超高温と聖なる火
コォォォ……という何かが吹き出すような音と金属が熱された時の独特の臭いがする。私の姿は魔石装具工房の敷地内にある高炉の中にあった。働く人専用の入り口を入ってすぐ側にある階段を上り、細い足場の上を列になって歩く。前を行くのはテクナ先生とラギナだ。
あのあとラギナがテクナ先生に「ディアナに火を見せたい」とお願いして、急遽ここに来ることになった。先生は最初渋っていたが、私の様子を見て「今のお前には必要なようだな」と言って連れてきてくれたのである。
高炉の中は思った以上に暑かった。チラリと斜め上を見ると、三年生の時に見学に来た時に入った部屋が見えた。こちらから見ると壁に透明のガラスがはまっているだけにしか見えない。
あの部屋で見ていたのと実際にこっちに来てみるのとでは全然印象が違うね……なんというか、空気が重い。
足場から下を覗くと、高炉の一番下から真っ赤に熱されたマギアコードが溝に沿って流れているのが見える。鉄臭いという感じではないのだが、なんとも独特な臭いだった。
先生は高炉の方ではなく、その横に建てられた小屋の二階へ向かって歩いていく。
「あの……ラギナ、これからなにをするんですか?」
「ん? ああ、今日はちょうど超高温の炎を足す日なんだよ。それをディアナにも見せたいって思って」
「え! 超高温ですか? あれは選ばれた人でないとできないんですよね? 私が見てもいいんですか?」
「いいよ。父さんも許可したし、あの透明の火をね、ディアナに見て欲しいんだ」
ラギナは優しく目を細めると、私の肩に手を回してテクナ先生が入っていった小屋に足を踏み入れる。そこは一つの大きな部屋になっていて、いくつかの小上がりが置いてあり、床に敷かれた広い絨毯の上に上半身裸のイカついおじさんたちが座っていた。
あ、火守りの人たちだ……。
火守りたちは入ってきた私たちを見て少し姿勢を正したが、特別に緊張している感じでもない。ただラギナの横にいる私を見て少しだけ眉を寄せた。迫力のある人たちに睨まれて少し体が緊張する。
「大丈夫だよ、見た目は怖いけど話せば面白いおっさんたちだから」
「そ、そうなんですか?」
テクナ先生は小上がりに上がって火守りの代表らしい人と打ち合わせを始めている。いつもやっている作業だからか「じゃあそこはいつも通りで」「わかりました」とそれもあっさり終わってしまった。そして先生が最後に私が見学することを告げると、火守りの代表はそこで初めて私を見て、そして耳を見た。
「噂では聞いていましたが、本当に復活を遂げられていたとは……。しかし、なぜこの方を聖火の元へ?」
「今のこいつには必要だと思ったからだ。お前たちがあの火に新規者が近づくのを嫌がるのはわかるが、俺のお願いだと思って許してくれないか」
「……テクナ様がお願いされるとは珍しいですな。ご挨拶しても?」
「ああ。ディアナ、こっちに来い」
テクナ先生に言われ、私はゆっくりと進み出て小上がりのすぐ側に立つ。私が近付いても小上がりから動かない火守りの代表を見てルザとイシークが「無礼な……!」と声を上げようとするが、「いいから、二人はそのまま」とラギナに止められる。
火守りの代表は座ったままこちらに近づいて、挨拶をする。
「アラグリシュ族の火守り長のイルハンと申します。脚が悪く、このままの姿勢でいることをお許しください」
そう言われて初めて気づいたが、イルハンは左足の膝から下が細い金属の棒になっていた。それを隠すことなく普通に胡座をかいている。年齢はテクナ先生と同じ四十代くらいだろうか。少しだけ白髪の混じった赤い髪を後ろで束ね、赤みのある褐色の肌をしていた。他の火守りも同じだがとても彫りが深く、意志の強そうな目をしてるのが特徴的だ。
風の部族とは全く違う雰囲気だね……。
「ディアナです。突然お邪魔してすみません」
私が挨拶をすると、イルハンは私の顔をじっと見つめる。
「……あの?」
「随分と苦しんでおられるようだ」
「え?」
「貴女をここへ連れてきたのはラギナ様ですね?」
「ふふ、そうだよ。よくわかったね」
私が答える前に横からラギナがずずいっと出てきてニカっと笑う。
「ね、イルハンならわかるでしょ? ディアナにはあの火が必要なの。今日だけ特別に見せてあげて」
「……我らの宝にそう言われたら断れませんな」
「やった! ありがとう!」
「しかし一つだけ守っていただきたい。聖火には決して近付かないと」
「あの、聖火というのは?」
私の問いにラギナが答える。
「火守りが何千年も守ってきた火のことだよ。超高温を作るときに使うの。ディアナは大事なものに不用意に触れる子じゃないよ。ね?」
「はい。決して触れません」
「わかりました。それでは見学は許可しましょう。今日は火入れはどちらが?」
「ラギナがやれ。俺がディアナに説明するから」
「わかった」
「ではディアナ様はテクナ様の側を離れぬように、そちらの側近の方々は後方で動かないでください。余計な動きをすると火に殺されますよ」
「え……」
「な……っ」
イルハンの言葉に私たちは絶句する。
火に殺されるってどういうこと?
「今から見る火は特別な火だからね。まぁ実際に見たらわかるよ。大丈夫、変なことしなかったら襲われないから」
「え……あの……」
襲われるとか殺されるとか、火に対して使う言葉ではない。二人の説明に戸惑っているうちに時間がやってきたようで、奥に座っていた火守りたちが一斉に動き出した。
「ディアナたちは外で待ってて」
ラギナに言われて部屋を出て待っていると、しばらくして中からラギナとイルハンが出てきた。ラギナは自分のマントを外して独特の模様の入ったローブを羽織っていた。
「それは?」
「火入れする時の防護服だよ。これがないと服が燃えちゃうから」
「……前に見た時テクナ先生はいつも通りの服で入っていってたと思いますけど」
「父さんのは高炉の中に置きっぱなしなんだよ。全く、あの神聖な場所に置いとくなんて信じられない。ディアナは父さんのあとから続いて歩いてきて」
「わかりました」
イルハンとラギナを先頭に数人の火守りたちが続き、最後にテクナ先生がその列に並んだので、私たちはその後ろにくっ付いていく。今から高炉の中に入るのだと思うと俄かに緊張してくる。それにさっきのイルハンとラギナの言葉も引っかかった。
火に襲われるって……どういうこと?
木製の細い足場をゾロゾロと歩いていると、離れたところで作業していた人たちから視線を投げかけられる。工房の職員の他にも平民の働き手もいるようだ。ここには作業の指示を出す貴族、火入れを担当する火守り、労働力である平民がともに働く場所らしい。この世界では珍しい現場だ。
大きな高炉の中腹にある足場を歩いていくと、高炉にくっつくようにして入り口の壁が突き出ている場所にやってきた。その大きなアーチ型の扉をラギナが開けて入っていく。
「ここからは俺の側を離れるな。そっちの側近は火入れの部屋に入ったところで待機だ。いいな、絶対に勝手な動きはするなよ?」
「テクナ先生、私たちもディアナ様のお側に」
「ダメだ。こいつは火守りの許可があるから火に近づけるが、お前たちは許されてない。火守りのおっさんたちを怒らせたらディアナにも危険が及ぶぞ」
「……っ」
「ルザ、イシーク、私は大丈夫だから先生の言う通りにして」
「……かしこまりました」
「御意に」
ここは、完全に火守りたちのテリトリーなのだ。ここの代表であるテクナ先生がそう言うのなら従うしかない。
テクナ先生に続いて緊張しながら高炉の中に入ると、まず狭い部屋があり、すぐ奥にまた扉があって火守りたちはその中へと入っていっている。どうやらここは待機場であるらしい。二人の火守りがそこへ残って私たちを見送る。
「……わぁ……」
高炉の中に入った私は思わず感嘆の声を漏らした。高炉の中にはもう一回り小さな高炉が入っていた。というか、こちらが本体で、私たちが外から見ていたのは高炉を包む外壁だったようだ。目の前にある円柱型の炉は上へ向かって細くなっていき、その先は真っ暗なトンネルに入っていって見えなくなっている。炉と外壁の間には足場が作られていて、ぐるりとその部屋を一周している足場は王の塔の先端を思い出させた。その足場は私たちがいるところだけでなく上にも下にもいくつも作られている。
大きい……これが高炉……。
私たちが立っている正面に高炉に繋がる通路があり、その先に金属製の扉がはまったかまくらのようなものがある。ラギナはそこへ近づいて、その扉に付いている窓のような場所から中を覗いた。
「うん、ちょうど火入れが必要な大きさになってるね。じゃあいつも通りにやっていこう」
「わかりました」
そのかまくらがある通路の手前には、直径一メートルほどの背の高い円形の台がある。ラギナがそこまで戻ってくると、イルハンがどこからか持ってきた六角形の小さな箱をその台の上に置いた。そしてその長細い箱の蓋を開け、中からもう一回り小さい箱を出す。複雑な模様の入った金属製のその箱の中からは淡い光が漏れていた。
「ディアナ様、どうぞこちらへ」
イルハンが仰々しく自分の隣に手をかざすので、私はテクナ先生と一緒にそこへ歩いていく。部屋の入り口付近でルザとイシークが緊張して待機しているのがわかる。
私たちが近付くのとは反対に、一緒にいた火守りの人たちが台から距離を置き、イルハンが金属製の箱に手を伸ばすと同時に彼らはその場に跪いた。
「これが我ら火の部族が古より守る聖なる火です」
イルハンがその蓋を取ると、六面の囲いが一斉に外側へパカッと開いてゆっくりと倒れる。そしてその中から揺らめく火の玉が現れた。
火が……浮いてる。
それは不思議な火だった。蝋燭のように芯があるわけでもなく、火元となる燃料があるわけでもないのに、火の玉はくるくると自転しながら燃えているのだ。それはまるで前世のアニメで見た火の悪魔のようだった。
綺麗……。
その火に見惚れていると、横にいたテクナ先生が私に耳打ちする。
「これからラギナが超高温を作るから、お前はなにもせずに見とけ。聖火はいつもと違う環境に敏感だ。機嫌を損ねると火を作ってくれなくなる」
私はその言葉にコクリと頷いて、わずかに体に力を入れる。
先生の言い方からして、この火ってもしかして意思を持ってるのかな。だから火守りたちがこんなに周りを警戒しているのか。
何千年も前から火の部族が守っているという火で、しかも意思を持っているのだとすれば、彼らがその扱いに慎重になるのもわかる。
台の中心で浮かんでいる聖火を確認して、ラギナが台とかまくらの間の通路に立った。彼女はローブを頭から被り、手を聖火の方へ掲げる。
「聖なる火よ。この地に生きる我らに、その力を与えたまえ。捧げるは我がマギアの炎。願わくばこの炎に神火の力を与えたまえ」
彼女が祝詞のようなものを唱えると、台の上に浮いていた聖火が円を描くように回り始める。ラギナの言葉に応えるかのように楽しげにくるくると回っているのだ。
わ……踊ってるみたい。
これは聖火の機嫌がいいということなのだろうか。少しワクワクしながらその光景を見守っていると、ラギナが「『キジル』」と赤の魔石の名を呼んで自分の真上に手をかざした。
「炎を!」
彼女が命じると、その真上の空間に炎が出現する。すると直径二メートルほどありそうな火の塊に、聖火の中から飛び出した小さな火玉が飛び込んでいく。その様子に驚いていると、ラギナの魔石術の炎がカッと光った。
あ! 火の色が変わり出した!
小さな聖火を飲み込んだラギナの炎は最初に強く赤く輝き、オレンジから白色、そして青色へと変化していく。
すごい……これ、どんどん温度が上がってるってこと……⁉
青色で止まったと思われた炎の色はその後じわじわとさらに色を変えていった。青から薄い紫色へ、そしてついには無色になっていく。メラメラと炎が揺らいでいるのはわかるのに、全く色がない。
透明の炎……これが、超高温……。
私は口を開けたままそれに魅入った。台の上にいる聖火とはまた違う不思議さがある。この世のものとは思えない美しさに、憧れや崇拝、そして畏怖する感情が湧き上がってくる。その圧倒的な存在を前にして、自分がいかにちっぽけな人間か思い知らされるようで、体が震えた。この炎に照らされてものすごく熱いのに、それすら感じられなくなる。
すごい……言葉が出ない……。
その炎に見惚れていると、突然透明の炎からシャンシャンという綺麗な音が聞こえた。
え?
私が目を瞬くと、また聞こえてくる。シャンシャンという音は以前紫の魔石に名前を聞いた時に返ってきた音と似ていた。
魔石と同じ音……なんで?
私が首を捻っている間に、ラギナはかまくらの金属製の扉を開けて、その中へ透明の炎を移動させた。コォォォッという音ともに高炉の中へ炎が吸い込まれる。そして全部の炎が入ると、ラギナはすぐに扉を閉めた。ガシャンと重い鍵が閉まる音がして、ラギナはふうと息をつく。
「うん、中でよく燃えてる」
炎の様子を確認して戻ってきた彼女に私はチラリと聖火を気にしつつ小声で質問した。
「あの……さっきの音はなんだったんでしょうか?」
「へ? 音?」
ラギナは首を傾げてそう答える。
「音が聞こえたの? ディアナ」
「はい。透明の炎からシャンシャンって聞こえたんですが……ええと……」
私の言葉を聞いたイルハンが聖火をしまおうとしていた手を止めてこちらを見た。
「炎から……音が聞こえたのですか?」
「あの……はい」
「え、私今までそんな音聞いたことないけど」
ラギナがそう言った瞬間、台の上に浮かんでいた聖火が勢いよくポーンと上へジャンプしたかと思うと、あっちこっちへ飛んで跳ね出した。
「わっ」
「え! なに? どうしたの?」
「なんだこりゃ」
「聖火が……このように楽しそうに動くとは……っ」
イルハンが信じられないという顔で聖火を凝視する。聖火は本当に踊るように跳ねたあと、私の目の前にふわりと浮かんで止まった。
くるくると自転する聖火は私の様子を窺うようにじっとしたあと、なぜかピカピカと発光し始める。目の前で火が明るくなったり暗くなったりするのでものすごく眩しいし、熱い。
「あつっ」
「わ、嘘でしょ。なにもしてないのに聖火が許しを出しちゃった」
「これは……なんと」
「え? あの……」
私が戸惑っていると聖火は台の中心に戻り、そこでさっきと同じようにふわりと浮かぶ。それを見てテクナ先生が腕を組んで顎を撫でた。
「ディアナ、さっきのラギナが言ってた言葉覚えてるか?」
「え? さっきの呪文みたいなやつですか?」
「そうだ。どうやら聖火はお前に超高温を与えるつもりらしい」
「へ⁉」
「新規者が超高温を作るには、まず聖火に認めてもらう必要があるんだが、なぜかお前は勝手に聖火に認められたみたいだな」
「ええっなぜそんなことに?」
「知るかよ。こんなことは初めてなんだから」
困惑するテクナ先生に続いてイルハンも口を開く。
「ディアナ様、このようなことは私も初めてのことです。どうか、聖火の機嫌が損なわれないうちにお応えしてください。きっと、聖火はディアナ様になにか伝えたいことがあるのでしょう」
「伝えたいこと……」
「ディアナ、さっきの言葉、私が後ろで言ってあげるから。父さんとイルハンは念の為離れて」
ラギナの言葉にイルハンとテクナ先生が台から離れる。
「いい? ディアナ、火に集中して。他にはなにも考えなくていいから、私が出したくらいの炎を一定時間出し続けるようにすれば、あとは聖火が超高温にしてくれるから」
「あの、もういきなりやるんですか?」
「聖火は機嫌がコロコロ変わるんだよ。時間がないの」
後ろから私の両肩を掴んでラギナが小声で囁く。その真剣な声音に私は覚悟を決めて、目の前の聖火に視線を向けた。
初めて超高温の炎を見たディアナ。
なぜか聖火に認められ、急遽超高温の炎を作ることになりました。
次は 透明の炎と聖火との対話、です。




