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【書籍化&コミカライズ発売中】娯楽革命〜歌と踊りが禁止の異世界で、彼女は舞台の上に立つ〜【完結済】  作者: 藤田 麓
夏休みIの章 王都散策

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情報屋シルばあさん


 クィルガーが休みの日、強い日差しが照りつける中、私たちはこっそりと館の敷地から出た。私は前と同じ平民の格好に日除けのスカーフをすっぽり頭から被っている。今日は二人だけで出かけるので、なるべく目立たないようにするためでもある。

 ちなみにパンムーは今日もお留守番だ。

 

「うわ……っあっつい」

「夏の昼間に出歩くことになるとはな……」

 

 クィルガーもいつもと違うターバンで頭全体をぐるぐる巻きにしている。

 

「大通りまで急いで行くぞ」

「はい」

 

 周りの敷地内から伸びてる木の陰を利用しながら、急ぎ足で大通りの馬車停留所に向かう。

 

 暑い。本当に暑い。熱された鉄板の上にいるみたい。

 

 アルタカシークでは夏に外に出るのは夕方からが普通なのだが、情報屋に行って情報をもらい、そのまま音出しを探すとなると時間が足りないので、日の高い時間から出発することになったのだ。

 停留所近くまで行くと、ちょうど乗合馬車が到着したところだった。それを見たクィルガーが私をガッと脇に抱えて走り出す。

 

「うええああああ」

 

 走る振動にたまらず変な声が出るが、なんとか馬車の中に滑り込んだ。


「変な声出すな」

「お腹抑えられて揺さぶられたら自然と出ちゃいますよ」

 

 先日と同じルートを辿って商業区域に着き、飲食店の多い通りに入る。大通りを外れ、細く入り組んだ路地裏をクィルガーは迷いなく進んでいく。

 ちなみに私は自分がどこにいるのかすでにわかっていない。地図を持っていても多分見失っている。それくらい入り組んでいて目印になる特徴的な建物もないのだ。

 白くて同じような形をした建物に囲まれながらしばらく歩くと、クィルガーが家の裏口のような場所の前で立ち止まった。

 目の前には白い壁が立っている。クィルガーは周りに誰もいないのを確かめてから、その一部分を触った。すると壁の一部がパコっと奥にずれ、横にスライドしていく。中には紐のようなものがぶら下がっていた。

 クィルガーがその紐を一度引っ張ると、家の中で鐘の鳴る音がした。

 

「お名前は?」

「黒鷹だ」

 

 中からの声にクィルガーがそう答える。

 

 クロタカ? お店に入るための合言葉みたいなものかな。

 

 しばらくすると白い壁だったところがズズズ……と動き、内開きに開いていった。

 

「ここからおまえはなるべく喋るなよ」

 

 と小さな声で言われて、私は口を押さえてコクコクと頷いた。クィルガーに手を引かれ、そのまま中へ入っていく。

 中はこぢんまりとした庭のようだった。周りに背の高い木が植えられていて、その木々の間に細い道が続いている。道の先には小柄の女性が薄い笑みを浮かべて立っていた。

 

「こちらへどうぞ」

 

 女性の案内で先にある建物の中へ入っていく。室内に入ると一気に体感温度が下がり、体が少し冷やされてほっと息を吐いた。廊下を進んだ先に木の扉が見え、女性が静かにその扉を開ける。

 緊張しながら中へ入ると、小さな部屋の真ん中にこれまた小さなお婆さんがヤパンの上にちょこんと座っていた。スカーフではなく大きなターバンをぐるぐるに巻いているので、頭の大きさが顔の倍ぐらいある。深い皺の間から覗く細い目を少しだけ開けて、入ってきた私たちを見てニヤリと笑った。

 

「ほぉ……まさかそちらから来てくれるとは思わなかったねぇ」

「久しぶりだな、シルばあさん。本当はここには近付きたくなかったんだがな」

「ということは、そこにいる娘さんがアタシに用があると? ヒヒヒ、噂のエルフのお嬢ちゃんに会えるなんて嬉しいねぇ」

 

 うわ、本当に私のこと知ってるんだ。

 

「こいつのことはどこまで知ってる?」

「昨年に突然お前さんが連れてきて養子にしたんだろう? で、今年の四の月に新しいエルフであること、魔石使いとして保護することをアルスラン様が宣言された。今貴族の中では一番ホットな話題だ」

 

 すごい。貴族の情報をここまで知ってるなんて……。このシルばあさんって平民なんだよね? 一体何者なの?

 

「ああ、お前さんも結婚したそうだね。めでたいことだよ。で、子どもはいつ生まれるんだい?」

「……! ったく、相変わらずなんでも知ってんな。子どものことはまだうちの者しか知らないはずなのに」

「ヒヒヒ、アリム家は規模が大きいからねぇ。関係者だけで何百人もいるんだ。情報を止めておくなんて不可能だよ」

「フン、そうだろうな。だがシルばあさんが好きな情報はそんなんじゃないだろ?」

「そうだねぇ。そんなホットで真っ当な情報なんて面白くもなんともないね」

 

 シルばあさんはそう言って私に視線を向けた。

 

「で、お嬢ちゃんはアタシになにが聞きたいんだい?」

 

 私はチラリと横にいるクィルガーを見上げる。

 

「それは俺が説明する」

「そんなに警戒しなくても、とって食いやしないよ」

「どうだかな。俺は散々痛い目にあってきたんでね」

「お前さんは顔に出過ぎなんだよ。だからついからかいたくなるのさ。ヒヒヒ」

 

 シルばあさんは肩を揺らして笑いながら私たちに近くに座るように促す。シルばあさんの前にあるローテーブルを挟んで私とクィルガーが座ると、そのタイミングでさっき案内してきた女性がお茶を持ってきて私たちの前に置いた。女性はそのまま部屋の外へ出ていって扉を閉める。

 

「シルばあさん、古い音出しに詳しい人物を知らないか?」

 

 部屋に私たちだけになったことを確かめて、クィルガーが口を開いた。

 

「古い音出し? なぜそんなものを?」

「理由は言えない。どうせシルばあさんなら予測がつくだろう? 俺は世界中を巡っていた時に、昔からこっそりと受け継がれている音出しを見たことがある。だったらアルタカシークにも残っているかもしれないと思ってな」

「お嬢ちゃんが古い音出しを探しているのかい? ふむ、それはなかなか面白いね。エルフと音出し、いい組み合わせじゃないか。意外性はないけどね」


 音出しと聞いてエルフと音楽をすぐに結びつけたらしい。お婆さんとは思えない頭の回転の速さだ。

 

「しかしそんな動きをすれば魔石使いを敵に回すことになるのでは? いや、王がそれを許している? ヒヒヒ……なんか面白いことになってそうだね」

 

 シルばあさんの独り言の推理をクィルガーは黙って聞いている。

 

「いいよ、面白い展開になりそうだから教えよう。そうだね、これだけあればいいよ」


 そう言って指を一本だけ立てる。

 

「えらく良心的じゃないか」

「自らここへ飛び込んできてくれた礼だよ。まさかこんな近くでエルフを見れるなんて思わなかったからね」

 

 どうやら私の存在を確かめられただけで情報屋としてはおいしかったらしい。

 クィルガーが腰袋から一千ラシルを出してシルばあさんに手渡す。

 

「貴族区域に近いところに高級革を扱っている店がある。そこの主人は真面目に商いをしているが、裏では古い音出しを集めていて音出しの愛好家たちにそれを売っているらしい」

「音出しの愛好家なんているのか……。どんな音出しが取引されているか知ってるか?」

「詳しくは知らないが、それなりの種類があるとは聞いたよ」

 

 おお、じゃあ軽い音のでる太鼓もあるかな?

 

「いきなり店に行って交渉できるか微妙だな……」

「あそこの主人には貸しがあるからアタシの名前を出せばいい」

「……それは料金の上乗せが必要ってことか?」

「お嬢ちゃんに一つ質問させてもらえるなら、上乗せなしで使っていいよ」

「はぁ?」

 

 シルばあさんは私を見てヒヒヒ、と笑っている。

 

 な、なにを聞かれるんだろう?

 

「……こいつが答えていいと思うものならいいが。なにを聞く気だ?」

 

 クィルガーが眉を寄せてギロリとシルばあさんを睨む。若い騎士たちを震え上がらせるクィルガーの睨みを受けても、シルばあさんは笑みを崩さずに私に視線を向けた。

 

「お嬢ちゃん」

 

 私はゴクリと唾を飲み込む。

 

「好きな食べ物はなんだい?」


 ………………は?

 

「……相変わらず変なこと聞くな」

「こういう人間味のある情報を聞くのが好きなんだよ。で、なんなんだい? お嬢ちゃん」

 

 シルばあさんは目をキラキラとさせて前のめりになっている。本気でこの情報を知りたいらしい。

 クィルガーをチラリと見ると、仕方ないという風に頷いたので、私はシルばあさんの前で初めて口を開いた。

 

「……シャリクです……」

「ほぉ! 肉かい? それはいいねぇ。エルフなのに肉が好きとは意外性があってとてもいい!」

 

 と、なぜかシルばあさんは大喜びしている。

 

 本当にこんな情報でよかったんだろうか……。思っていた以上に変な人だ。

 

 私の答えに満足したシルばあさんは店の詳しい位置をクィルガーに教えて「聞きたいことがあったらまたおいで」と言って私たちを見送った。

 シルばあさんの家を出て来た道を戻り、少し大きな通りに出たところでクィルガーはふぅ、と息を吐いた。

 

「……本当にすごい人ですね。いろんな意味で」

「あのばあさんが玄関まで見送りに来るなんてな……よほどおまえのことが気に入ったらしい」

「えっそうなんですか?」

「意外性のある答えを聞くと興奮するんだよ、あのばあさん」

「そんなに意外性ありましたかねぇ」

 

 私としては普通に好きな食べ物を答えただけだ。

 

「とにかく余計な情報を与えずにこれを手に入れられたのは上出来だ」

 

 クィルガーが手元のメモを広げる。

 

「早速そこの革屋さんに行きますか」

「そうだな」

 

 目的の場所までは乗合馬車が通ってないので、個人タクシーのようなロバ車に乗る。小柄のロバが屋根付きの小さな台車を引いていて、その台車に乗って移動するのだ。

 

 なんかドナドナみたいだね。

 

 売られていく子牛の気持ちになりながらガタゴトと揺られていると、ロバ車のおじさんが「葡萄ジュースあるけど、飲むかい?」と勧めてきた。

 クィルガーがお金を払って二人分のジュースをもらう。クィルガーがまず一口味見をして、危険がないか確かめてから私に渡してくれる。

 少し温いけれど、暑い中で移動して喉が渇いていたので、私はそれをゴクゴクと飲んだ。

 

 あー美味しい!

 

「こういうのもたまにはいいですね」

「……ヴァレーリアには言うなよ」

 

 確かにヴァレーリアに言ったらまた羨ましがるに違いない。

 

「そういえばお母様と街に出たことはないんですか?」

「……いや、実はおまえがいない間に何度かある。ずっと家にいる性分じゃないからな」

「そうでしょうねぇ」

 

 元々冒険者だったしね。ずっと貴族の館にいるのは息が詰まるだろう。

 

「体は安定してきたし、これからはよく動いたほうがいいらしいから、秋になったら連れてくるさ」

「そうですね……人が多いのでちょっと心配ですけど、お母様の気晴らしには必要かもしれませんね」

 

 しかし貴族の中で嬉々として平民の街に出てくる人なんて珍しいだろう。貴族社会の勉強で学んだが、普通の貴族は知り合いの貴族の家に招かれたりする以外で、外に出ることはあまりないらしい。女性は特に。

 

 貴族の生活ってつまんなそう……よかった、うちの家族変わってて。

 

「なんか変なこと考えてるだろ」

「え? うちの家族は変わっててよかったなぁって思っただけですよ」

「おまえがその筆頭だってわかってるか?」

 

 爽やかな笑顔でそう言われた。

 

「失礼な。私は中身はいたって普通の人間ですよ」

「……普通……」

 

 クィルガーはそう言って遠い目をしている。

 

 なんでそんな顔になるかな。

 

 葡萄ジュースを飲み終わるころには目的地に着いていた。ロバ車を降りて目の前の建物を見上げる。

 この辺りは貴族区域が近いのもあって、比較的裕福な平民が住んでいるらしく、建物も大きめのものが多い。目の前の建物には革の絵をモチーフにした看板が掛かっていた。

 

「じゃあ入るぞ」

「はい」

 

 

 

 

情報をもらうために変なおばあさんに会いました。

シルばあさんは結構お気に入りのキャラクターです。


次は 音出しを叩く者、です。

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