第6話 村八分――たいまつと男たち
「回った。回ったぞ!」
水をくみ上げて水路に流す水車の動きを見て、兄のマルスが手を叩いて声を上げた。
水車の修理を一人でやってのけたダーミアだったが、できあがった水車を元通りに取りつけることはできなかった。
八歳の子どもにできる作業ではない。
ダーミアはマルスを呼んで水車を見せ、村人の力を借りるように頼んだ。
半信半疑ながら、藁にも縋る気持ちで村人は水車の修復に協力した。
今その水車が古い水路に水を送り出し始めていた。
「水だ! 水が流れていくぞ!」
跳びはねる勢いで、マルスは斜面を下る水を追いかける。足がもつれて転んでも構わない。
もがくように立ち上がり、勢いを増す水を追いかけて行った。
その後、新しい水源が見つかったという知らせが広がり、村の男たち総出で旧水路の補修が行われた。
泥だらけになりながらも、水を得た喜びにどの顔も明るかった。
「ため池に水がたまり始めた! ダーミアのおかげだよ」
「たまたまだよ。壊れていた水車を直しただけさ」
マルスはダーミアの肩を叩いて喜びを伝えた。無理もない。村が飢饉から救われるのだ。
「そうそう。忘れないうちに言っておかなきゃ」
「うん? 何だい、ダーミア」
笑顔の消えないマルスに、ダーミアは水車の修理は仮のものであることを伝えた。
「生木を使って直してあるからね。長くはもたないんだ。ちゃんとした材料で作り直すように村長に伝えてくれる?」
「そうなのか? わかったよ。村の大人に言っておくね」
生木は水分を多く含んでいるため変形しやすく、折れやすい。
力が加わる場所の材料には適していないのだ。
話は村長にまで伝わり、壊れる前に水車の再修理を手配することになった。
「今度はちゃんとした材料を使わねばならんでな。本物の職人を呼ぼう」
シラン村から三日ほど歩いた場所に、少し大きな村がある。村長はそこの大工に修理を依頼することにした。
元々村で家を建てる時や、大きな修繕を行う時はそこの大工に頼んできたのだ。
「ああん? 水車の修理だぁ? シラン村に水車なんてもんがあったかよ?」
「百年も前の廃村で見つかったもんでして……」
「生木で修理しただと? チッ! 素人が半端な仕事をしやがって」
シラン村からの使いを大工は腹立たしげににらみつけた。大工にしてみれば自分の仕事を横取りされた気分だった。
「けっ! てめぇで直したもんなら、最後まで自分たちでやったらいいじゃねぇか」
「それは……。村には大工がいねぇもんですから」
大工の機嫌を直そうと、村の使いは頬を引きつらせながら下手に出た。だが、その卑屈な態度が大工を増長させた。
「へん、知ったことかよ! この大日照りだ。どこの村だって水車だ、井戸だ、水門だって言ってよ、修理の仕事が引きも切らねぇんだ。おめぇんとこの面倒なんぞ見てられるかい!」
猛暑で疲れていたせいもあった。大工はけんもほろろにシラン村からの使いを追い返した。
往復六日をかけた修理依頼がまったくの無駄足になってしまった。
「そうか――。困ったもんだ」
帰ってきた使いから報告を受けた村長は腕を組んで瞑目した。村での修理作業を例の大工一手に任せることは暗黙の約束事になっていた。
悪気はなかったとはいえ、勝手に水車を直してしまったのはシラン村側の落ち度だった。
「ダーミアが直す前に話を聞いていれば――いや、今更どうしようもないことだったな」
八歳のダーミアが村と大工の決め事を知っているはずもない。仮の修理であっても水車は今も動き、村の用水を潤しているのだ。
ダーミアを責めるのは筋違いだった。
「村長、一体どうすりゃぁ……」
「うむ。わしが謝りに行こう」
組んでいた腕をほどいて村長は言った。
「村の不始末はわしの責任じゃ。頭を下げて許しを請う」
「村長――」
小さいとはいえ一つの村の代表がわざわざ片道三日をかけて謝りに行くのだ。村としての筋はそれで通せる。
村長は荷車一台に麦袋を積ませて、大工の村に出掛けて行った。なけなしの麦は大工への詫びの印だった。
これで何とか大工の機嫌を直せるだろう。
ほっとした使いの男は村長を見送ると、自分の家に戻った。
重責から解放されて気が緩んだのだろう。男はその日、晩飯を囲みながら事の顛末を家族に告げた。
水車の修理を大工に断られ、村長が謝りに出かけたという話は翌日村中に広まっていた。
「何だよ。悪いのはダーミアじゃないか! 出来損ないが余計なことをしたばっかりに!」
「大工に見放されたら、村が荒れ放題になっちまうぞ!」
「勝手な真似をしやがって!」
村人は口々に勝手なことを言い、ダーミアをののしった。あろうことか、その先頭に立っていたのはダーミアの継母サナだった。
村長が留守であったことが、ダーミアにとって災いした。
止める者がいないまま、村人は自分たちだけでダーミアを村八分にすると決めてしまった。
それだけならまだ良かった。既にダーミアは自給自足しており、村人が交流を断ったとしても生活に影響することはない。
しかし、興奮した村人はそれだけでは収まらなかった。
「あいつ、水源に住んでるって言うじゃないか?」
「そうだ! 村の水を勝手に使いやがって!」
「あいつが水源を汚したら、村の水が使い物にならなくなっちまうぞ?」
サナのダーミアへの憎しみが乗り移り、村人は攻撃心を募らせた。
「あんな出来損ない、村から追い出したらいいんだよ!」
「そうだ! 村に置いといたら厄介の元だ!」
「そうだ、そうだ! あいつは疫病神だ!」
小さな悪意が雪玉のように大きさを増し、ついに雪崩を引き起こした。
その夜、村の男たちはたいまつを手にして森に入って行った。
◇
夜の森は暗い。たいまつの灯りごときでは数メートル先しか見分けがつかない。
鬱蒼とした木々の間からは鳥とも獣ともつかない鳴き声が聞こえてくる。
今近くの茂みが鳴ったのは、吹き抜ける風のせいか。それとも「何か」が動いたのか。
こめかみがとくん、とくんと脈を打つ。
村人は互いに肩が触れ合ってはびくりと体を固くした。
口数が減り、全員の足取りが重くなった頃、男たちは森の中に広がる湿地にやって来た。
「こ、この辺じゃねぇか?」
「何がだ?」
「だから、ダーミアの住みかだよ」
男たちは周りに視線を泳がせながら、小声でささやき合った。夜の森の怖さと、自分たちがやろうとしていることの後ろめたさがそうさせた。
「こっちに行ってみよう」
比較的夜目の利く男がそう言って、池の周りを歩き始めた。そちらに進めば平地が広がるように見えたのだ。
ほかの者は判断がつかず、ただぞろぞろと男に従って歩いた。
「あれか? 小屋がある」
「しっ。声がでけぇ」
池のほとりに黒い影が盛り上がった場所があった。どうやら傾いた小屋のようだ。
それがダーミアの住みかに違いないと、村人は頷き合った。
「そ、それで――どうする?」
「どうするって……なぁ?」
「何ごちゃごちゃ言ってんだ! とにかくぶん殴ってふん縛るべ!」
村に迷惑をかけたのだから、ぐるぐる巻きにして村まで引き立てよう。そういう話になった。
「んで、どうすんだ? 小屋ン中へ飛び込むんか?」
「だけど、小屋ン中は明かりもなくて真っ暗だべ?」
「――あいつ、ナイフだの鉈だの刃物持ってるはずだ!」
「そんなもん振り回されたらあぶねぇべよ」
今度は小屋に乗り込む段取りが決まらない。荒事に慣れていない村人たちは、いざとなると腰が引けていた。
「小屋に入んなくてもよかろ? 小屋から小僧を追い出せばいいんだ」
「んだな。向こうから出てくるところを、たいまつ持って囲んじまえ!」
明かりがあれば少しは気を強く持てる。ダーミアを小屋から追い出そうと、意見がまとまった。
「じゃあ、どうやって追い出す? 裏から小屋を蹴とばすか?」
「そんなもんでダーミアを追い出せるかね?」
「もっと脅かしてやんなけりゃ」
「そしたらどうする?」
考えが煮詰まったところで、誰かが言った。
「小屋に火をかけてやっか?」
ゆらりと男たちの顔に火影が揺れた。たいまつの明かりが不気味な陰を作る。
「――火ぃつけんのか?」
「そりゃあ……」
「そしたら小屋から飛び出てくんだろ?」
「え? ああ、たまげるだろな」
男たちの声に暗い熱が籠る。かすれたような声だ。
「やるか?」
「ん」
「やろう!」
腹を決めた男たち。目の下の隈が深くなったように見える。
「よし。おめぇとおめぇ、裏に回って火をつけろ」
「お、おう」
「行くか?」
示し合わせた男二人が、たいまつを手に小屋の裏手に回る。
残った男たちはそっと小屋の入り口を囲んだ。
「小僧が飛び出てきたら逃がすんじゃねぇぞ? 棒でぶんなぐって転ばすんだ」
「暴れるようなら手加減すんな。手足の一、二本折ったって構わねぇ!」
「おう!」
「うし!」
そう言い合って、男たちは肩を怒らせた。獲物が飛び出すはずの戸口をじっと睨みつける。
そうこうしていると、ぱちぱちと裏手で炎が音を立て始めた。
じきに火の手が上がり、火の粉が風で舞い上がる。
「お、おい。ちょっと火の勢いが強いんじゃねぇか?」
「思ったより風が強いんだ!」
戸惑う声が村人の間に上がったと思うと、炎は小屋の屋根にまで燃え上がった。
◇
表が騒がしいなと、ダーミアは目を覚ました。何人もの大人が騒いでいる。
(ここまで来たからには僕に用があるんだろうけど……、一体何事だろう?)
ダーミアには全く心当たりがない。
眠気が残る両目を擦っていると、小屋の裏手からぱちぱちと音がする。
(今度は裏? 何の音だ?)
闇を透かして見ると、壁板の隙間からちろちろと火の色が見える。
ダーミアの頭から眠気が吹っ飛んだ。
――火事なり! これは焼き討ちであるな。
火の手はまだ大きくないが、小屋の内部にも煙の匂いが漂い始めていた。
「小僧が飛び出てきたら逃がすんじゃねぇぞ? 棒でぶんなぐって転ばすんだ」
「暴れるようなら手加減すんな。手足の一、二本折ったって構わねぇ!」
小屋の表からは興奮した男たちの声がはっきりと聞こえてきた。声を抑える用心をも忘れてしまったようだ。
――このまま表に出れば袋叩きにされるであろう。
夜の闇、集団での行動、そして火事。これらから来る興奮は人の内部にある残虐性を引き出す。
何でもない普通の人間を殺戮者に変えてしまう。
裏から逃げることもできない。既に火の手は屋根まで燃え広がっていた。
これがまともな一軒家であれば、ダーミアの進退は窮まっていたかもしれない。
しかし、ダーミアが寝泊まりしているのは崩れかけた廃屋だった。
崩れたレンガ、腐った柱などがそこかしこにあった。
――壁の穴から逃げるべし!
ダーミアは小屋の壁に走り寄った。そこには端材で覆い隠した穴が開いている。
震える手で端材を取り除けると、子どもが通り抜けるのに十分な隙間が現れた。




