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【完結】機械仕掛けの薔薇 〜軍人✕司祭のスパイサスペンス〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
13..そろそろ夜明け

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VETERARIUS 除隊した大尉

 朝出勤の日は、いつもダニエルといっしょに目覚めていっしょに朝食をとる。

 ダニエルはその後いちど自宅へもどり、身じたくをしてから教会に出勤するらしい。


 ほぼ毎日となると面倒そうなのでいっしょに住まないかと言ったことがあるが、はぐらかされた。

 同居している人間がいては、スパイとしての活動に支障が出るからか。

 いまなら事情は知っているのだ。もういちど言ってみようかと思っているが、任務完了後には母国へ帰ると言われたらショックを受けそうなので言えずにいる。


 軍施設の屋上。

 冬晴れのいい天気だ。冬の期間だけ屋上をおおう透明なドームの向こう側は、真っ青な空が広がっている。

 ベンチの背もたれに(ひじ)をあずけて、アレクシスは青い空を見上げた。

 くわえた煙草から水蒸気の煙が流れてたゆたう。

 おもむろに煙草を二本指ではさんだ。

 強く吸う。


「一本もらえます?」


 ふいに近づいた人物が、反らした顔を見下ろした。

 ジョシュア・ローズブレイドだ。

「……背後に回るな」

 アレクシスは体を起こして顔をしかめた。

「何ですかその懐古映画の狙撃手みたいなセリフ」

 ローズブレイドが横に座る。

「ふつうに驚くだろ」

 アレクシスは内ポケットから煙草のソフトパックをとり出した。軽くふって一本出し、ローズブレイドに差しだす。

 申し訳程度の会釈をして、ローズブレイドが指先で煙草を取りだす。くわえると、火をつけて大きく息を吐いた。


「初恋の女の子、その後見つかりました?」


 ローズブレイドがそう切り出す。

「まだだ」

「おもしろい話聞いたんですけど。サンデーローストとジンジャーエールでどうです?」

「情報しだいだ」

 アレクシスは返答した。

諜報(ちょうほう)担当って会ったことあります?」

 ローズブレイドが指先で煙草をおさえる。しばらくしてから水蒸気の煙が口元からもれた。

 数日前のトイレでのできごと。

 アレクシスはあのときの緊張感を思い出して鳥肌を立てた。

 ふだんは一般の将校にまぎれて勤務しているのだ。あれがおなじオフィス内の人間だった可能性もあることにあとで気づいた。

「あるようなないような……」

 アレクシスは煙草を強く吸った。

 こいつの可能性もあるのか。ローズブレイドを横目で見る。

 施設内の全員があやしく見えてくる。


「外に諜報活動に出てる場合、諜報担当は名簿には “休暇中”、“療養中” なんて書かれてるそうです」

「へえ……」


 アレクシスは煙を吐きながら返事をした。

「諜報担当は実はIDを二つ持ってて、名簿の勤務状態の欄に諜報担当用のIDを書きこむと、“休暇中” が “活動中” に変わる人がいるとか」

「なるほど」

 アレクシスはつぶやいた。


「じゃあ諜報担当同士は知ってるのか」

「活動内容によっては組むこともあるかららしいですよ」


 ローズブレイドが答える。

「分かった。ジンジャーエール(おご)る」

 アレクシスはそう言い煙を吐いた。

「まだまだ。スシ級のネタはこの先です」

「サンデーローストだろう」

 アレクシスは内ポケットから携帯用の灰皿をとり出して、灰を落とした。

 ローズブレイドのほうに灰皿をさし出す。

 ローズブレイドはふたたび申し訳程度に会釈をして、指先でトントンと煙草をたたき灰を落とした。


「さいきん陸軍内で除隊になった人がいるの知ってます?」


 ローズブレイドがそう切り出す。

「一般募集の隊員か?」

「それなら何の問題もありませんよ。軍で生まれた将校クラスです」

 ローズブレイドがふう、と煙を吐き言葉を続ける。

「アンブローズ・ダドリー大尉とか」

 煙草を指先でおさえて、アレクシスは眉根をよせた。

 軍で生まれて軍で育った者に除隊はありえない。法律上は軍の「所有」だ。良くも悪くも手放されることはない。

「しかも除隊理由は、どこを調べてもまったく出てこない」

 ローズブレイドが肩をすくめる。

「……おまえ、どこ調べた」

 のっけから謎だらけの話に、調べるルートがあるだけあやしい。

 やはりトイレの件はこいつだろうかと考えてしまう。

「だからウワサです。つまりダドリー大尉は諜報担当なのではと一部でウワサされてるとか」

「 “除隊” が、じつは “活動中” ということか……」

 アレクシスはつぶやいた。

「通常どおりの “休暇中” や “療養中” でないのは、さぐる相手がそうとうヤバいからじゃないかとか」

 アレクシスは煙を吐いた。

 ローズブレイドが煙草を手に持ちこちらを見る。ふたたび灰皿をさし出すと、トントンと灰を落とした。

 いちおうこっちは先輩なんだが。あつかましいな、こいつとアレクシスは思う。

「まあ、この辺はただの想像ですけど」

 ローズブレイドがそうつけ加える。


 アンブローズ・ダドリーか。

 煙を吐き、煙草をくわえる。


 どこかで聞いた気がする名だ。何か、ものすごくイヤな気分をともなって聞いた名のような。

 ふうぅ、と長く息を吐く。

 もういちど煙草をくわえようとして、アレクシスは目を見開いた。



 アンブローズ・ダドリー。



 ダニエルが「除隊した同僚」と話していなかったか。

「え……」

 思わず口に出してつぶやく。

 ローズブレイドがこちらを見た。つい相談しそうになったが、まずいだろう。

「……何でもない」

 頬の(こわ)ばりをおさえ、アレクシスは答えた。

「ちょっと思っただけなんですけど、大尉」

 ローズブレイドがそう口にする。


「大尉の初恋の女の子、諜報担当なんじゃないかなって。何らか名簿にカラクリがあって見つからないとか」





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