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帝都行きの馬車にて

毎日19時頃投稿予定です。

「サン。わたしの隣に座りなさい」


「はい」


……どうしてこうなった? 母の近くに監視を置くとともに帝国の内情を調べてほしいということをLPに相談してはいた。


だが、こうなるとは思っていなかった……。


サンと呼ばれた彼女は恐らくLPの作ったロデア参号機。


どんな思考プロセスで俺の入試に母を同行させるという考えに至ったのかはわからない。しかし、この状況は間違いなく彼女が計画したものだろう。でないと同じ馬車に母と俺が乗っている状況の説明がつかない。


母は間違いなくこんなこと考えないし、屋敷の人間もそうだろう。AIが合理的に判断した結果こうなったとしか考えられない。


朝靄が薄く立ち込める中、ガタゴトと鈍い音を立てて馬車が動き出した。屋敷の石畳を離れると、すぐに土の道特有の微かな振動が伝わってくる。窓の外には、まだ寝静まったような屋敷の庭がゆっくりと後方へ流れていく。朝露に濡れた草木の匂いが、開かれた窓からわずかに流れ込んだ。


しばらくの間、馬車の揺れと蹄の音が規則的に響く。窓の外の景色は、やがて屋敷林の深い緑へと変わり、時折、木々の間から差し込む朝陽が、車内に細い光の筋を描いた。


窓の外を流れるノスタルジックな風景のせいか、馬車内の張り詰めた空気のせいか……、時間の経過がやけに長く感じられる。


……どうすれば? 話かけないのは不自然か? でも母も俺と話したいとは思っていないはず。


……気まずい。


「奥様。フレイアスト様に激励を」


「はい? なぜそんなことを?」


「今回の目的は、対外的なアピールです。嘘でも仲の良さを振舞うことはしなければなりません。今のうちに練習しておいた方がよいかと」


「……あなた。肝が据わっているわね」


「肝? 私にはそのような器官は存在いたし……」


ちょっと待て! 何を言い出すつもりだコイツは!


「サン! あれはなに?!」


こいつもLPみたいに頭が固い……。なんとか誤魔化せたか?


「あれ、とは?」


「あれだよあれ!」


別に何もない……咄嗟に話題を変えようとしたため、俺が指さす方向には空しかない。


「あれは恐らく恒星です。詳細な天体観測は私には不可能ですが、明滅パターンからそう推測します」


「そ、そう……」


朝なのになぜ分かった……? 俺の指の角度と天体の軌道予測から俺の指さす先に恒星があるというのを割り出したのか?


……呆れた。LPよりも頭が固そうだ。


「何もないじゃない」


「いえ、確かにあの位置には……」


「いや! 僕の勘違いでした! 何か見えた気がしたんですが……」


「そ……」


はぁ……疲れる。俺から何かしゃべるのはやめよう。


そしてしばらく無言のまま馬車は進んでいく。太陽が少しずつ高くなり、窓から差し込む光が強さを増す。時折、遠くで農作業をする人々の姿や、小さな集落が見え隠れしたが、車内は依然として張り詰めた静寂に包まれていた。


「サン。何か面白い話をして」


沈黙に耐えかねたのか、母はサンに対してむちゃぶりをする。


「漠然とし過ぎています。テーマをいただければすぐにでも構築いたします」


「そう……。だったらわたしを占って」


「……? 占い? 面白い話をしろとの指示は?」


「それはもういいの。占いをして」


「私は占いをする機能は有しておりません。運勢を占うことはできませんが、私のデータに照合して、ある程度の未来を予測することはできます」


「じゃあわたしの未来を予測して」


「漠然とし過ぎています。具体的に何についての未来でしょうか? どこまでの未来でしょうか?」


「はぁ……もういいわ」


この会話。少し興味深い内容ではある。AIという存在を知らない人類と、存在が当たり前となったAIとの会話。聞く人によれば研究対象になるのでは?


「それじゃあ、あなたの過去について話してちょうだい」


「お答えすることはできません」


「どうしてよ」


「そういう指示ですので」


「誰の指示?」


「お答えすることはできません」


「あなたの雇い主はわたしではなくて?」


「違います。表向きにはアトレイディス辺境伯です」


「……表向きには?」


「あ! 母上! 帝都が見えてきましたよ!」


「……」


ギリギリ見えているという程度ではあるが、話題を変えなければサンがぼろを出しそうで怖い……。


馬車が街道を外れて、少し舗装された道に入る。周囲の建物が徐々に増え始め、人の話し声や街の喧騒が遠くから聞こえ始めた。夕暮れが近づき、空は茜色に染まりつつあった。


「サン。この後の予定を教えて」


「はい。一度帝都の屋敷に参り、身支度を整えます。翌日、帝立学園にお二人で向かってもらいます。もちろん私も同行いたしますが、手続きは奥様に行っていただきます」


「わたしも行くの? あなたとフレイアストで行けばいいじゃない」


「いえ。何度も申し上げますが、これは対外的なアピールを目的としております。奥様の動向は必須です」


「……仕方ないわね。手続きが済めばあとは帝都の屋敷に戻ってもいいのでしょう?」


「そこは他の貴族様次第ですかね。奥様へ挨拶に伺う方が多くいると予想しております。アトレイディス家の影響力を考えるとそれなりの時間を覚悟していただいた方がよろしいかと」


「はぁ……だから来たくなかったのよ」


「母上。申し訳ありません」


思ってはいないが一応謝っておく。


「……」


「これは奥様が今後、帝都で快適に暮らしていただくための最善の処置です。受け入れて下さい」


「わかったわ」


そうこうしているうちに、帝都にある屋敷に着いた。


はぁ……。これからが難所だというのに、ここまででかなり疲れた。


これから受ける入試が思いやられる。

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