戦いの前
長い夜が明けた。
犠牲となった者はすでに息絶え、時間がたつにつれ肌の色を茶褐色へと変えていった。変色の度合いは先の犠牲者ほどではなかったが、程度の差はあれ症状としては同じである。
肌の変色。
それは怪獣が口から出す毒液の作用と推測された。そして何より、連続した事件の犯人が、この怪獣であることを物語っていた。
この悲惨なできごとは、ただちに臨時ニュースとして放映され、巨大な蚊の飛ぶ姿が映し出される。巨大蚊はヤブ蚊を拡大したそのものであり、黒い胴体には数本の白い輪の模様が鮮明に入っていた。
かたや、巨大蚊が飛来した地域周辺。
人々は外に出ることさえかなわない。商店をはじめ会社や学校など、すべてが閉鎖される。
未知の怪獣の出現。
それは一夜にして、人々を恐怖のドン底につき落としたのだった。
その日の朝。
非常事態の発生に、国は政府内に巨大蚊対策本部を立ち上げた。同時に学者などの専門家を集め、今後の対策について緊急会議を開いた。
会議の結果。
繁殖場所には一定量の水が必要で、卵は池などに産みつけられる。卵はボーフラである幼虫に成長し、数回の脱皮を繰り返しながら成虫の巨大蚊となる。
このサイクルのうち卵の段階が、人に対する危険度がもっとも低い。しかも卵は集合状態にあり、一網打尽に壊滅させることが可能だと結論づけ、それに基づいた対策についてもいち早く発表した。
一点目、巨大蚊の繁殖への対策。
警察で調査隊を結成し、卵の産みつけられた池や沼を探し出す。続いて自衛隊がそこに、上空からヘリコプターで重油を流し込むこととした。
水面に浮いた重油は厚い油膜を作る。それはボーフラの呼吸を妨げ、さらに成虫が卵を産みつけることを妨害する。
二点目、成長した巨大蚊への対策。
飛来する巨大蚊に対しては、自衛隊の地上部隊が戦車と機関銃を使用して退治することとした。
三点目は、近隣住民の安全対策。
住民たちの避難誘導については、役所など地域の行政機関が行うこととした。
その一方。
県警本署内の捜査本部は、政府の巨大蚊対策本部の指揮下に組み込まれることになった。捜査陣などの体制はそれまでと変わらなかったが、名称は現地対策本部に変更され、引き続き捜査本部長が指揮をとる。
政府の方針を受け、県警の捜査陣全員が対策本部室に集められた。テーブルの各自の前には、政府から送られてきた資料のコピーが置かれてある。
まず本部長は、ここが現地対策本部となることを告げてから、配下全員の顔を見渡した。
「ここでの任務は、本部の指示を現場に伝えたり、現場の情報を本部に報告するといった、いわば現場と本部の調整役だ」
資料を目の前にして、捜査員たちのだれもが緊張している。新たななれない任務に顔を見合わせている者たちもいた。
続いて本部長は、資料にそって巨大蚊対策の方針など、ひととおりの説明を終えると、現地対策本部長としてのはじめての指示を出した。
「現場周辺に、自衛隊が駐留することになった。まずは、その受け入れ先を確保しなきゃならん。しかも早急にだ。で、吉村刑事。君は現場付近のことに詳しいかね?」
吉村刑事の出身は、事件があった地元の警察署である。こうしたこともあって、あえて名指しをして聞いたのだ。
「はい、地理的には。パトロールなどで、日ごろから巡回していましたので」
「現場付近でいくつか、駐留に適した場所を確保しなきゃならんのだが」
「学校であれば、いくつかありますが」
「で、何校ほどある?」
「閉鎖されたものが三校あります。小学校が二校、中学校が一校です」
「それだけじゃ足りんかもしれんな。なにしろ他県の警察官たちも応援に入る。それも、かなりの人数になる。その場所も確保しなきゃならんからな」
「寝泊まりするスペースも必要ですね」
「ああ、それに食事をとる。調理ができれば、なおいいんだが」
「各地区にある消防詰所と、公民館ぐらいしか思い当たりませんが」
「いいだろう。だが全部が、寝泊りできんかもしれんな。そういう場所には寝泊りできるよう、地元の役場に手配を依頼してくれ」
「わかりました」
「それが完了したら、周辺にある池や沼の位置図を作ることになる。他県から入った応援者は、われわれ以上に土地カンがないんでな。それではみんな、手分けして早急に取りかかってくれ」
本部長はまずもって、これからすべき当面の指示を出したのだった。




