北から届いた物語
アルタカシークに本格的な夏がやってきて、日中は室内で過ごす人が増えてきた。私は勉強と護身術という名の武術訓練と、演劇クラブの準備に明け暮れている。
王様との話し合いで予算が決まってからクィルガー経由でお金が届いたので、サモルに頼んで縫製機を買ってもらった。学院が始まるころまではお店で保管してもらうことにしたが、届け先が学院だと聞いたティキは顎が外れそうになるほど驚いていたらしい。
「まさか自分が作ったものが城の上に上がるなんて思ってもみなかったらしいですよ」
「それはそうでしょうね」
私の言葉にヴァレーリアがクスクスと笑っている。
今日は家の中で一番涼しい女性館の居間でヴァレーリアと一緒に刺繍をしていた。ヴァレーリアは安定期に入ってきて体調もすこぶるいいらしい。私とコモラが作った栄養食を食べすぎて、思った以上に体重が増えたことに悩んでいる。
「ディアナが自分から刺繍をするなんて珍しいこともあるものね」
「一応女性の嗜みらしいのでできるようになった方がいいなと思ったのと、演劇の衣装で必要になる時もあるかもしれないなって思って」
「結局は演劇のためなのね」
ふふふ、と仕方なさそうに笑ってヴァレーリアが手元の布に糸を刺していく。
彼女には内緒にしているが、実は私が今刺しているのは赤ちゃん用のお守りだ。お披露目会用の布の上に被せる刺繍の飾りとは別に、首からかけられる刺繍のお守りを作っているのだ。
ただの四角い小さな刺繍だけど、これでも何日もかかるんだよねぇ。裁縫美人の血が欲しい。
これが完成したら、お披露目会用の布と一緒にヴァレーリアにプレゼントする予定だ。なんとか学院が始まるまでに終わらせたい。
風が通る部屋で二人で黙々と作業していると、廊下から部屋に入ってきた若いトカルがイシュラルになにかを耳打ちしている。
ん? 届け物?
イシュラルが私に近付いて跪き、口を開く。
「ディアナ様宛てに荷物が届けられたそうなのですが、聞いたことのない方からのものなので、どうすればいいかと……」
「送り主の名前は?」
「ジムリア国のヤティリ様、だそうです」
ヤティリ⁉
「ジムリア国というのは北連合国の国ね。ディアナ知ってるの?」
「はい。新しく演劇クラブのメンバーに入ってくれた人です。イシュラル、その人は知り合いだから大丈夫だよ。その荷物をこっちに持ってきてくれる?」
「かしこまりました」
しばらくしてイシュラルがワゴンを押して入ってきた。ワゴンの上には紙の束が大量に乗っている。
「申し訳ありません、荷物の確認に時間がかかってしまいました」
私は立ち上がってワゴンに近付き、上にある紙の束をひとつ持ち上げる。束をペラペラと捲ると、中にはぎっしり手書きの文字が書かれてあった。
これ、小説だ!
一枚目にはタイトルが書いてある。私は驚きながらワゴンの上に乗っている紙の束を数える。ざっと見ただけでも二十冊以上あった。
「これ、もしかして全部ヤティリが書いたやつ⁉」
「ディアナ様、こちらの手紙が同封されていました」
イシュラルがスッと検閲済みの手紙を差し出した。
普通平民の使用人が貴族の手紙を勝手に開けて検閲することはないが、私の場合はどこからテルヴァのものが届くかわからないため全部調べることになっている。
「どれどれ……ええと『今回送ったものは今まで書いた作品の中でも自信のあるものです。僕は長編より短編が得意なのですぐに読めるものが多いと思います。演劇クラブで使えるものがあれば利用してください』か。なるほど」
確かに一冊一冊はそんなに分厚くはない。
「それにしてもよくこれだけ送れたね。国に戻ってすぐに送ってくれたのかな。それにしては速いと思うけど」
「荷物は防水の紙でぐるぐる巻きにされて木の箱に入って早便で届けられていました。かなり急いで送ってくださったのだと思います」
「だから手紙もこんなに短いんだね」
「夏休みの間にディアナに読んでもらいたいって思って送ってくれたのでしょうね」
ヴァレーリアの言葉に私は頷く。ヤティリは内向的で消極的な性格だが、彼の中には創作に対する熱いものが宿っている。作品の束を見て私はそう確信した。
「この物語を読む時間を確保しなくちゃね」
「勉強の方はもう終わるんでしょう? そちらの時間をあてたら?」
「そうですね、そうします」
それから数日かけて、私は自室でヤティリの書いた物語を順番に読んでいった。
字がまだ幼いものもあって、かなり小さなころから書いていたことがわかる。
「すごいな……幼いころからこんな話が書けるなんて」
数冊読んだだけで、ヤティリが才能のある作家であることがすぐにわかった。読みやすい文章でぐんぐんと物語に引き込まれていくのだ。短編が得意ということもあって一つの作品としてまとめる力がすごい。
そしてなにより、書くジャンルが幅広い。人気の騎士物語から恋愛物語、歴史もの、主人公も老若男女貴族平民と被ってる人物がいないくらい、さまざまなキャラクターの物語を書いている。
「ヤティリって本当に脚本家向きかもしれない」
私はさっきまで読んでいた作品を読書済みの束の上に置き、また新しい作品を手に取る。そのタイトルを見て思わず目を見開いた。
そこには『異界からきた少女』と書いてあったのだ。
「まさか……私のことじゃないよね……」
と内心ドキドキしながらページをめくる。
その物語は、異界からやってきた非常識な少女がこの世界でさまざまな悪戯をして、人々を喜ばせたり困らせたりする、という話だった。その少女はとてもチャーミングな女の子で、いろんな街で人々を魅了しては人間関係を引っ掻き回していく。最初は可愛い悪戯だったのだが、どんどんエスカレートしていって最後には貴族に殺されてしまう、というストーリーだった。
後味はそんなによくないが、その女の子がとても魅力的に書かれているので最後まで楽しく読めてしまった。
「この異界からやってきた女の子、すごくいいキャラしてる……この子、どこかで使えないかな」
この子が主人公の劇だとちょっと観客を置いてけぼりにする気がするので、物語のアクセントになるような存在として組み込みたい。
「……あ! 今考えてる題材に入れたらちょうどいいんじゃない?」
来年予定している劇の脚本に盛り込んだら面白くなるかもしれないと気付いて、私のテンションは一気に上がった。頭の中で脚本の構成を練り直していく。
「いいねいいね、この女の子が引っ掻き回すから物語が動いて、その度に踊る場面を入れていけば……」
少しシリアス気味だった脚本に華やかさが出てきた。
「こういう流れだったら速いテンポの賑やかな踊りが合うね。軽い音の音出しを使って重ねて演奏すれば……ああーいい! めちゃくちゃ面白い!」
「ディアナ様?」
私が一人で興奮していると、扉の方に控えていたイシュラルが不思議そうな顔で尋ねてきた。
「なんでもないよ。ヤティリのおかげで面白い劇ができそうで嬉しくなっただけ」
「さようでございますか」
演劇のことになると私が興奮することがわかっているイシュラルはそれだけ言うと、「少し休憩されてはどうですか」とお茶の用意をしてくれた。
私はイシュラルの入れてくれたお茶を飲みながら手元の紙に脚本の構成を書き出していく。
「踊りはラクスが覚えてくるものを見るまで決められないけど、使いたい音のイメージははっきりしてきたね……あとはこういう音が鳴る音出しがあるのかどうか……」
私が頭の中でイメージしているのは太鼓の音だ。クィルガー物語の劇の時にハンカルが叩いていた大太鼓よりも高くて軽い音の鳴る太鼓が欲しい。それをドラムのように高速で叩けるようにしたら、イメージしてるリズムも刻めるはずだ。
私は半分無意識にローテーブルをコツコツと叩きながら脚本の流れを最後まで書き出していく。
「うん、大雑把な流れと入れたい場面は書けたから、あとはヤティリと相談しながら登場人物とかを決めてもらって文章にしてもらおう。……あとは音出しだね」
私はその日の夕食後にクィルガーとヴァレーリアに内密部屋に来てもらって、とある相談をした。
「音出しの情報?」
「はい。アルタカシークに残っている音出しがないか調べたいんです。貴族の中には残っていないでしょうから、平民の中でそういう情報を知ってる人がいないかと……お父様は街のことも詳しそうなので。もし音出しがあれば買いたいとも思ってます」
私がそう言うと、クィルガーは「うーん」と渋い顔をして腕を組む。
「そういう情報を知っていそうなやつなら心当たりがあるが……」
「本当ですか⁉」
「……あまりおまえと会わせたくはないな」
「どんな人なの?」
ヴァレーリアの質問にクィルガーが顔を顰めたまま答える。
「ものすごく怪しい変なばあさんだ」
「……え」
「変わった情報ばかり集めてる変人で、どうでもいい情報に興奮する性格の持ち主だ」
「わぉ、結構パンチの効いてるおばあさんなんですね」
「パンチ? ま、その代わり王都中の情報に通じていて、知らないことはないとまで言われているな」
「おばあさんならディアナが会っても危険はないかしら……」
「他人を攻撃するような人じゃないが、多分ディアナがエルフであることも俺の養子になっていることも知っていると思うから、反対に興味津々に近付いてくる可能性がある」
おおお、ぐいぐい迫ってくる感じなんだね。
「ディアナ、クィルガーに任せることはできないの?」
「私のイメージしてる音出しがあるのか聞きたいので、お父様が説明するのは難しいと思います」
「……今必要なのか? その情報は」
「はい。来年の劇に使いたいものなので」
「はぁ……仕方ないな。次の俺の休みの日にささっと行ってくるか」
「ありがとうございます!」
「サモルとコモラは?」
「いや、変に人数がいるとそいつらからも情報を聞き出そうとするからな。今回は俺とディアナだけの方がいい」
「大丈夫なの?」
私たち二人だけで出かけることにヴァレーリアが心配そうな顔をする。
「ディアナの護身術もサマになってきたし、いざとなったら抱えて移動するさ」
「ええ! この歳で抱っこですか?」
以前抱っこされた時は旅芸人の劇を見るためだったので仕方ないけれど、さすがに街中で抱っこされるのは恥ずかしい。
「文句言うな。それが嫌なら連れて行かないぞ」
「わかりました。抱っこでいいです」
「即答だな」
「気をつけるのよディアナ」
「はい」
「基本的におまえは喋るなよ。こっちからの情報はなるべく出すな」
「それで情報をくれるんですか?」
「ちゃんと相応の金を渡せば教えてくれる。それが情報屋だからな」
なるほど。ということは私が与えた情報もお金さえ積まれれば他人に喋っちゃうってことなんだね。うへぇ……気をつけないと。
そういう特殊な人には会ったことがないから、迂闊に口を開かないようにしなきゃ。
ヤティリから小説が届きました。
その才能に驚くディアナ。
次は 情報屋シルばあさん、です。




