静かなる関心
毎日19時頃投稿予定です。
帝立学園の歴史資料室。埃っぽい古文書の山に囲まれた一室で、平民出身の歴史学教授、アラン・クレイグは分厚い歴史書を閉じた。彼の耳に、最近学園内で起こっている生徒会長選挙の騒動が届いている。
「これはまた、今回も興味深い選挙となりそうですね」
これまでの生徒会選挙では主義主張などほとんど関係なく、家柄がいい方が当選するのが通例であった。
しかし、ジークハルト・フォン・アトレイディスの代からは異例続きだ。
ジークハルトが立候補した年には、彼の圧倒的なカリスマ性と実力から、他に候補者が名乗りでないという、学園が始まって以来の類を見ない選挙となった。
翌年の選挙では、男爵家という下級貴族の出でありながら、ユーリ・フォン・リヴァルトが、多くの貴族の関心を集め、当選確実と言われていた侯爵家の子息に大差をつけて当選した。
今回は、そのユーリが立てた男爵家の候補者と、数名の貴族の候補者、ここまではなんら変わりのない選挙だが、そこにユーグライト侯爵家の令嬢が加わったことで、生徒会選挙の様相が一気に変わった。
「それにしても、彼女が名乗りをあげるとは……」
アランの視線は、窓の外、遠くの薬草園と研究施設が集中するブロックへと向けられる。
銀縁の眼鏡の奥から覗く瞳は、必死に選挙活動を行うセレスティアと、その後ろに控えるフレイアストを捉えていた。
「フレイアスト君。彼がこの選挙に関わって来るとは……。実に興味深い」
アランは平民でありながら、名門である帝立学園で、歴史学の教鞭をとること許された、彼自身が異例の存在だ。だからこそ、既存の秩序に挑む存在には、人知れず深い興味を抱かずにはいられなかった。
彼が「類まれなる洞察」を持つと見抜いたフレイアストが、大勢に抗う行動を取っている。
アランは、フレイアストの入学試験の全てを記憶していた。実技は最低点。魔法適性はゼロ。だが、数学は最終解が全て正しく、歴史の回答は、既存の歴史観を根底から覆す異端的なものだった。魔法論理に至っては、この世界の誰も理解できない言葉が根底にあった。
それらは、一般的な教師であれば「危険な思想」や「理解不能」と切り捨てる内容だったが、アランにとっては違った。
(あの時、私は彼を補欠合格と推した。辺境伯の圧力だけではない。彼の解答には、この世界の真理に迫ろうとする類まれなる洞察力があったからだ。何よりも、興味深い……)
彼の心には、あの日の授業の光景が蘇る。彼はフレイアストの最初の授業で、再びその洞察力と「異端」な思想を目の当たりにした。
アランは教壇で、あえて貴族の選民思想に寄り添うかのような言葉を口にした。それは、生徒たちの反応を観察するためと、自らの身を守るためでもあった。しかし、「盤石なものにする礎」という言葉に、彼自身の「実利」を重んじる思想をわずかに滲ませた。
そして、フレイアストに問いかけた。「遥か昔の大戦の意義について、いかなる見解を持つか?」
フレイアストは期待通り、あるいは期待以上に、彼の「異端」な思想を明確に語った。光と闇の戦いを「不毛な衝突」と断じ、互いの「異なる特性」を理解し合えなかった結果だと説明した彼の言葉は、貴族の生徒たちを静まり返らせるほど、衝撃的だったろう。
アランは、厳しい言葉で彼を諭した。「根拠なき感情論で過去を断じることは許されない」「今後は、不用意な発言は慎みたまえ」。しかし、内心では別の感情を抱いていた。自分の洞察力と、フレイアストの異端性によって。
再び彼は窓の外の光景に関心を向ける。相変わらず、セレスティアとフレイアストは無駄に思える行動を続けていた。
「やはり、興味深い」
アランは、先日目撃した、ユーリの支持者たちによる露骨な選挙妨害を思い出す。フレイアストが、ビラを破られ、嘲笑されても、彼は冷静にその場を乗り切った。そして、その妨害行為を逆手に取り、周囲にいた平民の特別聴講生たちに、自分たちの存在と、貴族派の幼稚さを印象付けた。
(ユーリ君は、彼の行動を見てどう動くか、そして、この選挙戦の裏で何が起きるか……。フレイアスト君。君はどこまで足掻き、どこまで到達するのか)
アランの瞳の奥には、複雑な光が宿っていた。彼は静かに、その成り行きを注意深く見守り続けることを決めた。この学園で、新たな歴史が紡がれようとしていることを、誰よりも早く察知していたからだ。フレイアスト・フォン・アトレイディス。この「異端」が、果たしてこの停滞した世界に何をもたらすのか。
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