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【書籍化&コミカライズ決定】娯楽革命〜歌と踊りが禁止の異世界で、彼女は舞台の上に立つ〜【完結済】  作者: 九雨里(くうり)
一年生の章 武術劇

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ソヤリとの面会 三回目


 翌日、早速ソヤリから呼び出されて説教部屋へ向かった。

 

「ソヤリさん、早かったですね」

「あなたの身の安全は優先順位が高いものですからね」

 

 ソヤリに挨拶して椅子に座ろうとしたら、向かいのソヤリの腕から声が聞こえた。

 

『ディアナ! 無事か⁉』

「え? クィルガー?」

 

 私がびっくりすると、ソヤリは腕にはまった通信の魔石装具を見てため息をつく。

 

「直接来るのはダメだと言ったら、せめて声だけでも聞かせろとうるさいので」

「クィルガーもこの魔石装具を持ってたんですか」

「持ってますよ」

『おい! 俺の話聞いてるか?』

 

 その声を聞くだけでクィルガーがどんな顔をして喋ってるのか想像できてしまい、思わず笑ってしまう。

 

「大丈夫ですよ、クィルガー。大した怪我はしてません」

『……本当に大丈夫なんだな?』

「はい。クィルガーの声が聞けたので元気が出てきました」

『……そうか』

 

 心配と、安堵と、照れと、クィルガーの声からはわかりやすいくらいに感情が伝わってくる。

 

 こう言ったらなんだけど、王様とは正反対だよね。

 

 王様の声はあまり感情の揺れがない。低くて、冷静で、でも鋭い声。確かにエルフの耳でなければその声の揺れには気付けないかもしれない。

 ちなみにソヤリの声はずっとフラットだ。感情を乗せて話すときは大体嘘をついている時だというのがなんとなくわかってきた。相手に本心を悟られないようにわざとそうしてる感じがする。

 

 そりゃクィルガーのことを信頼するよね。こんなに素直に感情を出してくれるんだもん。

 

 私はソヤリとクィルガーにこれまでの嫌がらせの詳細を話す。

 

「なるほど。大体はガラーブから報告があった通りですね。対策としては少々大袈裟でも学院の騎士を付けた方がいいと私も思います」

『絶対付けるぞ。もう学院騎士団長には話してあるから、すぐに優秀な騎士が派遣されるはずだ。ディアナはその騎士の言うことをちゃんと聞いて身を守れ』

 

 クィルガーの行動が早すぎるよ……。

 

「……わかりました」

「ところで狙われるようになったきっかけについて心当たりはあるのですか?」

「私も考えたんですけど、劇のお披露目会しか思いつかなくて……」

『やっぱりそれか……ったく、だからあれほど目立つなって……』

「でもクィルガー、目立つだけで急に攻撃するものでしょうか? 今までは陰口を言われるくらいで済んでたのに」

「ディアナは、学院内での自分の立場がよく見えてないように思えますね」

 

 ソヤリの言葉に私は首を傾げる。

 

「学院内での自分の立場、ですか? 急に高位貴族の養子になったから嫌われている、っていうことだけじゃないんですか?」

「そういう単純な話ではありません。今の学院内にアルタカシークの王族はいません。となるとアルタカシークの学生の中で一番力があるのはアルタカシークの高位貴族ということになります。学院は原則平等ですが、それでも学生の中では自国の貴族の中で誰が一番偉く、力があるかという意識はあります」

「……確かに、貴族の身分差はありますね」

「アルタカシークの高位貴族の中で力の強い家はいくつかありますが、アリム家もそのうちの一つです」

 

 まぁそうだろうね。元王宮騎士団長の家だし。

 

「強い家同士は常に張り合ってきましたが、クィルガーが王の側近になったことや一級魔石使いの双子が王宮騎士団に入ったことなどからアリム家の力が強まりました。それに伴ってアリム家に反発する家も増えているのです」

「その反発している家の子どもが私に恨みを持つのですか?」

 

 なぜかクィルガーからでなくソヤリからアリム家のことを教えられながら、私は疑問を投げかける。

 

「……アリム家と敵対している家にとっては双子が卒業し、アリム家から目立った子どもが入学しないこれからが、学院の中で力を持てるチャンスだったのですよ。それなのに、急に長男の子どもとして貴女が現れた。しかも一級の子どもをわざわざ養子に迎えたのです。敵対する家にそれがどう映るのかわかりますか?」

「……アリム家の力を維持するために私を養子に入れて、他の貴族の子どもが学院内で力を持てないようにしようとしてる?」

「そういうことです。入学当初は貴女が没落した貴族出身である、という設定が広まって貴女と仲良くしようとする貴族もいませんでしたし、敵対していた子どももあまり気にしていなかったと思いますが」

 

 まぁ陰口は言われたけどね。

 

「ディアナの優秀さが目立ち始めると焦ったのではないですかね。このままだとこの学院で一番力を持つアルタカシークの貴族はディアナになるのではないか、と。そして劇のお披露目会で大国の王子と懇意にしていることもわかった」

 

 ……うわぁ。私そういう人たちを刺激するようなことばかりしてるね。

 

「というわけで、敵対している家の子どもが貴女を攻撃する動機はあります」

「……なるほど」

「というか、これくらいのことはクィルガーから説明されてるものだと思っていましたが?」

 

 ソヤリは腕輪クィルガーに向かって静かに尋ねる。

 

『……ディアナはここにきてすぐに学院に入ることになったんだ。ここの生活にも慣れてないうちに、貴族の家の事情を詳しく話すのは負担になるだろうと思ったんだよ』

 

 クィルガーがそう言いながら頭をぼりぼり掻いているのが声を聞いているだけでもわかった。

 

 クィルガーは優しいな……。

 

「クィルガー、心配してくれるのは嬉しいんですけど、そういうことは教えておいてください。私、知らないうちにアリム家の評判を落としたりするのは嫌ですよ?」

 

 知らないうちに嫌われているということより、そっちの方が嫌だ。お世話になっているおじい様やおばあ様に迷惑をかけたくない。

 

『……わかった。これからはちゃんと言う』

「私もちゃんと勉強しますね」

 

 私はさっきのソヤリの話を頭の中で整理する。

 

 アルタカシークの学生の中でそんな争いがあるなんて深く考えてなかったな……。

 

「……でも学院で一番の力を持つことがそんなに重要なことなんですか?」

 

 正直私には全然わからない感覚だ。一番力を持ったらなにができるんだろう?

 

 私の問いにソヤリがフッと口の端をあげる。

 

「エルフの貴女にはわからないでしょうが、貴族とは地位と名声を一番に欲する人種なのです。学院の評判は王都の評判になり、国中の評判に繋がる。そして国内での家の評判はそのまま学院の身分差に直結します」

「つまり学院で一番の力を持てば国でのその家の評判も上がる、ということですか?」

「そういうことです」

『その家の子どもが優秀だということは、将来その家がさらに力を持つってことだからな』

 

 クィルガーの補足になるほど、と手を打つ。ようやく仕組みがわかってきた。

 

「じゃあ学院で私が優秀な成績を収めることはアリム家のためになるんですね」

『……まぁ、そうだな。トグリとチャプは騎士としては優秀だが勉強はイマイチだったからな、アリム家の評価もそこまで上がったわけじゃない』

 

 アルタカシークの学生の中で一番の力を持ちたいとは思わないけど、アリム家の評価が上がるくらいはいい成績を取りたいな。でもそうやって目立ったら敵が増えるのか……ううん、難しいな……。

 

「じゃあ私を攻撃してきたのはアリム家と敵対してる家の学生ってことでいいんでしょうか」

「おそらくは。攻撃も貴女の評判を落とせるやり方を選んでやっているようですし」

「え、そうなんですか? 私が怪我をしたら評判が落ちるんですか?」

 

 よくわからないという顔でソヤリを見ると、彼はやれやれと肩をすくめる。

 

「ディアナ、貴族の女性が人前で怪我を負ったり、びしょ濡れになったりするのは恥ずかしいことなのですよ?」

「……あ、そういえばそうでしたね」

 

 私は泥に埋もれたティエラルダ王女やびしょ濡れになったストルティーナ王女の件を思い出す。

 

 そっか、あれって本当に貴族女性としてはアウトな案件なんだね。

 

 痛い! とか熱い! っていうことに気を取られて周りにどう見られているかなんて考えたことなかった。貴族社会ではとてつもなくみっともないことなんだね……。貴族って怖い!

 

「それにスカーフを引っ張られた件では、明らかに貴女の髪を周囲に見せて恥をかかせようという意図があるではありませんか」

「あ、そうですね……。私エルフの耳が出そうになったことで頭がいっぱいでした」

 

 公衆の面前で髪を晒すのは、普通の貴族女性なら赤面号泣ものだ。お嫁に行けない! て泣き喚くくらい恥ずかしいことなのだ。

 

「話を戻しますが、護衛をつけることで今後嫌がらせを防ぐことはできると思います」

「はい」

「ですが敵対している学生は貴女の評判を落とすことが目的ですから、攻撃はなくなっても油断しないように」

「はい」

「まぁ、これ以上酷いことはしてこないでしょう。貴女が一番目立つ催し物も終わりましたしね」

「はい……、て、あ! 忘れるところでした!」

 

 私はソヤリの言葉で一番大事なことを思い出し、荷物の中から紙の束を取り出した。それをソヤリの前にずずい、と差し出す。

 

「これ、演劇クラブの入会申請書です! お披露目会のあとに結構申し込みがあったんですよ!」

「ほぅ……何人集まったのですか?」

「二十四人です! 私たちを合わせたら二十八人になりました。ふっふっふん、これで演劇クラブは創立可能です!」

『マジか……』

 

 私が胸を張って報告すると、腕輪からクィルガーの呆れたような声が聞こえた。

 

「なるほど。確かに確認しました。アルスラン様に報告しておきましょう」

「はい!」

「あとは貴女の成績次第ですね」

「頑張ります!」

 

 ハァー……という長いため息が腕輪から聞こえたけど気にしない。

 入部希望者は集まったし、あとは騎士さんに護衛してもらいつつ勉強に励んだらいいか。と、私はそこまで考えて一つの疑問を口にする。

 

「ただの学生の小競り合いに学院の騎士が出てきたら、その犯人を余計に刺激しないですかね? どう見ても私が贔屓して守られてるような気がしますけど……」

「寮内での揉め事に敏感なガラーブが強引に付けた、ということにしておけばいいんですよ。これ以上変なことをしたら寮長が調査を始める、と明言しておけば犯人も引き下がるでしょう」

 

 なるほど。私への嫌がらせは外を移動している時か、寮の一階にいる時に起こるから同じ寮の学生の可能性が高い。だとしたらガラーブの性格も知っているはずだ。

 

『じゃあ、本当に気をつけるんだぞ、ディアナ』

「はい。今日は声が聞けて嬉しかったです、クィルガー」

『……次もこうやって参加する』

「勝手に決めないでください。私がいない時はそちらに貴方しかいないんですから却下です。こういうことは今日だけですよ」

『…………』

 

 ソヤリにピシャリと言われてクィルガーが黙ってしまった。

 

「なにかあればすぐに報告してください」

「はい。ありがとうございました、ソヤリさん」

 

 

 

 後日、ガラーブから一人の女性騎士を紹介された。物静かで意志の強そうな赤い目に藍色の髪をした若い女性だった。学院騎士団の証であるロイヤルブルーのマントが背中で揺れている。

 

「学院騎士団のアラディナです。今日から私がディアナの護衛につきます」

「ディアナです。よろしくお願いします」

「アラディナは学院騎士団では中堅の騎士で経験も豊富だ。攻撃に対する反応も素早いしな」

「恐れ入りますガラーブ様」

 

 落ち着いた雰囲気のアラディナは仕事のできる女性という感じだ。

 

「これからはディアナの部屋の前から教室の前までアラディナの護衛がつく」

「部屋の前までですか?」

「そうだ」


 なんかやりすぎな気がするけど……。

 

「すみませんそんな所まで……」

「それが私の仕事だから気にしないでいい」

 

 アラディナはそう言って真面目な顔で頷いた。

 

 それからは周囲の学生にめちゃくちゃ注目されながらアラディナと行動を共にする。男性の騎士に比べたら圧迫感はないが、やはり騎士特有の存在感があるので少し気後れする。

 

 クィルガーの家で平民の護衛が付くことには慣れたけど、騎士の護衛はさすがに緊張するね。

 

 だがアラディナが護衛についてからは変な嫌がらせはピタリと止んだ。いつお湯をかけられるかビクビクしながら暮らすよりは全然いい。

 

 アラディナは普段から必要最低限しか話をしないので、どういう人なのかいまだによくわからないけれど、とても真面目に仕事をしてくれているのはわかる。

 最初はビビっていたファリシュタも嫌がらせが止まったことの方が嬉しかったらしく、今ではアラディナのことをあまり気にせず私といつも通り過ごしている。

 

 このまま、何事もなく過ぎればいいな……。

 


 

 

学院での自分の立場を理解したディアナ。

貴族の世界はいろんな思惑が動いています。


次はシムディア大会 前編、です。

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