第1話 出来損ないのダーミアーージョブ「ゴミ拾い」
「ジョナサンの息子、ダーミア。そなたに授かりしジョブは――『ゴミ拾い』じゃ」
「う……」
片田舎のシラン村。七歳を迎えた子供たちへの祝福の儀が行われた。
儀式のために村長の家を訪れた聖教会司祭は、目の前の男児に神の言葉を伝えた。
小さなシラン村に教会はない。司祭は年に一度、村々を巡回して神への務めを果たすのだ。
この春七歳の祝福を受けた子供は三人。ダーミアは最後の一人だった。
(それにしてもゴミ拾いとは……)
長年神に仕えてきたモロン司祭も初めて出会うジョブだ。
ジョブとは神が人に与える「道」と言われる。
その人間の才能、人格に適した生きる道を職業という形で示す道しるべだと。
ジョブを授けられた人間にはそれにふさわしいスキルが芽生え、育っていく。
誰もがジョブに見合う仕事につくわけではないが、ジョブとそのスキルを活かせば優れた事績を顕せることは広く知られていた。
(その大切なジョブがゴミ拾いとは哀れな子どもじゃ)
司祭は憐憫の目をダーミアに向けた。
「そなたの親はどこに?」
「あ……」
ダーミアは口を半開きにして司祭を見上げたが、その口から意味を成す言葉は出なかった。
「その子は口をきけませんので」
傍らに控えていた村長が進み出た。ダーミアから目をそらし、小さく首を振って言う。
「耳は聞こえとるのですが、生まれてからこっち、物を言ったことがねぇ出来損ないなんで」
「それは……」
司祭は一瞬口をつぐみ、目を伏せた。
(重ね重ね哀れなことよ)
「ほかの子供より知恵も遅れとりまして……。難しいことは頭に入ぇりません」
「――そうか。この子の親は?」
改めて司祭は村長に問うた。この場にダーミアの親らしき姿は見えないのだ。
「今日は来とりません。こいつは……余り物みてぇなもんでして」
「……」
それだけ聞けば、司祭には大まかな事情が理解できた。
この村には農家しかない。働けない者を養う余裕などないのだ。
ましてや口がきけない愚か者では――。
「それではお前の口からこの子の親に伝えよ。この子が授かりしジョブは『ゴミ拾い』。恩寵たるギフトは『耐乏』。天与のスキルは『隠忍自重』じゃ」
司祭はため息をつき、そう告げた。
(「ひたすらに運命を受け入れ、それに耐えよ」と。神はこの子にそうおっしゃるのか?)
「あのう……魔力やら魔導の才などは……」
「ない。この子には人の上に立つ才は一切ない」
剣士など戦いで身を立てる才が備わっていないことは、ダーミアの体を見るだけでわかる。七歳の子としては小さい身長。体と手足は細く、ひ弱と言うしかなかった。
それでも魔力に秀でていれば魔導師として出世を目指すことができる。稀ではあるが、小さな寒村から英雄が生まれたこともある。
だが、司祭は村長のほのかな期待を断ち切らねばならなかった。二人は顔を見合わせ、同時にため息をついた。
「左様ですか。不憫なこって。わしからこいつの親たちにはそう伝えておきましょう」
「うむ」
暗い声音で言葉を交わす二人の足元で、話題の主であるダーミアはただぼんやりと宙を見つめていた。
「おい、ダーミア。わしと一緒にお前の家に帰るぞ」
「う……」
村長が声をかけると、ダーミアは薄い膜がかかったような瞳を向けた。その時――。
――ふふふ。ゾクゾクするのう。
「あ、ぁああっ!」
ダーミアが突然奇声を発した。目を大きく見開き、雷に打たれたようにびくんびくんと全身を痙攣させる。
「ど、どうした⁉」
村長が手を差し伸べたが間に合わず、ダーミアは気を失って地面に倒れた。
「こ、これは……どうしたことで?」
「あわてるな。たまに起きることじゃ。ジョブを受け入れて精神が動揺したのだろう」
「このままで大丈夫でしょうか?」
「大事ない。しばらく休ませれば、やがて目を覚ます」
狼狽する村長に司祭は落ち着くよう告げた。
これまでも司祭は数々の儀式を行い、ジョブやギフトを受け入れたショックで気絶する子どもを見てきた。
(もっとも、気絶するのは強力なジョブや大きな恩寵を得た子どもたちじゃったが――)
ゴミ拾いという価値のないジョブ。それを授かるだけで気を失うとは。
(ダーミアというこの子の精神はよほど貧弱なのであろう)
体が弱く、心も弱い。これではまともに成長できるかどうか怪しいものだ。
司祭は眉宇を曇らせて天を仰いだ。小さく唇を動かし、ダーミアのために祈る。
それしかしてやれることはなかった。
◇
ダーミアが四つの頃、新しい母が家に来た。
生みの母が亡くなり、父親は後妻を迎えたのだ。
ダーミアは十人兄弟の末っ子だった。小さな農地にしがみつく貧しい大家族。
生みの母は過労と栄養不足で死んだようなものだ。
ダーミアは二歳を過ぎても口を利かなかった。簡単な言いつけなら聞き分けてその通りにできるのだが、常にぼうっとしている。
難しいことは理解できず、複雑な仕事を任せることはできなかった。
貧農にとっては、幼児といえども大事な働き手の一人だ。働かないものに食わせる飯はない。
ダーミアの食事は家族の中で一番みすぼらしく、量も少なかった。
それでもダーミアは泣くこともなく、不満そうな態度を見せたこともなかった。
「出来損ないめ。鶏ほどの知恵もないんだろ」
義母はダーミアの姿を見ては、忌々しげにつぶやいた。傍らの父親はうなるばかりで意見を言うことはない。年下の妻の顔色を窺い、自分の意見というものを持たない男だった。
両親にさえ相手にされないダーミアだったが、寂しくはなかった。
ダーミアの頭の中ではいつもある「声」が聞こえていた。
――今日の朝飯も少なかったな。これでは力が出ぬぞ。
――草むしりは重労働なり。何か食わねば倒れてしまうぞ。
――む。あの草は確か食用になるはずである。摘んでおいて後に食すべし。
――お、土の中に芋虫が。こいつも拾っておくがよい。食えば身になる。
その「声」は物知りだった。そして、家族たちのようにダーミアを馬鹿にすることがなかった。
ダーミアが寝過ごせば呼びかけて起こしてくれたし、怪我をしそうになると慌てて注意をしてくれた。
頭の中の「声」がいなければ、ダーミアはとっくに栄養不足で死んでいただろう。それより先に、牛か馬に蹴られて死んでいたかもしれない。
ダーミアにとって「声」は家族よりも頼もしく、身近な存在となっていた。
自分の意思というものをほとんど持たないダーミアは、「声」の言うことを頼りに日々を生きた。「声」の言う通りにすれば飢えを紛らわし、災難を避けられることがわかったからだ。
物言わぬダーミアはうつけ者、愚鈍と蔑まれた。家族はそこにダーミアなどいないかのように暮らしていたが、ダーミアにとってはそれでよかった。
下手にいじめられるよりは余程暮らしやすかったのだから。
最低限の手伝いをしながら影のように暮らす。そうして七歳となったある日、ダーミアは祝福の儀に臨んだのだった。
◇
「はあ、授かったジョブがゴミ拾いですかい。あいつらしい」
父親のジョナサンは胸元をぽりぽりとかきながら、村長の言葉を聞き流した。まったく関心がない様子だった。
そもそも大事な祝福の儀だというのに、ダーミアをほったらかしにしていたくらいだ。
死んでくれたら手間がかからず丁度いい。その程度の気持ちしか、ダーミアに対して持っていない男だった。
村長は眉間にしわを寄せたが、それ以上ジョナサンにかかわりあうことはせず、くるりと踵を返した。
「儀式の結果は確かに伝えたぞ。ではな」
村長が立ち去った後にはぽつんとダーミアが佇んでいた。
「けっ! 儀式なんぞ要らんことだった。ぼうっと突っ立ってんじゃねえ。水汲みでもしてこい!」
「――承知した」
「え? 何だと?」
驚いてジョナサンが振り返った時には、既にダーミアの姿は消えていた。
「あいつが返事をしやがった……。一体どういうことだ?」
◇
ダーミアは口がきけない。そのはずだった。
耳は聞こえる。声帯や舌などの器官も正常だった。ただ、思考がぼんやりしており、自発的に行動する意欲も薄かった。
話しかけられても返すべき言葉が浮かばない。思いつく前に、目の前の状況は過ぎ去ってしまう。
その結果、ダーミアはいつも霧のかかった世界にいた。周囲のことはぼんやりとしか見えず、すべての刺激は霧によって薄められてしまう。
――ふふふ。ゾクゾクするのう。
頭の中の「声」がそう言った時、ダーミアは電撃に打たれた。
それは最早「声」ではなかった。ダーミア自身の「思考」として全身を貫いたのだ。
気絶から目覚めた時、ダーミアは真実を知った。
頭の中の「声」はヨブという別人の意識だった。ダーミアの脳内に同居したヨブの意識がダーミアに語りかけていたのだ。
――どうやら儀式とやらがきっかけとなったようなり。
今までは一つの頭脳に二つの意識が宿っていた。ダーミアの思考に霧がかかっていたのはそのためだ。
ダーミアという「核」がヨブという「皮」を被っていたとでも言うべきか。
そこに儀式の衝撃が加わった。
ヨブの意識はジョブやギフト、スキルと共に奔流となってダーミアの意識に浸透した。
二つの意識はいまや渾然一体となった。未発達なダーミアの意識は成人男性であるヨブのそれに、半ば以上吸収されてしまったのだが。
その日、真の意味で「ダーミア」が生まれた。
「ゴミ拾い」というジョブを持ち、「耐乏」というギフト、「隠忍自重」というスキルを授かった七歳児。
そして、ヨブの記憶と意思を受け継ぐ者。
それがダーミアだ。
井戸に桶を投げ入れ、釣瓶を引っ張る。くみ上げた水を手桶に移し、台所まで運ばねばならない。
ダーミアは手桶に半分だけ水を満たした。
――これ以上水を入れれば重すぎて持て余す。必ずや途中で転ぶであろう。回数が増えようとも少しずつ運ぶ方が確実なり。
考えるまでもなく、正しい選択が頭に浮かぶ。ヨブとしての知識がそれを選ばせる。
ダーミアは黙々と水桶を運び続けた。
「し果てぬ」
「お、おう。 終わったってか?」
短く告げるダーミアに、父親はなぜか気圧されるものを感じた。何かが違う。
昨日までのダーミアではない。
今、ダーミアの瞳は澄んでいた。そこには知性の輝きがあった。
ダーミアとして生まれ変わる前、ヨブは「大魔導師」と呼ばれる存在だった。




