■第11章『三角関係!?』
涙――――秒殺成分を含む――――それは女性の武器のひとつ。その涙でトシは悩んだ。
「やっぱり引き返そうか」玄関口から体育館に通じる渡り廊下で立ち止まって思案しているとき、部活を終えたばかりのカレンとバッタリ出会った。
驚いた。
「どうしたのトシ君、そんな顔して。今、部活終わったの。更衣室で着替えてくるからちょっと待っててね。いっしょに帰ろうね」
彼女の服装に驚いた。
白のノースリーブのユニフォームにミニスカート姿だった。ピンク色のスポーツタオルを首に巻いている。制服姿は見慣れているけれど、バドミントン部のときの彼女の姿にびっくりした。とてもまぶしかった。胸元を見てドキドキし、下半身に目を移すと長く伸びた脚が丸見えだった。見てはいけないものを見てしまったのかもしれない。
「そんなにジロジロ見ないでよ」
やっぱり怒られた。
「イヤ、ちょっと待って」
彼女の肩に手をやり、引き止めた。後ろのほうからやって来た部員たちが二人を足早に追い越していく(そのなかに、ちひろの姿もあった)。みんなが通り過ぎるのを確認してから、彼は戸塚さんのことを伝えた。「実は、そこの階段の踊り場でA組の戸塚さんに会って……」。見たこと、聞いたことをカレンに打ち明けた。ちょっと興奮して早口になっていたかもしれない。自分は、戸塚さんを無視することができない、ということまでキチンと伝えた。すべてを話してしまってから全部言わなくても良かったな、とちょっと後悔した。興奮していたから仕方がない。
「えっ。本当なの?」
今度は、カレンのほうが驚いた。
彼のほうは、落ち着こうと、唾をのみ込むようにして深くうなづいて見せた。
「戸塚さんって、あの生徒会の……?」
まさか、三角関係になるとは思わなかった。彼女も同様だったろう。自分のリクエストハガキがラジオの深夜放送で読まれたことで、こんな事態になるなんて。トシは尋ねた。
「どうする?」
バカな問いかけだったかもしれない。自分のことなのに、彼女に丸投げしてしまった。男がアタフタしているときは、たいてい女の子のほうがしっかりとした対応ができる。そんなとき「女の子ってやっぱりスゴイな」ってトシは思う。カレンはその中でも特別だ。
でも、その逆はあまりないかもしれない。女の子がアタフタしてしまうと、男は余計にシドロモドロになる場合が多い。
「そうねぇ。トシ君、分かったわ。ここは女の子同士で話すから。私にまかせて」
さすが、カレン。彼の話を聞き、そのまま階段を駆け上っていった。頭のいい子だから、こういうときの機転が利く。でも、ちょっと不安だったから後から付いて行くことにした。まさか女の子同士でケンカになったら困る。不吉な予感がしたからだ。
仕方なく階段の下から二段目にどっかり座って待つことにした。
何かをしてあげたかった。でも自分ではなくカレンが何かをしてくれようとしている。仕方ないか。彼女にまかせようか。そうするしかないのだ、と痛感した。お手上げ状態だった。そんなことを考えている間にも、階段の踊り場で、女性陣は何やら話しをしている。
彼は、しゃがみこんで途方に暮れていた。およそ三〇分。その間に、カレンと戸塚さんは何を話したのだろうか。断片的な会話は聞こえてきたけれど、内容はさっぱり分からない。「男が悪い」「僕が悪い」などと、勝手に結論づけていないだろうな。「女性同士、がんばりましょう」などと励まし合っていないだろうな。そうだとしたら、世界の終わりだ。自分は、女子二人の操り人形になってしまう。
「トシ君、お待たせ」
階段を見上げる。二人がいっしょに降りてきた。戸塚さんのほうは、トシに軽く会釈をして黙って玄関口へ。ひとりで帰るつもりらしい。すれ違う際、なぜか紅茶の香りがした。
「あのー」
彼は声をかけそびれてしまった。彼女の独特な香りが漂うなか、これで良かったのだろうかと半信半疑のままでいると、カレンが続いて来た。吹っ切れたようにスッキリした表情で、しかもうれしそうだった。
「明日から、戸塚さんがライバルだわ。私たちにはいくつか共通点があることに気づいたの。トシ君も、いっしょにがんばりましょ」
彼女らの企みが何か知らなかったが、女子パワー――――男子には分からない秘密の新成分が混じった――――にドンドン巻き込まれていくような気がした。
「毎日が勝負ね。着替えてくるわ」
カレンが微笑んだ。何か希望に満ち溢れていた。
三角関係がそんなに楽しいのだろうか。女性の武器は何か、彼ははじめて知った。女の子は女の子であること。男にはない、大きな武器だ。例えば、涙。どんな女の子にせよ、泣いているのを見過ごす男はまずいないだろう。女の子の涙はなぜか男心を惑わす。それから、笑顔。笑顔がカワイイ女の子はやっぱりステキだ。男心をグイッと引きつけて離さない。
(秀才の戸塚さんか。清純そうで、うーん、悪くないな)
もうひとりの自分がうなった。
「バーカ」
(モテる男はつらいね)
二人でクスクス笑った。
「あら、また変よ」と、カレンは不思議そうにトシを見ていた。
この後、どんな風になっていくのか。もちろん、そのときはまだ何も知らずに彼は三角関係になったことを割りと肯定的に考えていた。
カレンが更衣室から戻ってきた。
「帰ろ」
「うん」
さて、帰り道にどんな話が聞けるのだろうか。校門を出るとき、トシは振り返って学校を眺めた。雨上がりの校舎。いくつもの窓ガラスにオレンジ色の空が映って輝いて見えた。




