CRUSTUM RESPICIENS AD ASTRA 星を見上げるパイ
常夜灯のオレンジ色のあかりが、寝室の足元を照らす。
うす暗い室内でベッドにあおむけになり、アレクシスは額に手をあてた。
情交の余韻で、心地のよい眠たさを感じる。
軽く息を吐いた。
ダニエルがイタズラをしたそうな表情でこちらのしぐさを見る。
全裸の体をもそもそと動かすと、アレクシスの顔の上におおいかぶさり口づけてきた。
駅で軽く飲食をしたあと、アレクシスの自宅であらためてデリバリーを頼んだ。
いまどきは自分で調理をするという人間は少ない。
家庭を持っていてさえも、料理をするのは趣味を兼ねている者くらいだと思う。
何をやらせても器用そうに見えるダニエルは、料理だけは異様に苦手らしかった。
なぜかまともに作れるのがスターゲイジーパイだけなのだが、あの猟奇的な見た目がアレクシスは子供のころから受け入れられない。
クリスマスを祝えなかったおわびに作ると言われたが、やんわりと断った。
せっかくの恋人の手料理なのだが。
ダニエルが唇を離す。
わきに退けられていた毛布を二人の体にかけ、なかでぴったりと体をつけてくる。
「……ベッド、買いかえようか」
いままでになんどか言ったセリフだが、アレクシスはあらためてそう尋ねた。
「いらない」
ダニエルが裸の胸に頬をこすりつける。
「くっついて寝る口実がなくなる」
アレクシスの手の位置を毛布のなかでさぐると、ダニエルは指をからめて握った。
「分かってないな」
そうと続ける。
口実だったのか。
アレクシスは天井を見上げた。
それともこれもたぶらかす手口なのだろうか。手先をつなぎ止めておくための。
ダニエルの肩が目に入る。
傷を負った箇所には先日はうすい保護パッドが貼られていたが、今日は何も貼られていない素肌だ。
「保護パッドはもう取ってもいいってさ。おりをみて傷痕を消す治療を受けることになるけど」
アレクシスは、傷のあったあたりをなでた。
「銃の傷痕なんかあったら善良な市民になりすましにくいからね」
ダニエルが微笑する。
アレクシスは、ダニエルの顔を見た。
傷痕があれば興醒めされてハニートラップにかけにくくなるから。
そういう意味だろうかと考える。
「……そうか」
アレクシスは作り笑いでそう答えた。
もういちどダニエルの肩をなでる。
弾を受けた箇所がもう少しずれていたら、頭部にあたっていたかもしれない。
いまさらながらそう考え怖くなる。
そんな危険な仕事は辞められないか。そう言っては彼の気にさわるだろうか。
チェルカシアの軍隊は、除隊することができるのだとダニエルは言っていた。
除隊して、こちらの国の人間にならないか。
そう言ったら、くだらないことを言う犬だと見限って離れていくだろうか。
「……ちゃんとした医者に診せてるんだな」
アレクシスは、言いたいことを呑みこんでそう言った。
「軍医長が直々に診てくれた」
「チェルカシア軍の? 大使館にでも常駐してるのか?」
そう問うと、ダニエルは答えず肩に毛布をかけた。
「髭を伸ばした威圧的なご老人で」
「うちの軍医長もだ。どこでも軍医長というのはおなじなのかな」
はは、とアレクシスは笑った。
ダニエルは何も答えず、毛布を顔の下半分まで引き上げる。
「……もう情報をつかんでるかもしれんが」
ダニエルが目を瞑る。
眠たいのだろうかと思ったが、アレクシスは切り出した。
軍部の情報を彼に流すのは、いまだ躊躇する気持ちがある。
たぶん彼との縁が切れても引っかかりはずっとつづくだろう。
だがその一方で、逮捕されてほしくない感情と、彼の役に立ってつなぎ止めておきたい感情とがある。
特別警察がすべてアンドロイドの隊員になったさいに、軍部も同じようにすべきではと提案した議員は、いまのアレクシスには正解に思える。
いくらDNAレベルで適性があるといっても、生身の人間にはこうして想定外の感情と行動がつきものだ。
「おまえについての調査は、打ち切りになったらしい」
ダニエルは無言だった。
眠ってしまったのかと思ったが、だいぶ時間を置いてから「そう」と答える。
「……つかんでたか」
「情報ありがと。好きだよ」
ダニエルが言う。
どうせつかんでいたんだろうなとアレクシスは思った。
「同僚は、おまえを泳がせる判断を上がした可能性も挙げてたが……」
「同僚ってだれ?」
ダニエルが目を開け上目遣いでこちらを見る。
アレクシスは顔をしかめた。
「いや……」
「寝たら殺すよ? あっちを」
真顔でそれだけを言うと、ダニエルはこちらの胸元に頬をすりよせてふたたび目を瞑った。
猟奇的なパイが得意料理な上に、浮気をしたら過激な処置をしようとする恋人。
何でこんなのが好きなんだと、アレクシスはやわらかな金髪を見つめた。
そういえば。
初恋のあの女の子を見かけなくなったのは、クリスマスがすぎて少ししたころじゃなかったか。
初等部の昼食で、クリスマスの祝いと伝統学習を兼ねてメニューに入れられたスターゲイジーパイ。
切り分けたパイを乗せた皿を、あの子にさしだされた。
料理のあまりの猟奇さにアレクシスは引いたが、あの子はにっこりと笑い「ザリガニのバージョンもあるんだよね」と平然と。
アレクシスは、ゆっくりと額に手をあてた。
なつかしいエピソードが甦えったのはうれしいが、何だこの思い出。
どことなく性格までダニエルに似てるような。
子供のころの思い出だ。
何かの記憶とごっちゃになっているのか。
ダニエルが少し体をずらす。アレクシスに密着したまま枕に頭部をのせると、すうっと寝息を立てはじめた。




