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機械仕掛けの薔薇 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
10.禁断の恋人

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25/63

INVASOR РОЗА 侵入者ローズ II

 コツ、コツ、と靴音を立て、ダニエルがヨークに近づく。彼女の(えり)の階級章と軍服に縫いつけられた氏名章を見た。


「キルスティン・ヨーク中尉か」

「ごめんなさい。ロッカー室はパガーニ大尉一人だけだと聞いていたから」

 言いながらヨークはダニエルの襟のあたりを見た。

 とたんに頬を(こわ)ばらせ、姿勢を正して敬礼する。

 相手が二階級も上の佐官だと気づいたようだ。


「し……失礼いたしました! 急用だったものですから!」

「陸軍少佐のクリス・ローズだ」


 ダニエルがそう名乗る。

 ローズ……。

 怪訝(けげん)に思ったが、「ルース」をこちらの国の読みにしたのかと思いいたる。

 薔薇(ローズ)か。ありふれた名字だ。スパイとしては使いやすいのだろう。

「ヨーク中尉」

 ダニエルが落ちつきはらって彼女の顔を覗きこむ。

「はっ」


「私は、パガーニ大尉の恋人にそんなに似ているのか?」


 ダニエルが問う。

「はっ?」

 そう返事をして、ヨークはアレクシスの顔を見上げた。

「先ほどここに入室したさい、大尉にとつぜん抱きしめられてキスをされ体をまさぐられた」

 ヨークが顔を紅潮させて、もういちどアレクシスの顔を見上げる。

 上の階級の方になんてことをという表情と、彼女にしてはめずらしく恥じらった表情とがないまぜになり複雑なおももちだ。

「本来ならセクハラ行為として訴えでるところだが、きみの証言によっては不問にする。──似ているか?」

「あ、あの。彼はふだんは真面目で実直で、セクハラなどしたことは」

「質問にのみ答えろ。似ているか」

 ダニエルが声の調子を強める。

 反論をゆるさない高級将校としての態度だ。

 さすがスパイというか。芝居がうまいなと思う。

 アレクシスはあきれつつ横目で見ていた。

「ヨーク中尉!」

「はっ。似ているであります!」

 ヨークが声を上げる。

「どの程度!」

「そっくりであります! あ、いえ。あの」

「なるほど」

 ダニエルは、コツコツと靴音を立てゆっくりとヨークから離れた。

「では間違えてもしかたがないな。まあ、似ている人間などそこらにいるものなので気をつけてほしいが」

 ヨークが小さく息を吐く。


 こっ、こいつと思いながらアレクシスは恋人のうしろ姿を見た。

 ダニエルとスパイが似てると思っても、とうぶん彼女は自信が持てないだろうなと思う。


 下手したら萎縮(いしゅく)して軍務にも影響しかねないと思うが、そこはおかまいなしか。

「急用だったんじゃないのか? ヨーク中尉」

 アレクシスが口をはさむと、ヨークは目線を軽く泳がせながらこちらを見た。

「ローズ少佐に謝罪はしたの? きちんと謝罪して、パガーニ大尉」

「きみは母親か」

 アレクシスは顔をゆがめた。


 だいたい、顔を見たとたんに体までまさぐったというのは何だ。作り話にしても遊びすぎだろう。


「経理が急いでチェックしてほしい部分があるそうです」

 ヨークがそう切りだす。 

「そのくらいブレインマシンに送ってくれば……」

 「ああ」とつづけて、アレクシスは米噛みに手をあてた。

「トレーニングまえだからシャットアウトしてたでしょ」

「気が散るからな……」

 アレクシスは着がえた服を見た。

 トレーニング服のまま経理の部署に行くことになるか。べつに規則違反ではないが。

「じゃ」

 そう言うと、ヨークは出入口の自動ドアのまえに立った。

 ドアが開く。

「それとローズブレイド大尉が、いっしょにトレーニングしたいから書類作成が終わるまで待っていてほしいって」

「子供か。しらん」

 アレクシスは眉根をよせた。

 なにげなくダニエルのほうを見る。

 だまって腕を組み、ヨークの動きを目で追っていた。

 ヨークがダニエルのほうをふり向く。


「ローズ少佐、二人きりにしても大丈夫でしょうか。パガーニ大尉がまた変な気を起こしたら」

「さっさと退室しろ。きみこそセクハラだろう」

 アレクシスは声を荒らげた。


「……そうだな。彼は恋人を雪降るなかで強姦した前科が」


 軍帽の(つば)を顔のまえに引きながらダニエルがつぶやく。

 うっとアレクシスは言葉をつまらせた。

 ヨークの様子を伺ったが、聞こえてはいなかったようだ。何の反応もせずロッカー室を出ていった。

「年下の女の子をいじめるのは、おもしろい」

 軍帽の(つば)を上げてダニエルがつぶやく。

「おまえ……」

 どこからツッコんでいいのか分からず、アレクシスは眉をよせた。

「女性は。興味あるのか」

 ここで聞くことではないと思うが、先日から疑問に思っていたことだ。アレクシスは尋ねた。

「あるよ。あなたほどじゃないけど」

 ダニエルが答える。

 あるのか。

 新たなモヤモヤを感じる。


「受付の女性や、サイバーカフェの女性店員まで手当たりしだいにナンパするほどじゃないけど」


 アレクシスは無言で眉をよせた。

 何だこの行動をことごとく追われていたようなセリフは。

「ずいぶんとなれなれしいんだな、彼女。階級は下だろう?」

 ヨークが出て行ったドアをながめてダニエルが目を眇める。

「教育過程のころから知ってるからな。もう兄妹みたいになってる」

 ダニエルは答えずに、しばらくドアを凝視していた。


「じゃ、アレクシス」

 ダニエルが出入口に向かい退室する。

 何の違和感もなくスタスタと廊下を行く姿を、ついアレクシスはだまって見送ってしまった。





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