最終話 悪女と呼ばれた令嬢は、誰よりも幸せになる
「……殿下」
か細い声だった。
アレクシスとエレノアは、すぐにセシリアのもとへ駆け寄る。
彼女の身体を覆っていた黒い紋様は、少しずつ消えていた。
代わりに、その身体そのものが淡い光となって崩れ始めている。
「セシリア!」
アレクシスが膝をつく。
セシリアは弱々しく笑った。
「終わった……みたいですね」
「ああ」
「よかった……」
その笑顔は、今まで見たどの笑顔よりも穏やかだった。
セシリアはゆっくりとエレノアへ視線を向ける。
「……ごめんなさい」
エレノアは静かに頷く。
「あなたは、多くの人を傷付けました」
「……うん」
「その罪は、消えません」
セシリアは涙を流しながら目を閉じる。
「でも」
エレノアはそっとセシリアの手を握った。
「最後に王都を救ってくれたことも、事実です」
セシリアは驚いたように目を開く。
「許して……くれるの?」
エレノアはゆっくりと首を振った。
「許すことと、憎み続けることは違います」
「私はあなたを恨みません」
「けれど、あなたの罪を忘れることもしません」
セシリアは涙を零しながら、小さく笑った。
「……最後まで」
「あなたには勝てなかった」
その言葉を最後に。
彼女の身体は無数の光となって夜空へ溶けていった。
「ありがとう」
最後に聞こえたその声は、とても優しかった。
誰も何も言わない。
ただ静かに、夜空へ昇っていく光を見送った。
◇ ◇ ◇
一か月後。
王都の大広場には、大勢の民が集まっていた。
魔王討伐を祝う式典。
そして。
もう一つ、大切な発表のために。
アレクシスは壇上へ立つ。
「皆に、伝えなければならないことがある」
広場が静まり返る。
「私は」
一度、エレノアを見る。
彼女は少し照れくさそうに微笑んでいた。
「婚約者であるエレノアを信じず、多くの苦しみを与えた」
どよめきが広がる。
「悪女という噂を鵜呑みにし、真実を見ようとしなかった」
「その責任は、すべて私にある」
アレクシスは深く頭を下げた。
「王太子としてではなく、一人の男として謝罪する」
広場中が静まり返る。
やがて。
アレクシスはエレノアへ歩み寄った。
「エレノア」
「はい」
彼は跪く。
そして、一つの指輪を取り出した。
会場がどよめく。
「私は一度、君の心を壊した」
「だから今度は」
「一生をかけて、その笑顔を守りたい」
アレクシスは真っ直ぐ彼女を見つめる。
「私と結婚してください」
エレノアは目を丸くした。
涙が溢れる。
「……返事は決まっています」
彼女は泣きながら笑った。
「はい」
「喜んで」
その瞬間。
王都中から割れんばかりの拍手が響いた。
「おめでとうございます!」
「万歳!」
「王太子殿下!」
「エレノア様!」
祝福の声がどこまでも続く。
アレクシスは立ち上がり、エレノアを優しく抱き寄せた。
「愛している」
「私もです」
もう疑うことはない。
もう一人で泣くこともない。
悪女と呼ばれた令嬢は。
誰よりも愛される王妃となり。
誰よりも幸せな未来を歩んでいくのだった。
――完――
ここまで『聖女を虐める悪女だと思われたので、婚約者の王子と身体を入れ替えてみました』をお読みいただき、本当にありがとうございました。
今回のお話は、「もし悪女と決めつけられた側の人生を、本当に体験したらどうなるのか?」という発想から生まれました。
噂だけを信じることの恐ろしさ。
立場が変われば見える景色も変わること。
そして、本当に大切なのは肩書きではなく、その人自身を見ようとすること。
そんなテーマを込めて書きました。
最初はエレノアを信じられなかったアレクシスですが、彼自身が"悪女"として生きたからこそ、彼女の孤独や苦しみを知ることができました。
一方でセシリアは、憎しみに囚われ続けた結果、大切なものをすべて失ってしまいました。それでも最後の最後に自分の意思で立ち上がり、未来へ希望を繋いだことが、彼女なりの償いになっていたら嬉しいです。
そして何より、最後までエレノアが優しさを失わなかったからこそ、本当の幸せを掴めたのだと思います。
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