ラミンVSロウガ 後編
「――うおおおっ!」
背後から声をかけられたロウガが、すぐさまその場を飛び離れる。
忍者の背後へ回り込んだラミン……いや、“戦神”ニウは、それを追撃することなく静かに見守った。
一体、何が起こったのか……。
常人の脳では、処理が追いつかない。
「……すっげえ!」
「なんだ! 今の動きは!」
「ロウガが一瞬で間を詰めて、そのロウガの背をそれより早く異人さんが取っちまったぞ!」
だが、ようやくにも何が起きたのかを理解した野次馬たちが、次々とそのような言葉を吐き出していた。
(すごい……ロウガ君)
一方、声を出すことなく冷静に観察していたのがミドリ。
腕前は、かつてと比べ物にならない。
また、セネクア王都冒険者ギルドに勤めて得た経験と照らし合わせると、修羅場をいくつかくぐった人間に特有の凄味もまとっている。
魔物祓いとして新進気鋭であるという話に、嘘偽りはなし。
セネクアにおいても、おそらくはAランク下位として分類されるだろう実力であった。
(でも、ラミンさんはそれをまったく問題としていない)
しかし、それ以上に凄まじいのが、“戦神”ニウことラミンだ。
さすがは、冒険者の最高峰――Sランク。
もはや、人間という枠組みを超えて、神がこの地上に遣わした神造物と言って過言ではない。
戦闘者として遥かに格上の存在であることを、誰の目にも明らかな形で見せつけたのである。
「はっ……! はっ……!」
そして、“戦神”の実力を誰よりも見せつけられたのが――当然ながら――ロウガ。
野次馬たちによって生み出されたリングの端で、深く腰を落とすその姿からは、いまだ戦意が衰えていないのを察せられた。
だが、驚愕に目を見開いたその顔は、汗腺という汗腺から脂っぽい汗が滲み出している。
戦闘において、背後を取られるというのは、そのまま死を意味するものだ。
一瞬の……攻防とすら呼べぬ動きの見せ合いにおいて、ロウガは己の死を知覚したに違いない。
「どうした! どうした!」
「やれやれー!」
「まだ、お互い得物すら抜いちゃいねえぞー!」
そんな当事者の心情を察しない野次馬たちが、無責任に煽り立てた。
とはいえ、ミドリの目から見て勝敗は明らか。
背後を取ったラミンが腰の剣を抜くでもなく、何らかの打撃を加えるでもなく見逃したのは、武士の情けというものなのだ。
「そこま――」
よって、勝負の終わりを告げるべく右手を上げようとしたが……。
「――へっ!
なかなか、やるじゃねえか!」
ロウガが、不敵な笑みを浮かべてみせたのである。
「ロウガ君?」
「だーが! 今ので勝ったと思われちゃあ困るなあ!
言っとくが、俺はまだまだ本気を出しちゃいないんだぜ?」
チッチッチと、指など振りながら宣言するロウガ。
それを見て、ミドリが……。
いや、この場に集った暇人たちが抱いた感想など、ただ一つしかあり得ない。
すなわち……。
――だ、ダセえ!
……このことである。
「おい、あいつ……あからさまな負け惜しみを言ってやがるぞ?」
「ああ……あそこまで負け惜しみらしい負け惜しみを見たのは、おぎゃあと生まれて以来初めてかもしれねえ」
「情けないと思わないのかしらね」
ミドリが口にするまでもなく、野次馬たちによる無情なツッコミがロウガを襲う。
「ぐうう……!」
これは……恥ずかしい!
強がった笑みを浮かべるロウガの顔が、幼馴染のミドリでも見たことがないほど真っ赤に染まった。
だが……。
「つ、強がりじゃないやい!
いいぜ! 見せてやる!
これこそ、俺が厳しい修行の果てに習得した奥義だ!」
そう言いながら大安売りで大衆の目に晒した奥義は、なるほど、言うだけの代物ではあったのだ。
「オンガタキリバ……オンガタガタキリバ……!」
両の人差し指で印を結んだロウガが呪を唱えると、その身から爆発的に魔力が噴出する。
体内で練り上げられたそれは、ただ外に出されたわけではない。
印を結ぶロウガそっくりの魔力像として、次々と周囲へ現出したのであった。
見る者が、乱視を疑いかねない現象。
だが、どれほど酷い乱視であったとしても、これだけロウガの姿がブレて見えることはあるまい。
そもそも、人垣を作る野次馬たちなどは普通に見えているのだから、やはりこれは異常な光景であり、術なのだ。
ずばり、これは……。
「分身しやがった!」
「しかもありゃあ、見たところ実体を備えてやがるぞ! 影がある!」
「物に触ったりできるってことか?
えらい高等な術だと聞いているがなあ」
「さすが、スイキョウ先生のお弟子さんだよ」
人間の手のひらというものは、水を受けたししおどしのごとく簡単に翻るもの。
「「「「「ふふーん、どうだ」」」」」
野次馬たちの称賛を受けて、誕生した大勢のロウガがイイ気になってみせる。
何しろ、十数人にも及ぶ人数が同じロウガの顔でそれをやっているので、ミドリとしてはかなりウザかった。
「「「「「戦いは数だぜ! ちょっとは速さに自信があ――」」」」」
「――ロウガ君。
聞き取りづらいから、どれか一人で喋って」
「……うす。
戦いは数だぜ! ちょっとは速さに自信があるようだが、これだけの人数を一度に倒せるかな?
言っとくが、俺の分身に欠点はねえ!
全部本体であるこの俺と同じ実力だし、このまま丸一日だって維持できるぜ!
一発攻撃入れれば消滅するかもとか、甘い期待はするなよ?」
ミドリにたしなめられ、ロウガ(本体)が自信満々に告げる。
なるほど、その言葉通りならば確かに欠点はない。
本体を分身に紛れさせたなら、より効果的だっただろう。
「……なあ、あいつどうして本体をわざわざバラしてんだ?」
「さあ……まあ、術使ってるところ見られてるから、どれが本体かは丸分かりだし」
「にしたって、わざわざどれが本体かを教える必要はあるまいによ」
「というか、分身を壁にして本体が隠れちゃえばよかったんじゃないの?」
賢明なる野次馬たちが、ミドリが思ったことをそのまま指摘する。
「「「「「……あ」」」」」
それを受けて、ロウガ(本体)のみならず、十数体いるロウガ(分身)たちもかくりと顎を落とし、赤面した。
まさに――烏合の衆。
バカを何人増やしたところで、大した知恵は生まれぬという証左である。
「ま、まあいい!
勝ちゃあいいんだよ! 勝ったもんが勝ちだ!」
ロウガ(本体)が、ラミンをびしりと指差しながら叫ぶ。
そして、勝てばよかろうという持論を証明すべく、烏合の衆全員で一斉に彼へと襲いかかったのだ。
「「「「「ヒャッハー!」」」」」
なお、ロウガの切り札たる分身の術は確かに強力であるが、一つだけ大きな考え違いがあった。
いや、これは、見積もりが甘いというべきか。
確かに、戦いは数。
数の暴力をもってすれば、よほどの相手でない限り必勝あたうことだろう。
だが、愚かなる忍者がこの術で挑みしは、ラミンこと――“戦神”ニウ。
ノーコメントで温かく奥義の披露を見守っていた彼こそは、数の暴力を吹き飛ばすほどの、圧倒的質の暴力を有せし最強勇者なのだ。
結果、この戦いはどうなったか。
「「「「「あーれー!」」」」」
無数の幼馴染たちが一瞬でぶっ飛ばされ、晴天に輝く星となる光景をミドリは目撃したのであった。
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