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【書籍化&コミカライズ連載中】娯楽革命〜歌と踊りが禁止の異世界で、彼女は舞台の上に立つ〜【完結済】  作者: 藤田 麓(旧九雨里)
五年生の章 推理アクション劇

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寂しさの正体


「……え? 監視の休止、ですか?」

 

 炎爆の魔石術を失敗した日から数日後、新しく修正した事業計画書を渡しに副学院長室へ行った私に、オリム先生が監視の休止を告げた。どうやらアサン先生から話を聞いたオリム先生が私の負担が軽くなるように考えてくれたらしい。

 

「これからちょうど中間テスト期間に入りますから、テストが終わるまで監視を休止するようにスラヴェナ様に伝えました」

「……彼女は了承したのですか?」

「ええ。学生の本分は勉学ですから、それの邪魔をするつもりはないと。それにテスト前はクラブ活動もお休みですしね」

「ああ、確かにそうですね……」

「一応貴女が体調を崩したことも考慮してくれたようです」

 

 オリム先生は私が体調不良になった原因を「いつもと違う環境に置かれているからではないか」とスラヴェナに話したんだそうだ。要は「貴女が原因の可能性もあります」と告げたのだ。そう言われたスラヴェナは少し考える素振りを見せて二週間ほどの監視の休止を了承したらしい。

 

「先生、ありがとうございます……そこまで考えてくださって」

「学生を守るのは副学院長として当然のことです。それで、体調はどうなのですか? ディアナ」

「あれから授業で失敗することはないですし、夜もよく眠れているので大丈夫だと思うのですけど……」

 

 私はそう言いながらチラリと後ろにいるルザとイシークに目をやる。最近は私よりこの二人の方が正確に私のことを把握している気がする。

 

「確かに夜はよく眠ってらっしゃいます。ですが時折ぼんやりされるところは治っていないかと」

「たまに躓かれますし、いつもより体幹がしっかりしていないように感じます」

「食欲も戻っていませんし」

「音に対する反応も鈍っているかと」

「うう……そう聞くと酷い」

 

 自分では気づかなかったことを次々と言われて頭を抱えたくなる。彼らの話を聞いたオリム先生も心配そうに眉を寄せた。

 

「ディアナの食欲が落ちたままとは一大事ではないですか。やはりスラヴェナ様が原因ではないのですか?」

「いえ……その、彼女のことはもちろん気になりますが、なんとなく違う気がします。……多分、自分の問題なのではないかと」

「ディアナ自身の? なにか心当たりがあるのですか?」

「うーん……そこがはっきりしないのでなんとも言えないんです」

 

 私の曖昧な返事を聞いてオリム先生だけでなく後ろの二人も心配そうな顔をする。私だって早く原因を突き止めたい。これ以上周りに心配をかけたくないし、失敗だってしたくないのだ。

 

 でもわかんないんだよね。なんであんな感情が突然湧いてくるのか、それに自分が翻弄されるのか。

 

 そして疲れているからかそれについて考えていると急に眠くなるのだ。まるでそれを考えるのを体が拒否しているみたいに。

 私が首を捻っている様子を見てオリム先生が口を開く。

 

「こう言うのもおかしいですが、今からのテスト期間は少しゆっくりしてはどうでしょう。監視のことやクラブのことなど考えたくなるでしょうが、頭の中を整理する時間を持つことも必要だと私は思います」

「……そうですね、監視もなくなるのでしたら少しゆっくりしたいと思います。ありがとうございます、先生。事業計画書もよろしくお願いします」

「もちろん、これはソヤリに必ず渡しますよ。……ディアナ、本当にクィルガーを呼ばなくて大丈夫ですか?」

「私だけ特別に呼んでもらうなんてできませんよ。他の学生たちはそんなことできないんですから。それに、お父様もアルスラン様のことで忙しいでしょうし」

 

 毎日家に帰るのが遅いクィルガーを私のために呼び出すなんてできない。

 

「クィルガーはそのようなことは気にせず駆けつけてくれると思いますがね」

「ですから余計に呼べないんですよ。心配かけたくないですし、自分のことは自分でなんとかします」

 

 私はそう言ってにこりと笑い、副学院長室をあとにした。

 それから私は久しぶりに監視のない生活に入った。テスト前期間は午前だけ授業があり、午後は全生徒がフリーになる。スラヴェナがいなくなって少し解放感を感じた私は久しぶりに寮の談話室で勉強することにした。

 相部屋のメンバーに加えてハンカルやラクスも一緒にいる。同じ小上がりに座って各々復習をしたり、わからないところを教えてもらったりして静かでゆっくりした時間を過ごした。

 不調も感じず学生らしい時間を送れていることにホッとしていた私だが、勉強が進むにつれて徐々に眉間に皺が寄っていく。

 

「どうしたのディアナ。わからないところがあった?」

「ううん……そうじゃなくて。……なんか、見覚えのない箇所があるんだよ。ザリナ、これ授業でやった?」

 

 私の向かいにいるザリナに教科書を見せると、彼女は「もちろんやったわよ。この辺は割と最近授業でやったとこね」と答える。

 

 え、嘘でしょ……全然覚えてないんだけど。

 

 他の教科を見ても授業でやった覚えのない箇所が所々ある。特にここ数週間の授業でやったところが酷いことになっていた。

 

「ディアナ、大丈夫?」

「大丈夫だよファリシュタ、内容は見ればわかるから」

 

 歴史以外の科目は前世に比べるとはるかに簡単なものが多いので、授業を覚えていなくても教科書を見れば理解できる。ただその頻度に我ながら呆れ返る。

 

 普通の授業もこんな状態だったなんて……改めて確認すると本当に酷いね。

 

 授業の内容を覚えていないなんてこの前のエガーリクと同じではないか。

 自分の不調さにしょんぼりしていると、そこにイリーナとメイユウが現れた。彼女たちは見たことのないお菓子が入った籠を持って「陣中見舞いですわ」と笑顔を向ける。

 

「どうしたの? これ」

「ふふ、実はクラブメンバーたちから預かりましたの」

 

 イリーナが言うには最近元気がなかった私を励まそうと、他のメンバーが自分たちの国のお菓子を少しずつ持ってきてくれたらしい。それをイリーナが代表して集めて、メイユウと一緒に今日持ってきてくれたんだそうだ。

 

「ディアナは美味しいものを食べると元気になるということはみんな知っていますからね」

「そ、それはそうだけど……」

 

 目の前に広げられたお菓子の量に私は目を瞬かせる。驚く私を尻目にファリシュタとメイユウがお茶を入れに行ってくれた。

 

「あ、これジャヌビのお菓子だ。タルティンのかな。さすが高位貴族は持ってるお菓子が違うぜ」

「これは……見たことがないお菓子だな」

「そちらはダナのお菓子だそうですわ。独特な形をしてますわよね」

 

 ラクスやハンカルの感想にイリーナが説明をしていく。どうやらうちのメンバーの出身国のお菓子が勢揃いしているようだ。ハンカルもウヤトのチーズのお菓子を出してくれていた。

 

「うちには地味なお菓子しかないんだが、どれも滋養があるし疲れも取れるぞ」

「チーズを使っているというのはいいですね。ディアナ様の補助食に加えておきたいです」

「じゃあルザに預けておくよ。食欲ない時とかでも齧るといいから」

「ではありがたく」

 

 私がポカンとしている間にお茶の用意も出来上がり、みんなでやいのやいのと言いながらお菓子を摘んでいく。もちろん私の前には全部のお菓子が並べられ、イリーナの説明付きで次々とお皿に盛られていく。それに圧倒されながら私は少量ずつ口に入れていった。さすがに全部を一人では食べきれない。

 

「あ、これも美味しい。あ、こっちは香りがいいね」

「国によってこんなにお菓子に違いがあるとはわたくしも驚きましたわ。ささ、こっちもどうぞディアナ」

「イリーナ、ここにあるお菓子を全部覚えたの?」

「服だけでなく、食の流行りを知ることも大事ですもの。全て服作りの糧になりますから」

 

 イリーナはそう言ってにこりと笑う。相変わらず行動力の鬼である彼女を見ているとホッとして、私はそのお茶休憩を楽しんだ。クラブメンバーのみんなが私のことを思ってくれてることが嬉しくて、胸の中が温かくなる。

 

 えへへ、嬉しいな。やっぱりみんな最高のメンバーだよ。

 

 お腹も心も満たされた私は上機嫌で勉強会を終えた。

 だが、なぜかその夜に、私は悪夢を見て飛び起きた。

 

「……っはぁ……はぁ……」

 

 真っ暗な部屋の中で他の三人の寝息だけが聞こえる。疲れているのか私が飛び起きても隣のルザも寝たままだ。枕元に置いてある布の塊からパンムーも出てこない。

 布団をめくったため冷えた空気が肌を撫でて、寝てる間に汗をかいていた体が急激に冷え始める。私は横になりながら再び布団をかぶって自分の胸を押さえた。悪夢の内容は覚えていなかったが、鼓動がまだドキドキしていて落ち着かない。

 そして例の寂しい感情が胸の中に大きく広がっていた。

 

 なに……本当になんなの、これ。

 

 さすがに今の自分の状態がかなりマズいという自覚は湧いてくる。このまま放っておけばもっと大変なことになるのではないかという不安が胸の中に渦巻いた。冷や汗をかきながら私はぎゅっと目を瞑る。

 

 落ち着け。冷静になって考えればちゃんと原因はわかるはずだよ。一番初めにこれを感じたのはいつだった?

 

 ゆっくりと息を吸って吐きながら思い出していると、大講堂の様子が浮かび上がった。

 

 ああそうだ。初めてこの感情が出てきたのは社交パーティの時だった。アルスラン様の婚約者について大盛り上がりしている女性たちを見て寂しくなって、自分に近い人たちもお相手探しをしているのを見てまた寂しくなったんだ……。

 

 私はあの時と同じように自分の手をじっと見る。この世界に来てから全く成長していない小さな子どもの手。みんなは成長して変化していくのに、なにも変わらない自分の体。

 

 寂しい、寂しい……。

 

 心の奥底で誰かが泣いているような声がする。

 社交パーティのあともクラブメンバーたちの絆を感じた時にこの感情は出てきたし、この前アルスラン様の直筆のメモを見た時も勝手に涙が出た。

 

 寂しい、寂しい……。

 

 そうだ、私の中にこの寂しい感情が現れる時は決まって私が大事に思っている人たちとの絆を感じた時だった。炎爆に失敗する前はアルスラン様と一緒に戦った時を思い出していたし、今日はみんなからの差し入れをもらって心も体も満たされた。おそらくそれが引き金になっているのだ。

 私は無意識に掴んでいた左手首にあるヴァレーリアの刺繍のお守りに目をやり、それから首にかかっている誓いの布を服の下からそっと取り出した。それを見てこの布を貰う時に二人から贈られた言葉を思い出す。

 

永遠(とわ)の愛を捧げる」

 

 私がどれだけ長く生きようとも、二人からの愛情が変わることはない。この先もずっと私のことを大事に思うという言葉。あの時はその言葉がただただ嬉しく、幸せに感じた。だが今私の胸にはその幸せな気持ちと同じくらいの寂しさが存在している。

 そこで、ようやく私は思い当たる。

 

 ああ、わかった。この寂しさの正体は……いつか必ずやってくる別れに対しての寂しさだ。

 

 私は、これから長い時を生きる。ゆっくりと成長し、はるか未来で命を閉じる。その時にみんなはもういない。近くにいる大事な人たちとは違う理の中で生きているから、私がみんなと一緒に生きて死ぬことはない。いずれみんな先にいってしまう。

 

「——っ」

 

 そう思った途端、目から涙がはらはらとこぼれて、枕を濡らしていく。

 この世界に来てから私には大事な人が増えた。大好きな家族、クラブメンバー、アルスラン様……。そんな大事な人が増えれば増えるほど、別れの辛さも大きくなる。

 

 私はみんなと同じように生きて、成長して、死ぬことができない。いつかはみんな私を置いて行ってしまう。それが嫌なんだ。

 

 それが私の寂しさの、不安の正体だった。

 

「……」

 

 だがそれがわかったところでどうしようもない。寿命なんて誰にも変えられないことなのだから。

 

 結局……自分でなんとかするしかないのか。

 

 私は声を殺して泣きながら、誓いの布を強く握り締めて再び眠りに落ちた。

 

 

 その後行われた中間テストで、私は大きく順位を落とした。かろうじて順位表の端っこには載ったが、今まで一位以外をとったことがなかったので周りの人たちが驚いた顔を向けている。

 

 やっぱり……落ちちゃったか……。

 

 なんとなくそうなるだろうなと予想していた私とは違って、ハンカルやラクス、そしてファリシュタの顔がとてつもなく曇る。これでもかと眉に皺を寄せたハンカルが口を開いた。

 

「ディアナ……」

「へへへ、今回はハンカルに完敗しちゃったね。でもまぁ、十位以内には入ってて良かったよ」

「ディアナ……っ」

 

 私の様子を見ていたファリシュタがそう言って私の腕をむんずと掴み、談話室の外へと連れていく。彼女は私を掴んだまま玄関ホールを抜けて外に出ると、前庭の方へずんずん歩いていく。そして人気のないところまで来ると私の両肩に手を置いて顔を覗き込んだ。

 

「お願いディアナ、一体なにがあったのか教えて」

「ファリシュタ……」

「ディアナは大変なことがあっても絶対に成績だけは落とさなかったじゃない。落ち込んでもすぐに気持ちを立て直して、前を向いてた。それなのに今回は……」

 

 ファリシュタは泣きそうな顔になりながら、私の両手を握る。

 

「今、自分がどんな顔してるのか気づいてる? ディアナ」

「……そんなに悲惨な顔になってる?」

「悲しそうな顔してる。それに、耳、ずっと下がりっぱなしなんだよ」

「……そうなんだ。それは、酷いね」

「やっぱり監視がついたのがしんどかったんじゃない?」

「それは……多分違うよ。今は、あの人も居ないんだし……」

「ディアナ……」

 

 これ以上辛そうなファリシュタの顔を見るのが嫌で、私は彼女の肩口に顔を(うず)める。

 

「ファリシュタ……ぎゅーってして」

「ディアナ……」

「今はそうしてたい。お願い」

 

 私の言葉に応えるようにファリシュタはぎゅっと私の体を抱きしめる。背中に回された手が少しだけ震えていた。彼女の温もりを感じながら、私は心の中で謝る。

 大事な人との別れが怖くなって不調になっているなんて言えなかった。みんなの成長が羨ましいだなんて言えなかった。自分に近い人ほど言えないのだ。

 

 そんなこと言っても困らせるだけだもん……。

 

 今はこの寂しさが消えるまで耐えるしかないのだ。この苦しみを持っているのはこの世界で私だけだから。エルフは私一人しかいないのだから。

 

 

 

 

不調の原因を突き止めたディアナでしたが

自分にはどうしようもないことでした。

誰にも言わず耐えようとします。


次は 吐き出す場所、です。

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