IN OMNIA PARATUS 起こりうるすべてに備えよ III
軍施設の地下。
諜報担当だけが出入りする参謀部のオフィスで、ダニエルはPCをまえにネクタイをゆるめた。
盗聴や合成開口レーダーによる盗撮、サイバー攻撃をふせぐ仕様で地下に設置された参謀部のオフィスは、窓がないためできる限り開放的な印象にデザインされていた。
全体的に木目調で間取りはひろく、デスクも大きめのものが設置されている。
天井は高く、遠近感が出るよう組まれた木材ふうの梁の隙間からは、地上の空の映像を映したスクリーンが覗き見えていた。
壁の一角の大きな窓を模した巨大スクリーンには、素朴なイングリッシュガーデンの映像が投影され、時間や季節ごとに景色が変化する。
ところどころに置かれた観葉植物は、地上のオフィスと同様に二酸化炭素を多く吸収するよう品種改良されたものだが数は多めだ。
一般の将校にくらべ過酷な任務が多く、不規則にオフィスで過ごすことも多いため、より気は遣われている。
ダニエルはPCの電源を落とすと、席を立ち仮眠をとろうと廊下に出た。
あえてひろい幅にデザインされている廊下を通り、一角にある休憩所にさしかかる。
コールドウェルが脚を組んで座り、休憩しているのが目に入った。
手にしている飲みものはダージリンだろうか。
目が合うと、微笑した。
「休憩ですか」
「仮眠をとろうとしていたところだ」
向かい側のソファに座りながらダニエルは答えた。目が冴えないよう、ドリンクメーカーのパネルはホットミルクを選ぶ。
「いっしょに寝るか?」
イタズラ心でそう尋ねると、コールドウェルは真顔で「遠慮します」と返した。
「あなたと眠るなんて、どこまで身ぐるみ剥がれるか」
「失礼なやつだな。毎晩僕と密着してぐっすり寝てる男もいるのに」
泡の立ったホットミルクがカップに注がれる。あまい香りと湯気がただよった。
「 “ジョシュア・ローズブレイド” が、あたらしいDNAデータを手に入れたようですね」
コールドウェルが、飲みものを口にしつつ切り出す。
「五日も会えない隙をつかれた」
どうせだれのデータかはすでに分かっているのだろう。ダニエルは肩をすくめてそう答えた。
「わざわざ仕事を増やしてくれる恋人のどこがいいのか」
コールドウェルが軽く鼻で笑う。
「頼られてる感じがいい。陳腐なハニトラのおかげで、彼はまえにも増して僕しか見なくなった」
コールドウェルが複雑な表情で眉をよせる。ややしてから無言で飲みものを飲んだ。
カップを膝の上に置き、おもむろに口を開く。
「ジンデル准将の逮捕の手続きはほぼ終わりました。あとは軍事法廷の日程の調整に入ると思います」
「そうか」
ダニエルはそう返した。
ホットミルクを少しだけ飲み、息を吐く。
「あとは上のゴーサインを待つだけか。やっとパガーニ大尉のマンションに行けそうだ」
「ご自宅に帰るんじゃないんですか」
コールドウェルがそう返す。
彼なりのツッコミらしいと認識しているが、べつに返答は期待していないだろう。
「わざわざパガーニ大尉を准将に紹介するまでもなかったかな」
ダニエルはそうつぶやき背もたれに背をあずけた。
「あれ何の意味があってやったんです」
「いざというときの保険かな。パガーニ大尉は、“サイバーカフェから逃げたスパイ” の名を上に報告せず、隠匿ととられかねない行動をしていた経緯がある。僕のお使いでもさせれば諜報に協力していたと言い繕ってやることもできるんじゃないかと」
「今回はさすがに公私混同が過ぎませんか」
コールドウェルが眉をひそめる。
「上に報告したければ好きにしろ。しばらく干されれば、僕も休暇ができて万々歳だ」
ダニエルはそう言い脚を組んだ。
「しませんよ」
コールドウェルがフッと息を吐いて笑う。
「諜報のパートナーとしては、あなたは有能な人だと思っていますから。私も休まれたらしんどい」
ダニエルは大きくため息をつき、休憩所の天井をあおいだ。
「分かってないな。たまには干されて、好きな男の部屋で日付も分からなくなるような生活してみたいだろう?」
コールドウェルが無言で飲みものを口にする。
「分かってないな」
「……二回言わなくても」
少し離れた場所で、コツコツコツとだれかの靴音がする。
こちらに来るのかと耳を澄ませたが、ちがったようだ。
「 “ジョシュア・ローズブレイド” の件を担当している諜報担当と、何か手を組みはじめたみたいですね」
「手を組んだというほどのことじゃない。パガーニ大尉の件に絡んで少し協力しただけだ」
ダニエルはホットミルクを飲んだ。少し間を置いて一気に飲み干す。
「寝る」
そう伝えてソファから立つ。
「おやすみなさい」
コールドウェルがそう返し、しずかに飲みものを口にした。




