一級魔石術学 後編
バイヌス先生は講堂の隅に積まれているアクハク石に向かって「『サリク』……石をこちらへ」と命じる。
すると石が八つふわっと浮いてこちらに飛んできた。
うわぁ、あんな大きな石を八つも……!
さすが一級の先生だ。八つの石は私たちの足元に並んで着地する。
「今日はこの石を使って今現在のおまえたちの魔石術の強さを測る。今までの授業と違って一級の魔石を使うので、力のコントロールはしやすくなっているはずだ」
そう言ってハンカルの前に先生が立つ。
「ハンカル、全力でこの石に強化の魔石術をかけろ」
「はい」
先生に言われたハンカルが緑の魔石に触れながらアクハク石に強化の魔石術をかける。ハンカルの音合わせもそこそこ速い。それを見た他の一年生たちが「え、速……」と戸惑った声をあげている。
「おまえたちは少し下がりなさい」
そう言われ、先生以外の生徒がアクハク石から距離を取った。
「『キジル』石に衝撃を」
先生が手をかざしそう命じると、赤い光が先生から石に向かってカッと放たれる。赤い光が緑に光る石にぶつかるが、ガタッと揺れただけで変化はない。
「ふむ、なるほど」
先生は魔石術を放ち続けながらそう言って眉に少しだけ力を入れた。すると先生から放たれていた赤い光の強さが増していく。
衝撃の強さを上げていってる?
そして、とあるところで突然アクハク石がバン! という音とともに割れた。「うわっ」と生徒たちが叫んで後ずさる。
「ハンカルの力は五十五といったところだな」
「五十五?」
「私の独自の指標だ。私の力加減から判断して一から百までの数字で強さを表している」
「つまり先生の力は最大で百ということですか?」
「そういうことだ。では一番低い数値も測るぞ」
そのあとハンカルが最小の力で割れた石の欠片に強化の魔石術をかけて同じように測ったところ、ハンカルの力は上が五十五、下が十ということだった。
こうやって自分の力を数値として把握し、上限や下限を伸ばしていったり、細かい調整ができるように訓練したりするらしい。
先生はそうやって次から次に生徒の数値を測り出した。ハンカルみたいに速く音合わせができない者も多く、その度に先生が舌打ちしている。
いや、先生が怖くてさらに音合わせが遅くなってる気がする……。
「終わった生徒たちは上級生の方へ行って、イバンに数値を伝えてグループに分けてもらえ」
そう言われ、ハンカルと数人が離れていく。
……私の順番、まだかな?
ハンカルの隣にいたのに何故か私は飛ばされてしまっている。なんで?
「ふむ。上が六十で下が五といったところか」
「そうなのですね、わかりました」
気がつくとマリアーラ王女が終わっていた。
清楚でか弱い感じだけど王族だからかハンカルより力が強いんだね。
そして残りの生徒も測り終えて、あとは私だけになった。最後の生徒が上級生の方へ走っていくのを確かめて、先生がバサッとマントを翻して私の石の前に立つ。
「なぜおまえが最後なのかわかるか?」
「え?」
そこで初めて自分がわざと最後に回されていたことに気付いた。
「あ、もしかして先生は私が……」
「当たり前だ。この授業でおまえが特級の魔石使いと知っていなければ、周りに被害が出る」
「ひ、被害……」
「王から聞いた時は久しぶりに優秀な者と会えると思ったのだが、ああ、このように緊張感のない学生とは……遺憾だ」
すみませんね、気の抜けた顔してて……。
「だがおまえのような者こそ己の力を正しく把握しておかなければならない。二級三級と一級の間にかなりの力の差があるように、一級と特級の間にはさらに大きな力の差があるからな」
「え……そうなんですか」
少数でも世界を火の海にできる一級よりさらに大きな力を私が持ってるってことだよね。うーん、全然ピンとこないな……。
「私の力も同じように測るんですか?」
「いや、おまえが百の力で強化をかければ私の力では砕けない。逆に私が百の力で石に強化をかけるので、おまえは衝撃の魔石術で石を砕きなさい。その時に低い力から順に強さをあげていくように」
「ええっ力の調整なんてやったことないですよ」
「一級の魔石ならできるはずだ。つべこべ言わずさっさとやるぞ。おまえだけに時間をかけていれば他の生徒に怪しまれるからな」
「やっぱり特級ってことはバレちゃダメなんですね」
「特級という存在が知られたら武力の抑止という生ぬるい話ではなくなる。今のこの世に魔女がいるようなものだからな」
突然出てきた魔女という言葉にビクッとする。先生は私が特級ということは知っていても、エルフだということは知らないはずだ。しかし魔女とエルフはセットで覚えられてることなのでちょっとビビる。
先生は少し体の位置を変えて石に向かって手をかざす。
「ではいくぞ。『ヤシル』石に強化を」
先生から大量の緑の光が出てきて石を包み込む。これまで見たどの学生の光よりも強い光だ。私は石から少し離れてブレスレットの赤い魔石に触れる。
「『キジル』」
赤の魔石の名を呼ぶとミの音が聞こえてきたので、いつものように音合わせをする。シャンっと音が鳴って赤の魔石が光った。
「……! あれ⁉」
いつもと違う感覚に襲われて驚く。脳裏に赤い液体のようなものがゆらゆら揺らめいている絵が浮かぶのだ。実際に目で見ている景色とは違うもう一つの視点が存在しているみたいだ。
「その脳裏に映っている赤いものが力の調整のメモリだと思えばいい。小さな力にしようと思えばその赤の部分が減り、大きな力を使おうと思えば赤い部分が増える」
なるほど、つまりバケツに溜まった水を横から見てる感じなんだね。
「まずは五メモリくらいの力を使い、十、十五と徐々に力を上げていきなさい」
ええと、このバケツの一番上が百として、これの半分が五十で、それを五等分してさらにその半分……。この辺かな?
私はなんとなく目分量で五のあたりに赤い液体が溜まるようにイメージして命じた。
「石に衝撃を」
私のブレスレットから赤い光が飛び出てアクハク石にぶつかる。けれど石は少し揺れただけで変化はない。
「次は十だ」
魔石術を放ち続けながら、先生に言われるまま脳裏のメモリを十に上げた。石がガタガタ音を立てる。
「十五」
メモリを十五に上げる。その途端、バァン! と大きな音を立てて石が砕けた。
え? もう⁉
びっくりして先生を見ると、先生は眉間の皺を深くして凶悪な目つきになっている。めちゃくちゃ怖い。
「十五か……なるほどな。私の六、七倍の力を持っているということか……ふむ。想定内ではある」
「そ、想定内なんですか……」
「おまえはこの力をもっと伸ばしたいと思うか?」
「おおお思いませんよ! こんな恐ろしい力」
「ふむ、では力を低く抑える訓練をしていこう。ディアナ、おまえの力はイバンやレンファイと同じくらいの力ということにする」
「あの二人と同じですか?」
「そうだ。あの二人の力はおまえのメモリの十ちょっとくらいだ。毎回十の力で訓練をすれば一級の者として怪しまれることはない」
「あの、もう少し低めにしたらダメなんですか? 五とか」
「五だと一級の中では低すぎる。そうなると逆に怪しい」
ううーん、でも私が大国の二人と同じ力を持ってるのってめちゃくちゃ目立ちそう……。
「おまえはアリム家の養子となったことで要らぬ悪意を向けられているのだろう? そやつらの鼻を折るためにも大国の王族と同等の力を持っていることを示しておけば良い」
「あ……なるほど、確かに」
私が大きな力を持ってることがわかったら変なこともされにくいってことだよね。
「わかりました、授業では十の力でやっていきます」
「よろしい、ではイバンのところへ行け」
「はい」
先生に頷いて上級生のいる場所へ向かう。ててて、と小走りでイバン王子に近付くと、彼は私に気付いて爽やかな笑顔を見せた。
「君で最後かな? それで君の数値は?」
「ええと……イバン様と同じくらいだと」
「へぇ! そうなのか! では俺と同じグループだな」
「はい、よろしくお願いします」
そう言うと、その会話を聞いていた別のグループの人たちが騒ぎ出した。
「あの子、一番のグループだわ」
「どこの国の子だ?」
「王族ではないのよね」
うはぁ、グループ分けだけでめちゃくちゃ目立ってるぅ。そりゃ一級の数値の差はそのまま国の武力の差につながるもんね。警戒して当然か。
一番のグループにはイバン王子とレンファイ王女、それからもう一人華やかな顔立ちの女生徒がいた。その女性が話しかけてくる。
「あなた名前は?」
「ディアナです」
「どこの国の出身なの?」
「アルタカシークです」
「ここの国の子なのね。私はウヤトのグルチェ、四年生よ」
ウヤトと聞いて私は思わず別グループにいるハンカルを見た。ハンカルも気になっていたようでちょうど目が合う。
「あら、あなたハンカルと知り合い?」
「あ、はい。同じ寮で」
「ハンカルは私の従兄弟なのよ。彼ともどもよろしくね」
グルチェはハンカルと似た黒い髪をポニーテールにしていて小さな帽子をかぶっていた。明るい茶色の目をしていて顔立ちが派手なので笑うとパッと周りが明るくなる。
なんかいい人そう。
そのグルチェに続いてレンファイ王女が話しかけてきた。
「私はリンシャークのレンファイ。五年生よ」
「いやレンファイのことは知ってるでしょ、さすがに」
「知っていても挨拶はきちんとするものよ、グルチェ」
「はっはっは、レンファイは真面目だからな」
「声が大きいわよイバン」
「俺はザガルディのイバン、五年生だ。うちのグループは人数が少ないからな、ディアナが来てくれて助かるよ」
いきなり大国の王子と王女に話しかけられてどうすればいいのかわからない。私は王族オーラに気圧されながらそれぞれ挨拶した。
そんな私の姿を他のグループの人たちがじっと見ている。特にサマリーのストルティーナ王女の視線が痛い。
うおぅ……なんか異様な雰囲気になってない? 怖いんですけど。
するとそんな空気をぶち壊すようにイバン王子が私に言った。
「では早速ディアナの力を見てみようか。相手は俺がしよう」
「え! いきなりですか?」
驚いてそう言うと、イバン王子は声を潜めて、
「この空気を消すにはさっさと君の力を見せた方がいい」
と悪戯っぽく笑った。
わぉ、さすが王子様、対応が素早いね。
そして私はイバン王子と向かい合い、十の力で石に強化をかける。王子の衝撃の魔石術は石にぶつかるが少し揺れただけで収まった。
私の力がイバン王子とあまり変わらないとわかった生徒たちは驚きつつ納得したようだ。前の壇上でその様子を見ていたバイヌス先生の方を見ると、先生も小さく頷いた。
これで一級の魔石使いってことでやっていけそうかな。
私はホッと胸を撫で下ろして一級の授業を終えた。
帰り際、ハンカルにグルチェが話しかける。
「ハンカル! 久しぶりだね」
「ああ、グルチェも元気そうだな」
「寮が違うからここでしか会えないね。社交クラブには入らないの?」
「うーん、そういうのはグルチェに任せるよ」
「まぁ、王族の私には必須だからね。でも十月の社交パーティには顔出してよ」
「行けたら行くよ」
「うん、待ってる」
そう言ってグルチェは大講堂から出て行った。
「ハンカル、グルチェって王族なの? ということはハンカルも?」
「俺は王族じゃないよ。グルチェは今の王の第二夫人の次女で、その第二夫人が俺の母上と姉妹なんだ」
「なるほど」
「グルチェは王族だけど気さくな性格だから、困ったことがあったら頼るといい」
「それは助かる……けど、私以外が王族のグループにいるのは緊張するよ」
「そういえばバイヌス先生と長い時間やり取りしてたけどなにかあったのか?」
「あー、ええと、思った以上に私の力が大きかったから先生から質問攻めにあってたんだ……」
と私はごにょごにょ答える。ハンカルは少し訝しげな顔をしたが、それ以上はなにも言ってこなかった。
寮に戻り、二階への階段を上りながら私はふぅ、とため息をつく。わかっていたことだが周りに言えないことが多くて気を遣う。
エルフであることも、特級であることも、もちろん前世の記憶があることも全部言えない。ハンカル、ラクス、そしてファリシュタとの時間が増えるにつれ、なにかを秘密にしているという状況が少し辛くなってきた。
でも、本当に全部言えないことだもんねぇ……仕方ないよね。
そう思い、部屋の前でもう一度ふぅと息をつく。それから鍵を取り出して自分の部屋の鍵を開けた。
「ん?」
扉を開けると玄関の床に一枚の紙が落ちている。私はそれを拾いつつ部屋の中に入った。紙は二つ折りにされ両面テープのようなもので固定されている。それをペリッと剥がして紙を開くと文字が書いてあった。
「『明日の放課後、例の部屋に』」
ん? 明日の放課後、例の部屋?
「あ! これもしかしてソヤリさんから?」
例の部屋というのはあの説教部屋のことだろう。
「おお! じゃあもしかして明日王様と交渉できる? やった!」
急に訪れた王様チャンスにさっきまでの憂鬱が吹っ飛んでいった。
明日の放課後までに交渉したいことをまとめておかなきゃね!
特級だと知っているバイヌス先生は
冷静にディアナを分析しています。
自分の力が大きいと言われても怖いだけのディアナ。
なんとか一級としてやっていけそうです。
次はソヤリとの面会、です。




