怪獣の出現
吉村刑事は署長室にいた。
ほかの刑事らがそばにいては笑われて話にならないだろうと、あえて署長室にまで乗り込んだのだ。
バイオ研究所で見た野菜。
所長から聞いた話。
薬品と突然変異。
それらを吉村刑事が報告する。
本部長は黙って耳を傾けていたが、吉村刑事の話が終わると、渋い表情で口を開いた。
「とても信じられんな」
「捜査は行きづまっています。このさい、なんにでもあたってみるべきでは」
「だがなあ」
「ダメですか?」
「こんな話、マスコミにかぎつけられてみろ。それこそ笑い者にされるぞ」
「なら、極秘で捜査をしては?」
「極秘でか。だがな、怪獣の捜査となると、うちの署員だって、だれも本気にせんぞ」
「怪獣ではなく、突然変異した巨大な蚊です。実際には研究所の捜査になりますが」
吉村刑事は粘り強く食い下がった。
「どっちにしろ同じだろ。あの研究所は国家のプロジェクト事業をやってるんだぞ、妙な憶測だけじゃ、おいそれと捜査状はとれんよ」
本部長は首を横に振ってから、一段と険しい表情を作ったのだった。
本部長が了承しないかぎり、一刑事が勝手に動くことなど許されない。吉村刑事は無念な思いを残したまま、署長室をあとにした。
しかし不幸かな。
吉村刑事の推理が、その日の夜のうちに的中してしまうことになる。
太陽が山ぎわに淡い影を落としながら、夜の底に向かってゆるゆると沈んでゆく。林や森は、人々の暮らす集落より一足先に闇を迎え入れようとしていた。
森の奥深く、木々の陰に潜んでいた巨大なモノたちが目をさます。
それらは一匹、二匹と、日の落ちた黒い森の上に現れ出ると、そこから見える民家の明かりを目ざし飛んでいった。
その数は十を超えていた。
かれらはみな、三人を変死させた犯人の、初めての世代の子らである。この一カ月ほどの間に、卵から幼虫に成長し……今朝、同時に成虫となったのだ。
怪獣たちの群れが集落に近づくにつれ、奇妙な震動音が人々の耳に伝わるようになる。この聞きなれない音の正体を確かめようと、多くの者が庭先や道路に走り出た。
そこに突然。
上空の闇から、体長三メートルを超す生物が舞い降り、次々と無防備な者たちにおそいかかった。そして六本の長い足で自由をうばい、おおいかぶさるように地面に押し倒してゆく。
人々は状況がつかめず、おそいくる怪獣から必死に逃げまどった。
車の下に隠れる者。
家の中に逃げ込む者。
捕まって犠牲になる者。
それらはまさに、怪獣映画の一場面さながらであった。
県警本署の捜査本部室。
「なんですって!」
受話器を取った若い刑事が、すっとんきょうな大声をあげた。
張りつめた空気のなか、若い刑事の電話のやりとりが始まった。それに捜査員みなが目を向け、じっと耳をそばだてている。
会話の節々から……。
それがバイオ研究所の近くで、しかも何かとんでもない事件が発生していることがわかった。
「了解しました」
電話を終えた若い刑事は、すぐさま本部長席に向き直り、話の内容を伝えた。
「事件のあった署からで、研究所の近くの村に怪獣が現れたそうです」
「詳しく話すんだ?」
本部長が若い刑事のそばに歩み寄る。
「それも数が多くて、現場の警察官だけでは手の打ちようがないので、早く応援を頼むと」
「ほかには?」
「怪獣は空から飛んできて、巨大な蚊のようだということでした。それに負傷者もいるようです」
「やはり……」
吉村刑事のつぶやきに、坂下刑事が小さくうなずいてみせる。ほかの刑事たちも動揺したおももちで、それぞれが互いに顔を見合わせていた。
「ただちに現場に行く。全員が各自、拳銃を携帯するように。次の指示はおって出す」
本部長は自ら先頭に立ち、すぐさま出動の準備を始めたのであった。
捜査員たちは数台のパトカーに分乗し、怪獣が暴れているという集落へと向かった。
車でとばしても一時間半と、事件現場まではかなりの距離がある。国道を北に向かって、サイレンを鳴らしながらパトカーを走らせた。
「現実のことになってしまいましたね」
「ああ、最悪だ!」
吉村刑事が吐き捨てるように言う。
「負傷者もいるって」
「気になるな」
「ええ、心配ですね」
今こうして、二人は本署内の捜査本部に出向している。けれど本来は、怪獣の現れた集落を管轄している警察署の刑事である。ゆえに現場にいるのは、県警本署に出向する前の同僚たちなのだ。
道のりのなかば。
本部長から無線連絡が入った。
「吉村です」
吉村刑事が無線機をつかむ。
『ほんとに起きたようだな、君の言っていたとおりのことが』
「そのようですね」
『怪獣は蚊そのもので、体長は三メートル以上あるそうだ。それに動きがとてつもなく速いらしい。現場に着いたら、パトカーの中で待機をするように』
「見ているだけですか?」
吉村刑事が問い返す。
『非常に凶暴で、どこからおそってくるかまったくわからんそうだ。それに現場から、拳銃がまったく役に立たんという報告も入った』
「わかりました」
吉村刑事はくちびるをかみしめてから、無線器を力なくもどした。
「とんでもない怪獣のようだな」
「拳銃が役に立たないなんて」
坂下刑事がハンドルを強くにぎりしめる。
その後。
数台の救急車と、たて続けにすれちがう。怪獣による負傷者が、町の大きな病院に運ばれているものと思われた。
およそ一時間半後、県警のパトカー全車が現場に到着した。
暗闇の中。
いくつものパトランプが赤く燃えている。
それらは近隣から先にかけつけたパトカーで、車外にいる者はなく、全員がパトカーの中から上空を見上げていた。
うなるような重低音が、どこからともなくパトカーの中まで伝わってくる。その音は大きくなったり小さくなったりを繰り返した。
吉村刑事は上空を見上げていた。
ときおり黒い物体が見え隠れする。
「でかいな」
「ええ、思っていた以上です」
隣の運転席では、坂下刑事がフロントガラス越しにあおぎ見ている。
夜どおし……。
怪獣たちは闇の中を舞い降りては、また舞い上がるといったことを繰り返した。子孫を残すために、栄養とするエモノを探し求めていたのだ。
夜明け前。
怪獣の数が徐々に減り始める。
太陽の昇り始めるころになって、やっと怪獣のすべてが消え去ったのだった。




