F-1 「ふたり ふしだら -全年齢版-」
あたしって、男子よりも、女の子が好きみたいなんです。
みたい、っていうのは。
いままで、男の人を好き、になったことがないからで。
入学式。
校庭のサクラはすでに散り始めていたけれど。
いっしょの中学から来たトモダチが1人もいないあたしは、不安で不安でしかたなくって、やることもないから、配られた冊子を、読むでもなくボーッと眺めていた時なんです。
隣の席に座った女の子が話しかけてくれた。
2つに分けた髪を胸まで垂らした、キリッとしたまゆ毛をした、少しだけ垂れた目をした女の子。
「わたし、千浦純子っていうの。アナタは?」
「……神宮文乃、です」
「よろしくね、文乃さん。わたしのことは純子でいいよ」
そう言って純子さんは笑ったんです。
その笑顔を見たとき、あたしの脳からビリビリした電気が、背中を伝わって足先まで駆け抜けていって、
生まれてはじめてのその刺激に、あたし、思わず、ジュンとしちゃったんです。
この感覚がなんなのか、その時のあたしは知らなかったんだけれど。
純子さんはとても、ていねいな字を書く。
あたし、あまり体が強くないから、時々お熱を出して学校を休んじゃうんです。次の日行くと、純子さんは必ずノートを貸してくれる。
整理された構成。あたしみたいにカラフルなペンを使ってなくて、シンプルだけどとても見やすい。センセイが言った雑談までメモしてたり。頭がいいんだな、って尊敬した。
あたし、けっこうドジなんです。忘れ物したりはしょっちゅうで、今日も授業中に消しゴムを落としちゃったんです。コロコロって。そしたら純子さん、何も言わずに拾って机に置いてくれた。
体育のとき、純子さんはすごく綺麗なフォームで走っていた。陸上のケイケンがあるのかな。あたしとはゼンゼン違う。ペンギンみたいに、転びませんように、って祈りながら走ったあたしには、純子さんのおまっすぐ前を見る眼差しが眩しかった。
額に流れる汗を、純子さんは無造作に手でぬぐった。おでこが見えた。タオルを貸してあげたかったけど、あたし、使っちゃったから、匂いが気になって渡せなかったんです。
廊下で、他の子と話していた純子さんが、ふとあたしに気づいたんです。一瞬、キョトンとした後、ふっと唇の端を上げて笑ってくれた。
純子さんが着ている体操服って、なんか、さわやかなレモンみたいな匂いがするんです。体育で隣に並んだ時、その匂いを胸いっぱいに吸い込んで、あたしの中が、純子さんでいっぱいになったみたい。
理科の実験で、ビーカーを純子さんに渡そうとした時、指先と指先が一瞬だけふれたんです。落としちゃうわけにもいかないから、あたしも、純子さんもそのままゆっくり動いて。その時のひんやりとした感触が、あたし、今でも忘れられないんです。
あたし、貧血で保健室に行った日があるんです。先生が席を外している間、純子さんがずっといっしょにいてくれた。枕元に座って、黙って手を握っていてくれた。その温もりが、あたしにはたまらなく心強かったんです。
純子さんと仲良くなって。
向き合ってお弁当を食べたり。おなじ班になって調べものをしたり。ペアになって柔軟体操をしたり。ハンバーガー屋で買い食いしたり。進級したけどまだ同じクラスになったり。図書館でテスト勉強したり。
修学旅行も同じグループになった。2人で記念写真を撮った。2人並んでご飯を食べた。
2人でいっしょにお風呂に入ろうと誘われちゃった。
……お風呂? 純子ちゃんとお風呂!
あたし、クラクラしてた。同じ班の人たちもいたけど、純子ちゃんといっしょにお風呂。あたし、すっごくドキドキしちゃって。指が震えて。バレないようにギュッと握りしめて。
純子ちゃんは、何でもないように、あたしの目の前で、服を脱いだ。体育の授業で、下着姿を見た事は何回もあったけれど、プールの授業はなかったから、そのヌードを、あたし、はじめて見たんです。
ホックを外してブラをとると、支えを失って、プルン、としたおっぱいがこぼれた。
手も足もスラリと長くって。丸められた背中はまぶしいくらいに白くって。お尻もツルンとしている。純子ちゃんはクシャっと丸めたパンティを、カゴに入れた。タオルで体を隠す。
「恥ずかしいから、あんまし、見ないでほしいんだけど?」
「あ、ごめんごめんなさい!」
「文乃も脱ぎなよ。時間ないよ、早く入ろ」
そう純子ちゃんに言われて、あたしも服を脱いだ。あたしって、腕も脚も、子供みたいに細いのだけれど、胸だけはあるんです。
アンバランスで不格好で。でも少し誇らしくって。
そんなおっぱいを、あたし、純子ちゃんに見せちゃったんです。
「さっすが。ナマ乳だと迫力がすっごいね」
「ナマって言わないの。あと。恥ずかしいから見ないで」
「文乃が最初に、わたしのハダカをジロジロ見たんじゃないの」
それは、その通りなのだけれど。
見えないように純子ちゃんに背中を向けて、お尻は見られちゃうけど、それはもうあきらめて、あたしはパンティを脱ごうとした。
その時にきづいたんです。
あたしのパンティがびっくりするくらい、ぐっと、湿っていたんです。
それでようやく、あたし。
男子よりも、女の子が好き、なんじゃなくって。
純子ちゃんが、あたしのすべて、なんだって、わかったんです。
純子ちゃんとはじめてキスをした時のことは、今でも忘れられないんです。
あれは3年生の夏休みに入ったばかりのこと。
異常気象が、アスファルトに陽炎を浮かばせそうな、暑い日のこと。
つないだ手は少し汗ばんでいたけれど、それでも、つないでくれたのが嬉しくって、あたしは純子ちゃんに手を引かれるまま、ついていったんです。
あたしたち、ナンパ、から逃げていた。
純子ちゃんはスラリと背が高くて、けれど、胸もお尻もしっかりあって、つまりスタイル抜群で、本当に、モデルさんみたいなんです。今日は学校の時とは違って、髪も下ろしていて、フワフワ巻いてたりしてる。すっごくきれい。
あたしっていつもボーッとしているから、スキがあるように見えるみたいで。
そんな2人だから、組みやすいと思われたらしく、あたしたちは、ろくな買い物ができないまま、結局逃げるハメになってしまったんです。
腕をつかまれそうになって、すごく怖かったけれど。
その手を代わりに純子ちゃんがにぎってくれたので、あたし、ドキドキした。
事務所がいっぱい入っているビルに駆け込むと、2階の踊り場まで駆け上って、あたしたちはようやく安堵の息を吐いた。
「……こわかったね」
あたしの額の汗を、純子ちゃんが、手のひらでぬぐってくれた。
「純子ちゃん、モテるから大変だよね」
「文乃のせいだと思うけどな」
あたしが?
たしかに、少しは、おっぱいは大きい方、だとは思うけれど。
「文乃、かわいいから」
「……かわいくないよ。こんなチンチクリン」
「文乃はかわいいよ」
そう言って額の手が、
今度は頬にふれたんです。
顔を見上げると、純子ちゃんはすごく、真剣な顔をしてた。唇がグロスのせいで、プルツヤだった。
その唇が、
あたしにキスをしたんです。
突然されたキスに、あたし、ビックリしてしまって。
「……ごめんね」
あたしがいつまでも、固まってしまっていたから、純子ちゃんは、慌てたように、そう言ったんです。
「……これからも、トモダチで……いてくれる?」
純子ちゃんは泣きそうな顔をしていた。
あ。
拒絶されたと思ったんだ。と、あたしはすぐに気付いたんです。
だから。
純子ちゃんに抱きついた。
「イヤじゃなかったよ。ヤじゃないよ」
そう言うのが、精一杯だった。
いつも引っ込み思案で、流されるままの人生だったから、あたし、言葉が出てこなくって。
だから、
代わりに行動で示すことにしたんです。
昼間だから電灯もまだ灯っていなくって。
外よりも暗い中。
あたしは純子ちゃんにキスをした。
背伸びしたから、ちょっと体がフラフラして、みっともないことに、歯が当たっちゃったりしたけれど。
あたしからの、返事の代わり。
純子ちゃんは目を見開いていたけれど、すぐに、笑顔に戻ったんです。
その日。
あたしたちは──
トモダチ、じゃなくなったんです。
*
*
「あいつら、エスなんじゃね?」
なんて、陰では言われたりしてるみたいだけれど、あたしたちは、気にしなかったんです。
エス、というのが何か、よくわからないし。
季節は冬になっていた。
窓の外は雪が舞っていたけれど、カーテンを閉め切ったこの部屋は、純子ちゃんとの粘つくような熱気で満ちていたんです。息を吐き出すたび、その熱が跳ね返ってくるみたいで。汗もいっぱい、かいたんです。
あたしは全身の力が抜けて、ベッドにうつ伏せに倒れちゃったんです。純子ちゃんがそっと、背中に唇を寄せてくる。汗だくなのに。って思ったけれど、もうそんなのどうでもいいんです。
だって、純子ちゃんの熱に、あたし、体の芯までしびれて動けなかった。
「文乃、かわいい」
そう言って、純子ちゃんはチュッチュッと、小鳥さんみたいに背中をついばむんです。その刺激が、肩の辺りから首筋をつたって、今度は耳で。
純子ちゃんがささやいたんです。
「大好きだよ」
ほっぺにチュッとしてくれた。
嬉しくなって、あたしも勢いよく口づけを返したんです。純子ちゃんは満面の笑みを浮かべて、あたしをそっと抱きしめ直してくれた。
さっきまで、あんなに満たされたはずなのに。あたしって、まだまだコーフンしていたんです。
純子ちゃんの優しい手つきが、あたしの体に甘い熱を広げていく。聞こえるのは、はしたないあたしの息遣いだけ。恥ずかしくて、死んじゃいそう。
純子ちゃんは嬉しそうな顔をして、あたしのおでこにキスをしてくれた。あたし、嬉しくって、純子ちゃんの頭をギューッと抱きしめたんです。苦しいかな、って思ったけれど、平気みたい。
純子ちゃんは、あたしの胸元にそっと顔を埋めて、赤ちゃんみたいに甘えてきたんです。かわいくて、あたし、ますます純子ちゃんを強く抱きしめた。
進学希望のあたしと、就職する予定の純子ちゃん。いっしょのクラスになるのは、今年度で最後なんです。
卒業しちゃったら、それぞれに忙しくて、会うのも難しくなるんだろう。
だから。
いまはそんな事は、頭に浮かばないように。
あたしたちは熱い気持ちを重ね続けた。
それだけが、あたしの、あたしたちのすべて、だったんです。
あたしたちは、お互いの想いのすべてを知っていたんです。手の温もりも、唇の優しさも。
やさしさも。しどけなさも。
ぜんぶ。ぜんぶ。ぜーんぶ。
次は「H-1」。全年齢版をアップし、通常版はミッドナイトへ。




