ROSARIUM PRECATIONIS──MILLENNIUM ADVETUS ロザリオの祈り──千年紀カウントダウン II
礼拝が終わる。
後片づけが終わったのは、年明けの三十分後だった。
もう少しかかるのかとアレクシスは思っていたが、かえり道の安全を考えたら後片づけは明日以降なのだとか。
外套をはおり、礼拝堂の出入口のまえで夜空を見上げる。
花火は先ほどよりだいぶ少なくなり、数分に一回小さなものが上がるのみだ。
繁華街のほうからたびたび歓声が聞こえるが、街のあかりはカウントダウン直後にくらべていくらか消えている。
「アレクシス」
キッと音を立てて教会の扉が開く。
この軋むような音がつくづく中世風だなとアレクシスは思った。
ダニエルが顔を出すなり上空を見上げる。
雪が舞っているのを見て、白い息を吐いた。
両手をダニエルの項に回し、アレクシスは外套についたフードをかぶせた。
ダニエルが苦笑する。
フードの見返しの部分を少し引っぱり、ダニエルの顔がより隠れるようにする。
大丈夫だとまたクスクス笑われそうだが、やはりこちらにはスパイの身を隠すコツなど分からない。
だれかが見ていたらと思ってしまうのだ。
「今日も行っていい?」
ダニエルが微笑して尋ねる。
「ああ……」
これもいつまで言ってもらえるのか。
彼がこちらの軍部やその他の機関に逮捕されることのないよう、守るつもりでいた。
だがそうして守り抜いても、彼は任務が終われば自分を棄てるだろう。
スパイだと発覚した時点でハニートラップだとはっきり告げられているのだ。
それでも庇おうとする軍人を、さぞや間抜けなやつだと思っているだろう。
なぜこんな選択をしているのか。
なぜ罠と知りつつダニエルから離れようとしないのか。
自身の行動の説明はつけられなかった。
仮にこの関係が発覚して軍部から尋問を受けても、おそらく自分は明確な理由を答えられないと思う。
ただ恋人だからという理由で、人はそれまですごした世界も国家というコミュニティも、未来もすべて捨てられるものなのだろうか。
「二十二世紀になって、もうすぐ一時間か」
ダニエルが言う。
道の向こう側にある時計塔がライトアップされていた。
向かいは官公庁ビルだ。今夜はさぞや一晩中照らされっ放しなのだろうなと思う。
「僕は、二十三世紀になるまぎわもアレクシスといたい」
外套の襟元をおさえながら、ダニエルがそう口にする。
「つぎの世紀になるころには寿命だろ」
アレクシスは笑った。
少し風が出てきた。駅に着いたら温かいものでも食べようか。
「いっしょのお墓でむかえればいいんじゃない?」
横を歩きながらダニエルが言う。
「墓っておまえ」
アレクシスは苦笑した。
何かホラー系のジョークだろうか。元ネタは何だと知識をさぐる。
「 “いっしょのお墓に入ってください” って古風すぎた?」
「懐古映画か何かか? ヴァンパイアもの?」
ダニエルがこちらの顔を見つめた。
ややしてから吹き出して笑う。
雪はまばらになっていたが、風は冷たくなっていた。
繁華街の歓声を遠くに聞きつつ、駅へと向かう。
クリスマスからずっと街路樹につけられているLEDのあかりが、駅までつづく。
車の数は少なく、ときおり少し離れた大通りのほうを走り抜けていった。
だれかが車内からダニエルを伺っているのではといちいち心配してしまうアレクシスに対して、ダニエルは平然としていた。
ダニエルがこちらを向き、アレクシスの視線を追う。
「人をコッソリ伺っている人間は、どうしても立ち位置や顔の向きが不自然になる。そういうのだけチェックしてれば平気だよ、アレクシス」
ダニエルが、アレクシスの左腕をグッと引いて腕を組む。頭をかたむけて肩によせた。
「そんなにあちこち警戒してたら、神経が持たないよ」
左半身にダニエルの体温と質感を覚える。
彼に委ねていれば大丈夫という気がしてしまった。
これではどちらが守っているのか分からない。
「……すまん」
そうアレクシスは答えた。
「なるべく足を引っぱらないようにする。銃なら私のほうが使えると思うから」
「うん。だから利き手は開けておいた」
ダニエルが右腕のほうを見る。
左腕をとったのはそういうことか。アレクシスは困惑した。
こんなことを聞かされると、情交のときすらいちいち思惑がある動きをしているのではと怖くなる。
「僕のために神経を使わせてごめん」
「いや……」
「今夜は思うぞんぶん慰めてあげる」
ダニエルがにっこりと笑う。
今夜は何回やる気なんだ……。
アレクシスは頬を引きつらせて恋人の笑顔を見た。
「アレクシス、子供のころの友達なんて覚えてる?」
ダニエルが街路樹のLEDのあかりをながめて問いかける。
唐突な質問だなと思いながら、アレクシスは舞う雪を見上げた。
「友達というか……初等部のころに好きだった女の子が」
「へえ……」
ダニエルがそう返事をする。微妙な抑揚のある返事に感じられた。
「どんな子?」
ダニエルが問う。
アレクシスは軽く眉をよせた。
先日、ローズブレイドと関係を持ったら云々の話で、こいつ物騒なもの言いをしてなかったか。
あの子に妙なことをしないだろうなと思ったが、懸命にさがしてもいまだ配属先が分からない子なのだ。ダニエルにもそう簡単には見つけられないかもしれんと思った。
「一歳年上で金髪のショートカットの子で……短期間しかおなじ教育過程にいなかったんだが、ともかくかわいかったというか」
「名前は?」
「……それが覚えてなくて」
アレクシスは苦笑した。
ダニエルが目を丸くする。
「好きだったのに?」
「好きとかわいいで頭がいっぱいだったんだろうな。子供のころだし」
ダニエルが前方を向いて、軽くため息をつく。
「たしかにアレクシスって、ちょっとアホの子っぽかった」
「初等部の男の子なんてだいたいそんなもんだろ……」
言いながら、アレクシスは眉をよせた。
何だいまのセリフ。
遠くのほうで小さな花火が上がる。繁華街のあたりから、ひときわ大きな歓声が上がった。




