。

 一体、何が抜けておりましたかな?」


「ずばり、妹弟子であり、菓子の製作者であるミドリを褒める言葉です」


「これはこれは……。

 なるほど、不覚でした」


 はっはっは、と、声を重ねて笑い合う二人である。

 尚、土産として焼き菓子を所望された当の本人であるミドリは、持っていく相手が将軍だとは一切知らされていない。

 もし、自分の菓子が将軍に土産として渡されていて、かつ、師との間でこんな会話が交わされていると知ったならば、卒倒することだろう。


「我が妹弟子は、西洋において算術など様々なことを学んでこられたのでしたな?

 その傍ら、このように美味な菓子の作り方まで習得してくるとは、兄弟子として鼻が高い」


「他にも色々な料理を習得したようです。もっとも、当人の口には合わぬもの多数のようですが……。

 さておき、あの娘から聞いた冒険者ギルドなる組織の実態は、色々と興味深く思います。

 やはり、直接弟子を潜り込ませたのは正解でした」


「どのようなところが興味深いと?」


「浪人となりかねぬ者たちが、平和裏に警察力として活用されている……というところですな」


 ケンの質問に、腕組みしたスイキョウが答える。


「我が国が各藩でそうしているように、魔物祓いとして正式に雇用して使うとなれば、当然ながら養える数には限界がある。

 が、あちらではそれを半ば民間事業とすることで、高度に柔軟化しているわけですな」


「なるほどですなあ」


「しかも、人材の流動性が高い。

 我が国のように、代々が同じ職を引き継ぐとあっては、当然ながら適性の合わぬ者も生まれてきます。

 それに、職そのものが歪な形へ変容する。

 我が不詳の弟子に忍者も一人おりますが、本来、忍者というのは白昼堂々と忍び装束で出歩くものではない。

 我が盟友ジライヤがあの世で知ったならば、噴飯することでしょうよ」


「職業と階級の硬質化については、おれも頭を悩ませているところです。

 が、かの国におけるギルドの仕組みを、我が国へそのまま取り込むというわけにもいきますまい。

 考えるに、いまだ未開拓の肥沃な土地が多く、歴史の断絶期に生まれた古代迷宮なども多数存在する大陸側だからこそ、成立する制度では?」


「そこは、我が国に合わせてやわらかく変容させるのが肝要でしょう。

 まず愚考いたしますのは、幕藩の垣根を超えた自由度の高い軍事組――む?」


 スイキョウが種族特有の長い耳をぴくりと震わせたのは、天守閣の窓辺に一羽の雀が止まったから。

 しかしながら、この雀……尋常なそれではない。

 まず、羽毛が白一色であり、その上、小鳥のそれとは思えぬ魔力が宿っているのだ。

 スイキョウが使役している使い魔の一羽である。


「先生、いかがされたかな?」


「ふうむ……。

 先ほど話に出したバカな弟子が、白昼堂々と喧嘩をして負けたようでしてな」


「はっはっは! スイキョウ先生の弟子が、この王都フソウで昼間から喧嘩を!

 どこかで聞いたような話ですな!」


「いや、まったく。

 目の前にいるわんぱく坊主のかつてを思い出しますが……問題は、そのバカ弟子の実力も、かつてのわんぱく坊主に劣らぬことです。

 魔物祓いでも、“い”の中堅どころでしてな」


「ならば、我が国でも生え抜きの精鋭。

 それが負けるとは……相手は同じ魔物祓いですか?」


「いえ……使い魔が告げるところでは、異国よりの戦士。

 どうも、風体から考えるに冒険者というやつのようですな」


「ほう……それは、なかなか」


 ケンが、新たに一枚のレーズンクッキーを手に取る。

 そして、妹弟子が焼き上げたそれを一口で頬張ると、これまでと打って変わった凶暴な笑みとなったのだ。


「……んっがっんっん……面白い」


「ケン坊、下品ぞ。

 あまり童心にかえらぬことです」


「これは、肝に銘じておきましょう」


 再び、二人ではっはと笑い合う。

 つまり、だ。

 暗黙の了解として、将軍がお忍びでその冒険者に会うと決定したのである。

 それはつまり、ミドリの経営する『かめ吉』にヤベーくらい偉い人が訪れることを意味していた。

 お読み頂きありがとうございます。

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