シムディア大会 前編
アラディナの護衛がついて数週間が経ち、二の月の半ばになった。学院内はもうすぐシムディア大会が行われるということで少し浮き足立っている。派手なお祭りが始まる前、という感じなのだ。
私はその雰囲気とは反対に、アラディナのおかげで止まった嫌がらせにホッとしつつ、なるべく目立つ行動はしないように大人しく勉強に励んでいた。
今日も練習室でファリシュタとハンカルと今日の授業の復習をしている。勉強の間アラディナは出入り口の扉の横に微動だにせず立っていた。
部屋の中だから暖かいけど、ずっと一日中立ちっぱなしってしんどくないんだろうか……。
騎士なのだからそれくらいできて当たり前なのかもしれないけれど、自分には絶対できそうにない。体力がもたないというより、同じ場所でじっとしていられないと思うから。
「そういえばディアナとファリシュタはシムディア大会は観に行かないのか?」
「うーん……どうしようかなぁ。お祭りっぽい雰囲気は好きなんだけど、今は周りに気をつけなきゃいけない時だし、シムディアって結構激しい競技なんでしょ?」
「まぁそうだな。でもちゃんとルールはあるし、各チームの応援団とかがあって盛り上がるらしいぞ?」
「あの大講堂で盛り上がる行事って聞くと気にはなるんだけどねぇ」
恵麻時代にはスポーツもよく観に行ったのだ。私はスポーツもエンタメの一つとして捉えてるので大規模な対戦ものは興味がある。でもシムディアはスポーツというより戦闘競技っぽいのでちょっと二の足を踏んでいるのだ。
横にいるファリシュタは困った顔をして首を振る。
「わ、私はいいかな……。人が怪我を負うところとか見ていられないし……」
「そこなんだよねぇ……」
と話していると、扉からラクスが入ってきた。
「いやぁこっちに来る途中にケヴィンに会ってさ、久しぶりだったから話し込んじゃったぜ」
「そうなんだ。ケヴィン先輩元気だった?」
「ああ、もうすぐ大会があるからめちゃくちゃ気合入ってた。あ、そうだケヴィンからみんなに伝言があるんだ」
「伝言?」
「イバン様がシムディア大会にぜひ俺たちを招待したいって言ってるって」
なんと、王子直々に招待が来るとは。
「一緒に劇をした俺たちのために席もいいところを用意してくれるってケヴィンが言ってたんだけど、どうする?」
ラクスの話を聞いて私たちは顔を見合わせる。
「イバン様の招待だったら断らない方がいいよね?」
「まぁ、女性には得意じゃない人もいるだろうから、俺とラクスが招待されて行く形にしてもいいと思うぞ」
「う……でもいい席っていうのが気になる……」
「シムディア大会の特等席は中央の前の方にあるからな。試合の全体が見れるし、席も広くて過ごしやすいらしいぞ」
私の呟きにラクスが嬉々として説明してくれる。
「ラクス……シムディアって観てて怖くない? 私でも観れそう?」
「ディアナがどれくらいのものが怖いのかわかんないからはっきり言えないよ」
「……例えばそこら中で出血するとか……」
「全員鎧を着てるし攻撃を受ける時は守りの魔石術を使うから、みんなが血だらけになることはないよ、多分」
そっか、魔石術も当然使うんだよね。
「うーん、どうしよう……やっぱり行こうかなぁ」
「無理しなくていいんだぞ? ディアナ」
ハンカルが心配そうに言ってくる。
「いや、シムディアを実際に観ることで演劇の題材のヒントになるかもしれないし、これもなにかの経験になるかなぁって思って」
「本当にディアナは演劇のことしか考えてないな」
「それは今さらだよハンカル」
「……そうだな」
アラディナにも意見を求めたところ、特等席なら警護もしやすいし観るだけなら構わない、という答えをもらったので私は行くことに決めた。ファリシュタは無理をせずに不参加だ。
ラクスは「じゃあケヴィンに伝えてくる!」と言ってまた教室を出ていった。
そしてシムディア大会当日、私はアラディナに守られながら、ラクスとハンカルとともに大講堂に向かった。
「うわぁ! すごい人!」
大講堂の観覧席は学生でいっぱいだった。みんな興奮した面持ちでそれぞれ食べ物や飲み物を持って席に座っている。
本当にサッカー観戦しに来たみたい。
楕円形になっているスタジアム型の観覧席の両端、サッカーでいうサイドスタンド側でチームの応援団らしき人たちがチームの旗や音出しで自陣を盛り上げているのが見える。
私たちが案内されたのは観覧席の中央、メインスタンドの前の方だ。周りの席より広めでフカフカのヤパンと背もたれのクッションが置かれていた。自分で取りに行かなくてもすでに席に食べ物と飲み物が用意されている。
ハンカルとラクスに挟まれるようにして座った私の後ろに、アラディナがスッと立って会場内をチェックしている。私たちの席の後ろは通路になっているのでアラディナが立っていても邪魔にはならないだろう。
よく見ると、会場のあちこちに学院騎士団の騎士が立っているのに気付いた。
「アラディナさん、あの騎士の人たちは?」
「シムディア大会は実際の武器を使って行われるから、万が一に備えて騎士が配置されているんだ」
「万が一……?」
「たまに武器が飛んでくることがあるからな」
なにそれ! 怖い!
「私がここにいる限りディアナは大丈夫だ。それに騎士たちが前の方を守ってるから、ここへくる前に彼らが止めるさ」
そっか……よかった。
その言葉に私はホッと息を吐いた。
「ディアナ、あそこ、レンファイ様も来てるぞ」
ハンカルに言われて後ろを振り返ると、私たちの席より後ろの方にレンファイ様とお付きの人たちが座っているのが見えた。
「レンファイ様も観るんだね」
「大国の後継者だからな、やはり女性であってもこういう行事はしっかり観ておかなくてはいけない立場なんだろう。まぁうちのグルチェみたいに楽しんで観てる王女もいるけどな」
そう言ってハンカルが指差す先にグルチェ王女がいた。彼女は飲み物片手に周りにいる人たちと楽しそうに談笑している。
ストルティーナ王女やティエラルダ王女の姿は見えなかった。
まぁ、あの人たちはこういう荒い行事には来ないよね……。
しばらくして、シムディア大会の開会の合図があり、フィールド上に対戦するチームの選手たちが入場してくる。会場は歓声と拍手に包まれてすごい熱気だ。
「最初の対戦は同じような強さの二チームだな。どっちもバランス型で攻撃も正攻法だから結構時間がかかるかもしれない」
ラクスの説明を聞きながら選手たちを観察する。シムディアはバンダナの色でチームを分けているらしい。緑のバンダナをしたチームとオレンジのバンダナをしたチームの選手がフィールドに描かれた中央のラインに沿って並び、お互い向かい合わせになる。
向かい合った選手同士は目の前にいる相手チームの顔を静かに見据えていた。
「一チームに何人くらいいるの?」
「今回は二十一人かな。その中で攻撃と守備を振り分けるんだ。んでチームの中から一人代表者である『ヴァキル』を決める」
「『ヴァキル』?」
「勝敗を決める役目を負った人だよ。ヴァキルがやられて剣を突き付けられたらそのチームの負けってこと」
「なるほど」
「ヴァキルは確か動いてもいいんだよな?」
ハンカルの質問にラクスが頷く。
「ああ、いいぜ。この大会ではヴァキルは陣地を守らないといけないっていうルールはないから、攻撃型のチームなんかはヴァキルが前へ突っ込んで攻撃に参加することもあるんだ」
「標的が動くんだったら、作戦立てるのも難しいね」
「そ。相手がどんな作戦で来るかわからないし、状況もどんどん変わるから強いチームがずっと勝てるってことでもないんだ。そこがシムディアの面白いところかな」
「なるほど」
フィールドでは各ヴァキルが前へ出て試合に対する宣誓をし、お互いの剣を軽くカンッと合わせた。それを合図に選手たちが陣地の端に向かって走り出す。
「始まったの?」
「まだだよ。今から陣地で声出しをして各ポジションにつくんだ。それから試合開始の合図が出るよ」
見ていると、フィールドの左右に分かれた各チームの選手たちがヴァキルの前に整列している。そしてヴァキルの声を復唱しだした。クラブ紹介の時にイバン王子がやったあのパフォーマンスだ。
「我らの勝利は」
「「我らの勝利は」」
「我らの中に」
「「我らの中に」」
「己を信じ、恐怖に打ち勝て」
「「己を信じ、恐怖に打ち勝て」」
「「力をこの手に!」」
「勝利を‼」
「「おお‼」」
選手たちは最後の言葉を叫ぶと同時に持っている武器や足でガンッ! と床を鳴らした。
そしてザッと周りに散らばる。
「どっちもヴァキルを一番後ろにしてその前に均等に並んでるね」
「前方に並んでる選手が攻撃を、その後ろに並んでる選手が守備をするんだ。どっちも同じ戦法だからわかりやすいな」
ぱっと見は将棋やチェスのような布陣だ。
選手が位置につくのを確認して、フィールドの中央に顧問のアサン先生が出てきた。どうやら先生が開始の合図と審判をするらしい。
「お互い正々堂々とした戦いを。では、始める。『キジル』」
アサン先生がそう言って上に手をかざした。「衝撃を」と言うと、先生の手の先から飛び出した赤い光が大講堂の天井からぶら下がっていた丸いものに当たる。
ジャァァァァァン‼
その瞬間ものすごい大きな音でその丸いものが鳴った。
わぁ! なにあれ! もしかして銅鑼⁉
「ラクス! あれなに⁉ あれも音出しなの⁉」
「そうだけど、ディアナ、試合始まったから!」
ラクスはこちらも見ずに質問に答える。あの銅鑼みたいなものが気になるが、私もフィールドに視線を向けた。
両チームも攻撃選手たちが武器を構え、守備選手が盾を持って緑の魔石の名を呼ぶ。
「第一陣、行け!」
というヴァキルの合図とともに守備選手が攻撃選手に「強化を!」と魔石術をかける。攻撃選手たちの数人がその強化を腕に受けながら敵陣に走り出した。
「うおおおおおお!」
両チームの剣を持った選手たちがぶつかり合う。
ガツッ! という金属がぶつかる音やキィィン! と弾く音が響く。緑チームの方が力比べに負けて後ろに倒れ込む選手が多いように見えた。
「第二陣!」
そこにオレンジチームのヴァキルに命じられて槍を持った攻撃選手たちが突っ込んでいく。その選手たちにも強化の魔石術がかけられる。
さっき第一陣で緑チームが多く倒れた場所からさらに奥へとその選手たちが突っ込んでいき、その先に控える緑チームの守備選手に向かって槍を突き出した。
わぁ! 刺される!
私は思わず目を瞑った。だが聞こえてきたのはギィィン! という金属の鈍い音だった。私はそろりと目を開ける。
どうやら守備選手たちは自分の盾に強化をかけたらしい。突き出された槍を受け止め、そのまま押し返していた。
「今だ! 第二陣! 行け!」
オレンジチームの攻撃を防いだ緑チームのヴァキルがそう命じ、今度は緑チームの攻撃選手たちがオレンジチームの守備選手へ突っ込んでいく。
だがその攻撃もしっかりと防がれた。
「どっちの攻撃力も同じくらいってこと?」
「この二チームはどっちも守備の方が得意だからな。一点突破できる選手がいないから、結局消耗戦になるんだよ」
ラクスの言う通り、そこからはお互いに守備を崩そうと互いの陣地で戦い合っている。
「うわぁ、これどっち観たらいいかわかんないね」
「うん……。あ、なんか別働隊が出てきたぞ」
ラクスの指差す方を見ると、緑チームの陣地から三人ほどが抜け出してオレンジチームのサイドに回り込んでいる。
「『キジル』……衝撃を!」
その別働隊が横から守備選手たちを攻撃し出した。横からの奇襲に守備選手の何人かがやられて倒れる。
「あいつらヴァキルに辿り着いた!」
守備を抜けたその三人がオレンジチームのヴァキルに攻撃を仕掛ける。オレンジチームの選手がそれに気付いて助けに行こうとするが、わずかに間に合わず、数に押されたオレンジチームのヴァキルが倒され、その首に剣を突き付けられた。
「試合終了!」
アサン先生が拡声筒を持ってそう試合の終わりを告げ、もう一度上にある銅鑼を鳴らした。
緑チームの選手と応援団たちが「うおおおお!」「よっしゃー!」と声をあげる。
「ディアナ、ちゃんと最後まで観れたじゃないか」
「う、うん。なんとか観れたね……」
よく見ると何人か出血して倒れてる選手がいるが、私は意識的に見ないようにした。競技範囲のラインの外に待機していた選手たちがそんな怪我をした選手たちに駆け寄り、癒しの魔石術をかけている。
癒しを終えた選手たちが立ち上がり、全員中央のラインに再び並んだ。
「互いに敬礼!」
アサン先生の号令に全員が胸の前で手のひらをバチン! と合わせ、続けて右手を握り左の手のひらにバチン! と合わす。そしてその姿勢のままお辞儀をした。
うわぁ。合掌に、カンフーの挨拶みたいなやつに、お辞儀だ……!
「ラクス、これって騎士特有の敬礼なの?」
「そうだぞ」
「…………」
騎士の敬礼がなんとも親近感のある動きで驚いた。私たちがお披露目会の最後でした貴族の礼とは全然違う。
うん、やっぱり観に来てよかったかも。こういう新しいことが学べるもんね。
シムディアの試合は続けて第二試合が行われる。
次はイバン王子のチームの登場だ。
シムディアは実践の戦闘を
想定しているものなので
かなり激しい競技です。
次は シムディア大会 後編、です。




