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【完結】 機械仕掛けの薔薇〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
16.将校ローズ

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39/63

DUCTOR ORDINIS ROSA 将校ローズ III

 地上三十階、ビル最上階のサイバーカフェ。

ダニエルは、クリスマスの三日前に来ていた席に歩みよった。


 チェルカシア大使館からの帰りだ。


 こんなときにしか着ないスーツのネクタイをゆるめ、大きな窓から見える大使館街をながめた。

 ジンデル准将に(たく)された情報は、チェルカシア大使館に渡すさいにはすり替えてある。


 重要な情報と見せかけて、肝心な部分はウソの軍事情報。


 もともと国交を結んだ当時から、かつて併合していた敵国の影響はないのかと懸念されていたチェルカシアだが、ジンデル准将の動向を調べるうちにやはりいまだつながっている気配が見えてきた。

 それでどうするかは、政府の判断するところだが。

 PCの起動パネルのついた椅子に座る。

 渡す情報のウソにチェルカシアが気づけば、やはり危険はある。


 クリスマスの三日まえにここに来たさいには、アレクシスと別れる決心をしていた。


 一年前にカフェで礼拝のチラシを渡したときには、もう作戦ははじまっていた。

 チラシを渡して無視されればそれまで。

 もし彼が教会にくるか何らか反応があれば一晩だけ。そんなふうに思った。

 諜報担当の教育過程で、二、三年にいちど、べつの教育機関や一般家庭に研修として行かされることがあった。

 アレクシスと出逢ったのは、七歳のときに行かされた一般将校の教育機関だ。

 いまと違って向こう見ずでやんちゃな印象だった。

 どうやらこちらを女の子と間違えていたらしく、たびたび博物園の虫やヘビの模型でおどかしてきたので、いちどスターゲイジーパイで仕返しした。

 とたんにドン引き状態で固まった様子が、かわいくて印象に残っていた。


 のちに軍本部に配属され、そこで大尉になっていたのは知っていた。

 「司祭のダニエル・ハミルトン」として、一回だけと思った。


 PCの起動パネルをタッチし、ミルクティーを注文する。

 しばらくして、カウンターのほうから甘い香りがただよう。

 消臭の設備も古いんだよな、ここと思いながらダクトが剥き出しの天井を見上げる。

「お待たせいたしました」

 エプロンをつけた女性店員が、紅茶のポットとミルクピッチャーを運んでくる。

 店員の顔を見て、ダニエルは軽く目をすがめた。


 このまえアレクシスと話してた店員じゃないか。


 気分わる、と思う。

 はじめは自分のことについて聞いていたアレクシスが、だんだんとこの店員を気に入ったような顔をしだしていたのは、人工衛星の監視システムで見ていた。

 あの男は、無自覚に浮気性だと思う。

 拳銃のケガの治療をした軍医長も「男も女も(たら)したのが血筋に一人はいそうな顔」と言っていた。


 一年前、誘いに乗ってくれたときは嬉しかったが、ほかの人間の誘いにもこうホイホイ乗るのだろうかと考えたら、気になって離れられなくなった。




 カップに紅茶をそそぎ、ミルクを入れる。

 琥珀(こはく)色からうす茶に変わる紅茶を見つめるふりをしながら、ダニエルはテーブルの側面をちらりと見た。

 メーカー名の書かれた銘板の上に、目立たないフラット状のレーダーカメラが貼りつけてある。

 窓の下、公園をふくむ大使館街の建物内部から地下までを撮影していた。

 これで撮影されたものを人工衛星が受信、AIが鮮明な画像と波形から解析された音声を提示する。

 大使館を衛星で監視するのは国際条約で禁止されているが、公園をはさんだ向かい側にある店なら禁止されていない。

 仮に直接監視してバレても政府が舌先三寸で言いのがれるだろうが、面倒などなるべく起こらないほうがいい。


 この方法でのチェルカシア大使館監視。そのついでに目に入ったのが、アレクシスが女性の店員をナンパしたそうな顔で見ている姿だった。


 何がバーベキューかなだ。ダニエルは眉をよせた。


 情交の最中にアレクシスの(うなじ)につけた転写型のGPS盗聴コードは、任務が一段落したらこっそり外してやるつもりでいたが、当分つけておいてやろうかと思う。


 紅茶のカップに口をつける。

 チェルカシア大使館に今日は煙は上がらず。

 そうそうしょっちゅうはやらないかと思う。

 大使館や領事館の庭でものを燃やすなど、いちどだけでも相当あやしまれる行為だ。

 いそいで証拠隠滅しなければならないものでもあったか。

 先日アレクシスが見たという煙は、たしかに録画に残っていた。

 いま参謀部が煙の成分と画像の詳細、音声等々を分析中だが。


 曇りがちな空模様だが、雪は降ってはいない。

 地上三十階から見下ろせる公園には、コートかうすいダウンジャケットらしいものを着て歩いている者がちらほらいる。

 ダニエルは紅茶のカップを置いた。

 起動させたPCの画面を空中に表示する。

「それはそうと……」

 小声でつぶやいて目をすがめた。

 アレクシスのいるフロアには、もう一つ問題があった。



 あきらかにスパイが(まぎ)れこんでいる。



 フロアの将校が機密や経理の情報にアクセスするたび、べつのサーバーにおなじ情報が流れるよう細工されている。

 軍のセキュリティソフトで大部分は阻止しているが、早急に証拠を集めて相手国につきつける必要があるだろう。


 クラッキングを仕掛けていたのは、せめてもの注意喚起だったのだが。

 遠回しすぎたか。


 紛れているスパイは、おそらく同盟国の人間だ。証拠も固まっていないのにアレクシスに説明するわけにもいかなかった。

 ダニエルは(ひじ)かけについたパネルの上で指先を動かし、キーボードを操作した。

 「ジョシュア・ローズブレイド」のIDを使い、アクセスする。

 軍のセキュリティソフトが反応し、通信が阻止された。

 アレクシスのオフィスではまた警告音が鳴っているだろう。

 ダニエルは残りの紅茶を飲み干した。


 クリスマスの三日前は、アレクシスに姿を見せるためにわざと逃げるのを遅らせた。


 別れを納得させるためだった。

 私情のために銃で撃たれたなどと、あとでコールドウェルに勘づかれて(なじ)られたが。


 今日は素直にすぐ逃げるか。ダニエルは席を立った。





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