一級魔石術学 前編
今日は一級魔石学の授業だ。指定されたのはなんとあのスタジアムっぽい大講堂である。
ハンカルとともに大講堂に入ると、フィールド部分に上級生を含めた一級の生徒が集まっていた。
「大講堂でやるって聞いたからもっとたくさん一級の人たちがいるのかなと思ってたけど、そんなに多くないね」
「六年生まで合わせて五十人くらいしかいないからな」
「なんでこんな広いところで授業するんだろ」
「ウヤトの他の一級の人の話だと、この大講堂が建物の中で一番頑丈だかららしい」
「頑丈……?」
一級の人たちが集まっている場所を見ると、クラブ紹介の時に出ていたティエラルダ王女の姉や、ザガルディの王子がそれぞれの仲間と談笑している。他にも王族の人がいるのか雰囲気がいつもの教室と全く違う。
なんかこう、セレブな空気が漂ってるね……自分とは住む世界が違う人たちというか。
そんな中、寮の斜め前の部屋にいる、あの聖女みたいな子がいるのが見えた。
「あ、あの子……」
「ああ、同じ寮のマリアーラ王女だな。彼女も一級なのか」
「え? 王女?」
「知らなかったのか? 彼女はザガルディとカタルーゴに挟まれた小国カランビアの第二王女だ」
「王女様だったんだ……」
どうりで品があるわけだ。
「なんかこう上品で清楚なオーラがすごいよね……聖女って感じで」
「そうだな。彼女は王族にしては珍しく大人しくて謙虚な人柄みたいだ。あまり目立とうしないから俺の国にもあまり情報は入ってきてないよ」
「ウヤト国の学生って世界中の国の情報を頭に入れて入学してくるの?」
「まあ他の国より下調べを念入りにする国民性だとは思うが、他国の情報を頭に入れるのは高位貴族ならみんなやってることだぞ?」
「はっ! 私が知らないだけか」
私は思わず周りを見回す。下位貴族から高位貴族のどの家からも一級の子が生まれる可能性があるとはいえ、ここにいる人たちは見るからに王族か高位貴族の人ばかりだ。着ている服が豪華だし、なにより姿勢が違う。
ハンカルもそうだけど、基本的に高位の人って背筋が伸びてて胸を張って堂々とした姿勢なんだよね。昔習ってたバレエの基本姿勢みたいな感じ。
私ってこの中だとかなり浮いてしまうんじゃないかな……。
セレブの集まりの中に一般人が紛れ込んじゃった感がある。これはまずい。
私は顎を引いて胸を張り、背筋を伸ばした。
「ねえハンカル、ここにいる人たちの中で他にも王族の人っている?」
「いるよ。ほらあそこに静かに立っているのが、東の大国リンシャークの第一王女のレンファイ様だ」
ハンカルが向けた目線の先に、凛とした雰囲気のクールビューティな美女が立っていた。
藍色のストレートの長髪に切長の涼しげな水色の目をしていて、コインのようなアクセサリーがついたスカーフを私と同じように首の後ろで結んでいる。センター分けにした前髪をそのまま後頭部に持っていってそこでお団子にしていた。
あ、お団子に簪みたいなものが刺さってる。可愛い。
着ている服も着物っぽいというか中華ファンタジーっぽいって感じで恵麻時代に見た映画を思い出す。
「彼女はザガルディのイバン様と同じ五年生で、卒業したあとすぐリンシャークの王位につくことが決まってるんだ」
「えっまだあんな若いのに?」
「それがリンシャークの昔からの決まり事だからな」
二年後には王様になってるってことか……すごいなあ。
レンファイ王女に見惚れていると本鈴が鳴って、奥の出入り口から黒いマントを羽織った中年男性がコツコツと音を鳴らして入ってきた。
かなり背が高く、深緑のクセのある髪を八二分けくらいで横に撫で付け、小さくて丸い帽子を被っている。その男性は生徒たちの前にある壇上に上がると、迫力のある金色の目でギロリと学生を睨んだ。
「一級魔石術を担当するバイヌスだ。ああ、今年も君たちのような未熟者を相手にしなければならないとは、とても遺憾だ」
低い声でそう言って片眉を上げ、生徒一人一人を見回す。
すごいこの先生、王族もいるのににめっちゃ偉そう。
「今年も去年同様ついて来れない者はさっさと置いていくのでそのつもりで。ああ、一級魔石使いに優秀でないものは必要ないからな」
新入生たちはその物言いに驚いているが、上級生は慣れているのか動揺してる様子はない。
「二年から六年までの生徒は去年の続きだ。一年生は別に離れて授業を行う。あちらの隅に移動しなさい。上級生の進行はイバン、おまえに任せる」
「はい」
わお、王子をおまえ呼ばわり。
「まぁ! 五年生のイバンに任せますの? ここは普通六年生が仕切るのではなくて?」
ティエラルダ王女の姉がそれに異論を唱えるが、先生は面倒臭そうな視線を彼女に向けた。
「君を始め六年生にそれができる者がいないからそう言っている。自分の能力くらい把握しておくんだな、ストルティーナ」
「んまぁ!」
「イバン、なにか問題があれば報告しなさい」
「わかりました先生」
「では始め」
バイヌス先生がそう言うと、上級生たちはイバンの方に一斉に集まっていく。
「ディアナ、行くぞ」
ハンカルに促されて先生のあとをついていこうとするが、全く追いつけない。
いやちょっと先生、歩くの速いよ! 待って!
バイヌス先生は生徒のことなど全く気にせずにその長い足でカッカッと歩いていく。新入生はみんな慌てて小走りでついていった。
講堂の隅に集まった新入生は八人だ。
「ああ、今年はまた気の抜けた顔をした者ばかりだな」
そう言って残念そうな顔で私たちを見る。ハンカルの説明だと私たちの学年で王族なのはマリアーラ王女だけらしい。
「一級の魔石使いにとって一番大事なことはなにかわかるか?」
突然バイヌス先生にそう聞かれた生徒が「え?」という顔で固まる。その顔を見て早々に諦めた先生が隣のハンカルに目線を向けた。
「一級に一番大事なのは……力の把握、でしょうか」
「その通りだ。その服……おまえはウヤトの者だな。名前は?」
「ハンカルです」
「ではハンカル、力の把握が一番大事なのはなぜだ?」
「自分の力の限界を知らないと自分も周りも危険に晒すからでは?」
「ふむ……」
ハンカルの答えを聞いてバイヌス先生はバサッとマントを翻し、コツコツと大講堂の壁際に置かれたワゴンに近付く。
「その答えも間違ってはいない。一級の力は二級三級と比べものにならないほど大きいからな。自分の力の大きさを自覚しないまま魔石術を使えば敵も味方も全員死ぬことになる」
さらりと恐ろしいことを言いながら先生はワゴンから箱を持ち上げ、新入生の前に持ってきた。
「この中に一級用の魔石セットが入っている。順番に取って回していきなさい」
そう言ってハンカルにそれを渡す。ハンカルは中から太めのブレスレットを取り出して私に箱を渡した。私も中からそれを取り出して隣の子に回す。
長さが三センチくらいの一級用の魔石の、赤、黄、青、緑の四つがはまったちょっとゴツめのブレスレットだった。それを腕にはめる。
一級用の魔石が四つあるとなんか存在感すごいね。
そういえば私って特級なんだよね……特級の魔石の大きさだったらブレスレットにするのは無理かも。
「それは一年生用に作られたため取り外しし易いブレスレット型になっているが、普段一級の者は魔石を首から下げることが多い。おまえたちも今年の終わりに自分の魔石を手に入れたら、それぞれ使いやすいところに身につけなさい」
そう言った先生の胸元には一級の魔石が四つ付いたネックレスがかかっていた。
なるほど、ネックレスにする人が多いのか。
「ああ、さてさっきの話の続きだが、なぜ力の把握が一級にとって大事なのか。先ほどハンカルが言った自分の力を把握しておくというのも理由の一つだが、他にもある。それは『他の一級の力を把握しておく』ということだ」
「他の一級?」
「上級生の方を見ろ」
ハンカルの疑問に先生が講堂の中央を指差す。そこにはいくつかのグループに分かれた上級生たちがいて、それぞれがなにかを中心に置いて周りをぐるっと囲んでいた。
「あまり力の差がないものたちをグループにして、その中心に一メートル四方のアクハク石を置いている。そしてグループの中で二人を選び、石を挟んで対決させる」
とあるグループを見ると、イバン王子とレンファイ王女がそれぞれ前に進み出ている。そしてイバン王子が石に向かって緑の強化の魔石術をかけた。
石に強化がかかるのを確かめたあと、レンファイ王女が赤の魔石の名を呼び「石に衝撃を」と命じた。
レンファイ王女から飛び出た赤い光が石にぶつかる、が石はガタリと揺れただけでその他になにも起こらなかった。
「赤の衝撃の力に緑の強化が耐えて石にはなにも起こらなかっただろう? あれはイバンとレンファイの一級としての力がほぼ同じことを表している」
なるほど。攻撃の力と守る力が同じだからなにも起きなかったのか。
そう思って見ていると、イバン王子が片眉を上げた。
「む? 石が少し動いたな。レンファイ、君の力少し強くなったんじゃないか?」
「そうね。国に戻っている間に訓練の時間を増やしたから」
「相変わらず努力家だな、君は」
「あなたに負けるわけにはいきませんから」
「ははは、そういうところは本当に変わらないな」
一見和やかそうに見える会話がなんだか怖い。一緒に見ていた一年生から「大国同士の王子と王女の力くらべをこんなところで見れるなんて……」「二人とも腹の中ではどう思っているんだろう」という声が上がる。
そっか、あの二人ってこの大陸で一番力を持ってる国同士の代表なんだ。
「今のあれを見てどう思う? ハンカル」
「そうですね……。ここで大国の二人の力を見れるとは思ってなかったので驚きましたし、二人の力が同じであることに少しホッとしました。どちらかが一方的に強ければ、もう一方の大国の者は焦るでしょう」
「その通りだ。ここでは一級の生徒の力をあのような方法を使って可視化している。どこの国の者がどれくらいの力を持っているのか全員にわかるようにな」
「それはどうしてですか?」
「力の可視化が武力の抑止につながるからだ」
武力の抑止……?
「これまでの歴史の中で、どの国にどれくらいの力を持った魔石使いがいるかという情報は秘匿されていた。自国の武力がどれくらいあるのかが漏れれば戦争では不利になるからな」
それはそうだろう。自国の強さを自らバラす国なんてない。
「だがその結果、先の大戦で一級同士が奇襲作戦でぶつかり合い、共倒れになった。そればかりではなく、大陸の半分が焦土と化した。山はえぐれ、地面には大穴が空き、人が住める状態ではなくなったのだ」
うへぇ、一級同士の戦いこわ……っ。
想像以上の被害の大きさに、私は眉を寄せる。
「大戦から何百年を経て土地は回復し人口も戻ったが、一級の数は大きく減った。そうなると貴重な武力である一級の存在をこれまで以上に隠す国が増えた」
最終兵器みたいな扱いになったのかな? それは隠すよね。
「その状態を危険視したのが今のアルタカシーク王だ。武力を隠すことでまた先の大戦のような、一級同士が共倒れになる戦争が起こるのではないか、とな」
「そうでしょうか? 一級の数が少なくなったのならそもそも大きな戦争にならないのでは?」
「甘いな、ハンカル。我々一級の魔石使いは少数でも世界を火の海にする力があるのだ。この授業はそれを自覚するためでもある」
「え、そんなに……」
先生の言葉が怖くて、なぜか隣の私が一歩後ずさる。先生はハンカルを見たまま続けた。
「そんな危険な一級の者たちを戦争に駆り出させないためにはどうすればいいか。アルタカシーク王が出した答えは『一級の数や力を可視化し、公表することで逆に戦争になるのを防ぐ』というやり方だ」
「どういうことでしょう?」
「もしおまえが隣国に攻めようと思った時に、隣国の武力が自国より高いとはっきりわかったらどうする?」
「……攻めるのをやめます」
「逆に武力の高い隣国がおまえのところに攻めようとしたら、おまえの国は他の国を手を組んで対抗しようとするだろう? それを知った隣国はとりあえず様子を見ようと挙げた手を引っ込める。そうやって武力を可視化することで結果的に国同士の衝突を減らすのだ」
いきなり難しくなった話に脳がふわっとしたけれど、つまり武力の開示は戦争の抑止になる、ということらしい。
「この学院でその授業を行えば、若い世代の一級の魔石使いたちは互いの力がどれくらいのものか把握することができる。卒業したあと、国政に関わるようになっても迂闊に戦争を起こそうとはしないだろう、ということだ」
「まぁ実際にはわからんがな」と先生はそう言って肩をすくめた。
「ああ、前置きが長くなったな。本題に入ろう。これからおまえたちの力を測る。その力の大きさで各グループに分け、そこで一級の力の使い方を練習していく。この授業では決して気を抜くな。一級の力の恐ろしさをその身で体験したくなければ、な」
さっきの話と先生の眼力に気圧されて、新入生たちはゴクリと唾を飲んだ。
一級魔石術学が始まりました。
二級三級との違いを教えられます。
バイヌス先生は癖が強い。
次は 一級魔石術学 後編、です。




