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【書籍化&コミカライズ連載中】娯楽革命〜歌と踊りが禁止の異世界で、彼女は舞台の上に立つ〜【完結済】  作者: 藤田 麓
夏休みIの章 王都散策

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王と予算の交渉


「ディアナ、これから内密部屋に来てくれ」

 

 短い春が終わり、本格的な夏の気配がやってきた六の月のある日、夕食時にクィルガーからそう言われて私は首を傾げた。

 

「なんのお話ですか?」

「演劇クラブの予算についてだ」

「え、あ、もう決まったんですか?」

 

 演劇クラブの予算についてはクィルガーから王様に話をしてくれる約束だったが、学院が始まる時期にならないと決まらないと思っていたので驚く。

 

「決まったというか、これから決めるというか……」

 

 クィルガーはそう言って自分の手首にかかっている通信の腕輪をトントンと指で叩いた。

 

 あ、もしかして今から王様と直接話し合うってこと⁉

 

「縫製機の値段が予算を軽く超えてたんだよ。それ以上は交渉次第だと仰っていた」

「ああー、マジですか……」

 

 でも考えてみたら当たり前か。

 

 アルタカシークのお金は前の世界の感覚で言うと、十ラシルは百円、百ラシルは一千円くらいだ。そもそも世界が違うので比べられるものではないかもしれないけれど、私の中ではそういうことにしている。

 それに当てはめると縫製機の十万ラシルは日本でいう百万円に当たる。クラブの予算で買えるものではないだろうなとは思っていたのだ。

 

「貴族の学院だから、もしかしたらいけるかなって思ったんですけどね」

「さすがに十万ラシルはな……」

 

 さて、どうやって交渉しようかな……。

 

 それから食事を終えて内密部屋に移動する。今回は王様と喋るのでクィルガーと私の二人だけだ。

 

「それにしてもこんな時間までアルスラン様はお仕事してるんですか?」

「いや、普段は夕食までと決めているが、今日みたいに通常公務が終わってからしか対応できない仕事はこの時間に入れることが多いんだ」

 

 王様の公務って一体どんなものなのだろうか。あの顔色からしてかなりの激務という感じはするけど。

 

「じゃあ繋げるぞ」

「はい」

 

 クィルガーが腕輪の魔石に手を触れる。変なとんがり石がピカピカと信号を送るように光る。

 

「そういえばそれってどういう仕組みになってるんですか? いきなり繋がるわけじゃないんですよね?」

「俺が持っているのは子機だからな。子機から親機に繋ぐ時はまずこうやって向こうに信号を送って、そのあと親機から繋ぎ直すんだ」

「親機からしか通話ができないってことですか?」

「そうだ。子機同士はそのまま会話できるがな」

 

 ちなみにクィルガーは王様と繋ぐ用とソヤリと繋ぐ用の二つの通信の腕輪を持っている。王様が公務中は邪魔にならないように、なるべくソヤリに繋ぐようにしているらしい。

 クィルガーが信号を送ったあと、しばらくしてとんがり石がピカーっと光った。クィルガーが赤いミニ魔石に触れて応答する。

 

「クィルガーです」

『私だ。クラブ予算の話だったな……ディアナはいるのか?』

「はい。お久しぶりです、アルスラン様」

 

 腕輪からは相変わらず不健康そうな声が聞こえた。

 

『十万ラシルは出せぬということは聞いたか?』

「はい。普通クラブにはいくらくらいの予算が出るのですか?」

『クラブ予算はそれぞれのクラブで違いがある。社交クラブに必要なのはお茶の葉や菓子代くらいのものなので一番安く、魔石装具クラブやシムディアクラブはその年の破損品の数によって必要経費が変わるのでやや高めに設定してある。演劇クラブについてはその間の三万ラシルほどを予定していたが……それでは少なそうだな?』

「運営していくだけならそんなにかからないんですが、初期設備として欲しいものが高いものばかりなので……」

『具体的にはどのようなものを買う予定だ?』

「縫製機の他には……そうですね、衣装の布地や小道具、あと音出しも欲しいですし、照明や演出に使える魔石装具も欲しいです」

『……魔石装具に関しては、魔石装具クラブの者と共同で開発するなら購入費は不要であったり、安く抑えることができる』

「あ、そうなんですね。ではそれは魔石装具クラブに相談してみます」

『そもそも衣装を作ることはそれほど重要なのか? 縫製機に十万ラシルを出す価値があるのか?』

「はい。演劇において衣装はかなり重要な演出の一部です。衣装は物語の中に入り込むことができる優れたアイテムなんです。確かにいきなり十万ラシルが必要になるとは思いませんでしたが、今後演劇クラブを育てていく上で必要なものです」

「縫製機が量産されて値段が下がるまで待つことはできないのか?」

 

 クィルガーが腕を組んで首を傾げる。

 

「今演劇クラブにたくさん衣装係のメンバーがいればいいですけど、メンバーで服が作れるのは現在一人です。一人で十着ほどの衣装を作るには縫製機は必須なんですよ。それに来年挑戦しようと思ってる演目には豪華な服が不可欠なんです。その服を普通に買おうとするだけで二万ラシル近くいってしまいます」

『結果的に特注の服を買うよりも安く作れるということか』

「そうなんです、アルスラン様。しかも豪華な服は最低でも二着必要ですし、今後の活動を考えると縫製機を買った方が安く抑えられると思います」

『ふむ……なるほど』


 王様が少し納得した空気を出したので、私は考えていた案を口にする。

 

「お金がかかるのは初期の方だけなので、私の残りの在学分の予算を足してその中から十万ラシル出すということはできませんか?」

『仮に三万であるなら残り五年分で十五万ラシル。その中から縫製機を買うということか? しかしその残り五万ラシルで五年間やっていけるのか?』

「それは……なかなか厳しいですけど、魔石装具クラブと新しいものを作ってそれを売るとか、私が個人的に稼いだお金から補填するとかして……」

『相変わらず其方は見込みが甘いな』

「う……」

 

 確かにお金を稼ぐ計画は甘いと思う。どれも確実ではないものばかりだ。

 

『まあよい。確かに三万ラシルは最低ラインだからな。それだけ費用がかかるとはっきりしているならば、演劇クラブの予算は年に五万ということにしよう』

「本当ですか⁉」

『其方の提案通りにすれば五年間で二十五万、そこから縫製機を買って残り十五万。つまり一年間使える予算は三万ラシルということになる』

「ありがとう存じます! それならなんとかやっていけそうです!」

『では決まりだな』

 

 やった! よかった。これで縫製機ゲットだよ!

 

『クラブ予算についてはそれで終わりだ。あとは来年度のクラブ紹介の話か』

「クラブ紹介ですか?」

『新入生に向けてのオリエンテーションでクラブ紹介があったであろう? 来年は演劇クラブもそこに加わる』

「あ! そうですね」

 

 新入生に向けてのクラブ紹介か。去年はそこで初めてイバン様を見たんだよね。もうすでに懐かしい。

 

『演劇クラブをどのように紹介するのか考えておくように。一つ注意しなければならないのは、そのオリエンテーションの場が其方の姿を初めて新入生に見せる機会になるということだ』

「あ……」

 

 そっか。噂では聞いているだろうけど、新入生が新しいエルフの私を実際に見るのがその時なのか。

 

「会場を静めるところから大変そうですね……」

『そこはどうにでもなる。問題はエルフという存在が出てきてざわつく会場に、イバンとレンファイも出すのかということだ』

「どういうことですか?」

『イバンはシムディアクラブ長でレンファイは社交クラブ長になる。他のクラブ紹介の時に代表として出てきた二人が、演劇クラブの紹介の時にも出てきたら騒ぎが大きくなる恐れがある』

「ああ……確かに」

『注目されるという意味ではいいのかも知れぬ。しかし二人が元々所属しているクラブからは悪印象になるだろう。それが余計な対立を生む種になる』

「そうですね……私一人でもかなり注目されるでしょうし、演劇クラブの時はイバン様とレンファイ様は出さないことにします」

『ふむ。それが賢明だな』

 

 エルフとして表に出ることでどんな反応が返ってくるかは、やってみないとわからない。それを考えた上でこうして他の注意点を言ってくれるのはありがたい。

 

「ありがとう存じます、アルスラン様。私そういうところにまだ考えが及ばなくて……」

『エルフを公表すると決めたのは私だ。それによって生まれる問題を考えるのは当然のことだ』

 

 アルスラン様って本当に真面目だ……。淡々としているけど、ちゃんとこちらのことも考えてくれてる。

 

「クラブ紹介の企画ができたら、一度アルスラン様に確認していただいた方がいいですか?」

『書類で提出できるならそれでよい』

 

 書類かぁ……と考えたところでとあることを思い出した。

 

「あ、アルスラン様、一つお願いがあるのですが」

『なんだ?』

 

 私が何を言うのかと、目の前のクィルガーが眉を寄せる。

 

「演劇クラブでは脚本をメンバー分作ったり、クラブの宣伝をするために印刷機が必要なのですが……学院内の印刷機を使わせてもらうことはできませんか?」

『印刷機を?』

「はい、今は教師や職員の方たちしか使えないんですよね?」

『そうだな、生徒が使うことは想定していない。……ふむ、どのようなものを印刷するのか事前に職員がチェックするということであれば許可するが……其方の『情報』次第だな』

 

 きた。交渉条件の「情報の提供」だ。

 

「どのような『情報』をお望みですか?」


 娯楽の話ならなんでもできるよ! むしろしたいよ。

 

『……其方の生まれた国の政治についてだな』

「ええー……それですか?」

「ディアナ」

 

 つい本音がポロリと出てしまってクィルガーに思いっきり睨まれた。怖い。

 

「コホン、政治はそこまで詳しくないですが、答えられるものであれば……」

『其方の国は国民が選挙というもので国の代表を決めると言っていたな』

「はい、そうです」

『選挙というのはどのようにするのだ?』

「まず国政を動かす政治家になりたいという人が選挙に立候補します。立候補した人たちは自分が政治家になってやりたいことをアピールして周りに知ってもらいます。で、選挙日がきたら国民たちは自分が支持する人の名前を紙に書いて投票するんです」

『ということは立候補者は複数いるのか?』

「そうですね、複数人います」

『政治家というのは国の中で一人だけ選ばれるのか?』

「いえ、各地域から一人選ばれて、その人たちが首都に集まるので全部で何百人もいますよ」

『何百人だと? それで意見がまとまるのか?』

「どうなんでしょう? 私はあまり政治に詳しくないので説明できませんが、大体のことが多数決で決まってた気がします」

『多数決で決めて、誰が責任を取るのだ?』

「……ええと、多分ですけど国民の支持を得られなくなった政治家は次の選挙で当選しなくなるので、それでいなくなるんじゃないですかね?」

『……其方……』

 

 私のあまりにもふんわりした答えに、王様の声が明らかに呆れたものになる。

 

「わ、私は選挙できる年齢になってすぐに死んじゃったんですよ! ですから政治のことは詳しくないんです!」

『はぁ……優れた教育制度のある国だと思ったが、そうでもないのだな』

「そこは人によって得手不得手があるんですよ。頭のいい人はたくさんいましたよ。私はその、ちょっと歴史とか社会とかが苦手だったので……」

『では逆になにが得意だったのだ?』

「それはもちろん音楽です! あとは外国語も好きでしたね。留学するために小さなころから勉強してましたし」

『其方のいた国と別の国では言葉が違うのか?』

「違いますよ? あ、そっか、こちらでは言葉は同じですよね」

 

 いろんな国の生徒と喋っても言葉が違うということはなかった。言葉が同じっていいなぁ。

 

「他の言語を覚えるのが嫌いではなかったので、こっちにきてもなんとか対応できたんだと思います」


 それを聞いていたクィルガーが片眉を上げて言った。

 

「ああ、そういえば学院の入試の勉強をしていた時も、文字の覚えは早かったって言ってたな」

「言葉は喋れましたからね、単語がわかっていたら文字を覚えるのは比較的簡単でしたよ」

『そういえば其方はこちらの古語も読めるのであったな』

「古語ですか?」

『服に刺繍してあった自分の名前がわかったのであろう?』

「あ! 本当だ。そういえば読めるんでした」

『……はぁ、其方と話していると気が抜けるな』

 

 すみませんね、抜けた人間で。

 

 でもなんとなく、王様の声がさっきより柔らかくなっている気がする。

 

 王様はきっと、真面目に生きすぎなんだよ。もっと肩の力抜く時間も必要だと思う。そんなこと、怖くて言えないけど。

 

「ええと、情報としてはふんわりとしすぎてたみたいなので、他にもなにかご質問があれば……」

『いや、よい。少々喋りすぎた。印刷機の使用に関してはオリムに話しておこう』

「ありがとう存じます」

 

 私がお礼を言うと、王様との通信は切れた。相変わらず去り際が早い。ふぅ、と息を吐いていると、クィルガーが同時にはぁ、とため息を吐いた。

 

「なんですか?」

「いや……アルスラン様に対してこんなに馴れ馴れしくできるのは、おまえだけだなと思っただけだ」

「ええー、これでも結構気を使って喋ってるんですよ?」

「あれでか?」

「というか、普通の人が王様とどんなふうに喋るのか知らないので、比べようがありません」

「そうか、それが原因か……。というか、普通は王と個人的に話をすることなんてないからな」

「普通でもそうなんでしたら、私は尚更わかりませんよ。エルフだし、違う世界で暮らしてたし」

「確かに、おまえ自体が規格外だからいいか」

「いいことにしましょう」

 

 ソヤリが聞いてたら注意されそうだが、王様も特殊な状況で生きているし私も特殊な存在なので、これ以上はどうしようもないと思うことにした。

 

「……あ、それに」

「なんだ?」

「アルスラン様も私のことを全部知ってるじゃないですか。私に違う世界での記憶があることも。だからなんとなくお父様たちと接するのと同じように心が緩んでるのかもしれません」

 

 自分の正体を知ってる人というだけで、緊張感がなくなってるのかもしれない。すでに心の扉がバーンと開いてるというか。

 

「……頼むから変なことだけは言わないでくれ」

「言いませんよ。多分……」

 

 さすがに一国の王様に向かって失礼なことは言わないと思うけれど、この世界でいう変なことの定義がわからないので私はサッと目を逸らした。

 

 

 

 

ディアナと話して少し力が抜けた王様でした。

ちなみに序章でクィルガーが払ったコモラのお茶とクッキーの値段はぼったくり価格です。さすがサモル。


次は 王という器 レンファイ視点、です。

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