コモラと栄養食づくり
「うわぁ! 美味しそう!」
「ここのシャリクは絶品だよぉディアナちゃん」
お忍び散策の最後はコモラの食料の買い出しに付き合う。大通りに並ぶたくさんの屋台に私とコモラのテンションは上がりまくりだ。
「お父様! 今日は買い食いしても……?」
「はぁ……仕方ないな。こうなることは予想してたし」
クィルガーの許可が出たので私とクィルガー、コモラとサモルに分かれて美味しそうな屋台に並び、いろんな料理を集めていく。屋台の周りには持ち込みオッケーの食堂があるので、そっちに持っていってみんなで食べた。
「おいひぃー!」
「美味しいねぇ」
「お、この肉なんだ?」
「最近流行ってるムチ鳥ってやつです」
「あ? あれって毒がなかったか?」
「新しく毒抜きの方法が開発されたそうですよぉ」
鳥や牛のシャリクを食べて、次は三角形の形の揚げたてのミートパイを頬張る。ちなみにアルタカシークでフォークやスプーンを使うのは貴族だけだ。平民は大体手で食べるか、硬いパンをちぎっておかずを掬う。
「あつっあつっ」
揚げたてなので一口かじると中から熱々のソースが飛び出した。トマトとひき肉とスパイスの味が口いっぱいに広がる。
うひぃ、これも美味しい。
「慌てて食べると火傷するぞ」
クィルガーが呆れた声で水の入ったコップを渡してくれる。ごくんと口の中のものを飲み込んで水をズビっと飲んだ。
「ぶはぁ。だって熱々の方が美味しいんですもん」
「わかるわかるぅ」
私の言葉に頷きつつ、向かいのコモラがばくばくとミートパイを吸い込んでいく。
「……コモラってもしかして火傷しないんですか?」
「そういえばあまりしたことないねぇ」
「コモラは子どものころから熱いものでも平気で食べてたからね」
「えー! いいなぁ。火傷しない舌なんて羨ましいです!」
「……羨ましいか?」
「羨ましいに決まってるじゃないですかお父様! 熱々を制するものは世界の食を制するんです!」
「意味がわからん」
その他の料理を食べながら、私はコモラに聞きたいことがあったのを思い出して口を開く。
「コモラ、私、栄養食を作りたいなと思ってるんですけど」
「栄養食?」
「そうです。妊婦さんの体にいいメニューがないか考えてたんですけど、まずは今食べれるものから栄養価の高いものを作ったらいいんじゃないかと思ったんです」
私はコモラにヴァレーリアが今、酸っぱいものと乳製品を好んでいるという話を伝えた。
「確かにいろんな料理を出してその中から食べられるものを選ぶより、食べたいもので栄養の取れる料理を作ったほうが効率的だねぇ。酸っぱいものと乳製品かぁ」
コモラは肉まんを頬張りながらふーむと考えている。
「チーズを使った料理を増やそうかな? チーズは完全食って言われるほど栄養価が高いし」
「チーズはいいですね。いろんな調理法がありますし」
「そうだねぇ。じゃあここで材料を買って帰って作ってみようかな」
「ねぇコモラ! 私も一緒に作っていい?」
「ディアナちゃんも一緒に?」
コモラがそう言ってクィルガーを見る。貴族の館では厨房に貴族が入ることは滅多にない。使用人がいる場所と貴族がいる場所ははっきりと分かれているのだ。
クィルガーは眉を寄せながら私を見る。
「……なにかアイデアがあるのか?」
「はい。ちょっと思い出したことがあって……試しに作ってみたいんです」
私は前世の記憶の中のものを作りたいと匂わせる。
「……俺から料理長に話しておくが、あまり無茶なことは言うなよ」
「やった! ありがとうございます!」
それから私たちは市場を回ってさまざまな食材を買った。抱え切れないほどの荷物になるんじゃと心配したけれど、「アリム家のクィルガー様のお屋敷に届けてください」とコモラが配達を頼んでいた。貴族の館へはこうして食材が運ばれるらしい。
それから買い物が終わって家路につく。平民は商業区域から貴族区域に入るときに「許可証」の提示が義務付けられている。乗合馬車が貴族区域の入り口の門の手前で止まり、係の人にその「許可証」を見せるのだ。反対に貴族区域から商業区域に出る時は特に提示の義務はない。
ちなみに私とクィルガーはイシュラルとカリムクの許可証を借りていた。
「あれ? そういえば初めて王都に来た時はこういうチェックは受けなかったですよね?」
商業区域から貴族区域に入る時にチェックを受けた記憶がない。
「あの時はクィルガーさんがいたからね。貴族とその連れは許可証がなくても入れるんだ」
「でも門番の人に一度止められたりはしますよね?」
「そりゃ顔パスってやつだよディアナちゃん」
「へ?」
「門にいるのは王国騎士団の人たちだ。王宮騎士団のクィルガーさんのことを知らない人なんていないでしょ」
「あ、なるほど」
ちなみに今平民の許可証のチェックをしてるのは平民の兵士なので、逆にクィルガーの正体はバレていないらしい。
別に私とクィルガーだけ貴族用の乗合馬車に乗って帰ればよかったのだが、せっかく平民の格好をしているので、最後までお忍び気分で帰ろうということになったのだ。
楽しかったなぁ、お忍び散策。
「お父様、また連れてきてくださいね」
「……行く用事があればな」
しょっちゅう旅をしていたクィルガーにとっても今日の散策は楽しかったようだ。ただ私の身の安全を考えるとそんなに気軽には行けないらしい。
行く用事……作れたらいいのにな。
その日は家に帰ってヴァレーリアに街の話をたくさんした。彼女は特に武器屋の話が気になったようだ。「この子産んだらすぐに行く」と目を輝かせていた。
その翌日、私の姿は館の厨房にあった。今日はコモラと栄養食作りをするのだ。
厨房に貴族がいると他の料理人たちがやりにくいので、料理人の仕事が終わった夕食後に私とコモラだけ厨房にやってきた。助手としてイシュラルもいる。
「本当に大丈夫ですか? ディアナ様」
私の袖を捲りながらイシュラルが心配そうな声を出す。
「大丈夫だよ。子どもじゃないんだし」
「ンフフ、ディアナちゃんはどう見ても子どもだけどね」
「コモラ! 言葉遣いに気をつけてください」
「あ、そうでした。失礼しましたお嬢様」
イシュラルに怒られてコモラが言葉遣いを改める。一緒に街に行ったばかりなのでついつい戻ってしまうらしい。
「いいよ、イシュラル。ここには三人しかいないんだし」
「いけませんディアナ様。扉の方には護衛もいますし、こういうのはきちんとしておかなくては、アリム家の使用人としての沽券に関わりますから」
おおう、意外と厳しいイシュラル。若いのにしっかりしてる。
「そういえばコモラだけ呼んじゃったけど料理長は気にしてなかった?」
ここへきてまだ二年目のコモラだけ指名するのは大丈夫だったんだろうか。料理人の上下関係はよくわからないから心配だ。
「大丈夫です。最近はおかずを一品任されるようになりましたし、奥様の好みは僕の方がよく知っているので味の相談をされたりもするんです。今回も奥様のためのメニューだということで僕が一任されました」
「そうなんだ。良かった」
「ではお嬢様、今日作る栄養食のアイデアをお聞かせください」
「私が作りたいのはモチモチチーズと、濃厚レアチーズケーキだよ」
「モチモチチーズ?」
モチモチチーズとはいわゆるモッツァレラチーズのことだ。恵麻時代に好きでよく食べていたのだが、こっちの世界ではまだ見たことがない。そんなに酸味はないけれど、いろんな料理に合わせられるし、レモンなどを追加すればヴァレーリアの好みの味になるのではと思ったのだ。
それから焼きチーズケーキはあるけれど、レアチーズケーキもこっちにはないので提案してみた。レアチーズにもレモンを入れるので酸味の調整ができると思って。
ただ冷蔵庫がなくて氷室しかないから温度管理が大変だけどね。
「基本的には日持ちしないものだけど」
私はそう前置きをして作り方をコモラに説明していく。モッツァレラチーズは好きすぎて昔自分で作ったことがあるのだ。本格的な作り方ではなくて酢を使った自家製の作り方だ。
「ふんふん、ミルクを温めて、そこに酢を加えて混ぜるんですね」
鍋にミルクを入れてゆっくりと温める。温度計を挿して六十三度くらいになったら火を止めて酢を加える。ゆっくりと混ぜるとミルクが固形分と水分に分かれていって、段々と固形分の方がお餅みたいにまとまってくる。これがチーズだ。
「ここまできたら一度ザルにあげて、チーズと水分を分ける。そうそう、それからチーズの方を違う鍋に入れて熱湯を注いで。で、ここからこのチーズをこねるんだけど……木べらとかあるかな?」
「ありますけど、これをこねるんだったら手の方が早くないですか?」
「それは手の方がいいけど、コモラできるの?」
「やってみましょう」
コモラはそういうと、熱湯の中に浸かっているチーズを持ち上げてこねだした。
「大丈夫? 熱くない?」
「大丈夫ですよぉ」
コモラは笑いながこねている。
すごい。コモラの手の皮ってどうなってるんだろう。
「どれくらいこねるんです?」
「チーズが滑らかすべすべになって弾力が出てきたら大丈夫だよ」
しばらくするとコモラが「弾力出てきましたぁ」と言ったので用意していた氷水に漬けてもらう。
「これでチーズが冷えたら塩水にしばらく漬けて、塩味がついたら出来上がり!」
「へぇ……こんなチーズの作り方は初めて知りました。よく知ってましたねお嬢様」
「え、ああ……その、この前突然思い出したんだよ。ふふふ」
私は笑って誤魔化しながら、チーズを冷やしている間にレアチーズケーキの方に取り掛かる。
最初にクリームチーズと生クリームとヨーグルトを混ぜて置いておく。もう一方のボウルに卵黄と砂糖を入れてとろりとするまで混ぜて沸騰させたミルクを少しずつ加える。一度こしてから火にかけ、プツプツといってきたら火からおろし、ゼラチンを加える。それからレモン汁を多めに絞る。
初めのクリームチーズのボウルにそれを少しずつ加えてよく混ぜ、砕いたクラッカーを敷き詰めた型に流し込んで氷室で冷やして出来上がりだ。
「お母様は酸っぱいのがいいって言ってたから、レモン汁は多めでいいよ」
「なるほどぉ……ゼラチンをここに入れたら乳製品もゼリーのように固められるんですね。これはすごい」
ここには果汁を使ったゼリーはあるが、それ以外は見たことがないのでコモラが驚いている。
そしてレアチーズケーキを冷やしている間にさっきのモッツァレラチーズができたので、早速味見してみた。パクリと一口食べたコモラが目を見開く。
「……! これは……!」
「んんん! これこれ。噛めば噛むほどミルクの旨味が出てくる。美味しい!」
「こんな旨味を味わうのは初めてです……! なんて美味しいんだ!」
「本当ですね、こんなチーズは食べたことがないです」
一緒に試食していたイシュラルも口に手を当てて感動している。
「コモラのこねる手際が良かったんだね。すごい弾力があって舌触りもいいよ。初めてでこんなに美味しくできるなんて」
「これはそのまま食べても十分美味しいですね」
「切ってサラダにしてもいいし、熱々の料理に入れても美味しいよ」
「麺料理に入れてもいけそうですね。味が淡白なのでいろんな料理に使えそうです」
コモラは目を輝かせてメニューを考え出している。
「このモチモチチーズを使った料理はコモラに任せるよ。コモラだったら絶対美味しいものにしてくれると思うし」
「ありがとうございますお嬢様! このモチモチチーズを使って最高に美味しいものを作ります!」
そして数日後の夕食、コモラが作ったチーズ料理とレアチーズケーキがテーブルに並んだ。
「今日は見たことのない料理が多いのね」
「ディアナ、これ……」
クィルガーが私を見てなにか言いたそうにしている。そこに、珍しくコモラがやってきた。
「本日の料理は僕とお嬢様が考案したチーズ料理です」
「え? ディアナとコモラが?」
コモラの言葉に、ヴァレーリアが私とコモラを交互に見て目をパチパチとさせている。
「はい。お嬢様が考案したチーズを使って、僕がメニューを考えました。こちらは、モチモチチーズとトマトのサラダ、こちらはモチモチチーズのスープ、こちらはモチモチチーズのソースを使って焼いたシャリクです」
「モ、モチモチチーズ?」
「わぁ! シャリクにも使ったんだね! 美味しそう!」
聞いたことがないチーズに驚いてるヴァレーリアに「どうぞ召し上がってください」とコモラが笑顔で勧める。ヴァレーリアは戸惑いながらサラダのお皿に手をつけた。
私はすぐにシャリクに手を出したい気持ちを抑えてヴァレーリアの様子を見守る。
「……! ん……なにこのチーズ、あっさりしてるのに噛めば噛むほど味が出てくる……。それにこのドレッシングも爽やかな酸味でいいわね」
「レモンを使ったドレッシングにいたしました。お好みで量を足すこともできます」
「ううん、今くらいが野菜の味もわかって美味しいわ」
私とクィルガーもヴァレーリアに続いてサラダを口に運ぶ。
「んんー本当だ、このドレッシング美味しいですね。モチモチチーズの旨味も引き出してます」
「確かにうまいなこのチーズ。これをディアナが作ったのか?」
「ちゃんと美味しいものになるか心配だったんですけど、上手くできて良かったです。でもさすがコモラ、さらに美味しくしちゃうなんて」
「他の料理もぜひ召し上がってください」
コモラの勧めで私は早速シャリクをお皿にとってナイフとフォークで食べる。
「あ! これヨーグルトソース?」
「さすがお嬢様。モチモチチーズとヨーグルトを混ぜたソースをお肉に絡めてみました」
爽やかなタルタルソースみたいでめちゃくちゃ美味しい!
「美味しいわね」
「お母様、気に入ってくれました?」
「ええ、今こういうのが食べたかったみたい。本当に美味しいわ」
いつもより明らかにヴァレーリアの食べるスピードが速い。それを見てコモラと私は目を合わせてふふっと笑う。
良かった。ヴァレーリアが喜んでくれて。
最後のデザートのレアチーズケーキもかなり気に入ってくれたようで「お昼のお菓子はこれがいいわ」とコモラに頼んでいた。
その様子を隣で見ていたクィルガーもホッとしている。ヴァレーリアがこんなにたくさん食べたのは本当に久しぶりだったのだ。
今後また好みが変わるかもしれないけれど、とにかく今のヴァレーリアが食べられるものが増えて良かった。
お腹の赤ちゃんも喜んでくれるといいな。
今回は飯テロ回でしたね。
チーズのメニューにしたのは完全に作者の好みです。
次は 王と予算の交渉、です。




