三つのクラブ
アサスーラ先生が合図すると、教室の扉から何人かの生徒が入ってきて、ぞろぞろと教壇に上がった。ほとんどが女生徒で、そのうちの一人がアサスーラ先生と交代してマイクの前に立つ。
「今から社交クラブの説明をいたしますわ。わたくしはクラブ長でありサマリー国第一王女のストルティーナといいます。まぁ、みなさんご存知でしょうけど。今日はわたくし自ら社交クラブの紹介をして差し上げますわ」
え……サマリー国って……。
「なんか聞いたことあるような」
「き、昨日のあの王女様のお姉様だよ、ディアナ」
「ああ」
緑の髪に黄色の目、昨日の王女様とは違って垂れ目だが、眉がキリッと上がっているのでよく見ると妹と雰囲気がそっくりだ。
ストルティーナ王女は少々ざわつく教室を見回して目を細める。
「貴族社会において社交は最も重要なことであると、当然あなたたちもわかっているでしょう? 国を動かしているのは社交でのつながりですもの。その社交に学院にいるうちから慣れ、他国の貴族とつながりを持つようにするのが社交クラブですわ」
つまりコネ作りクラブということらしい。
「社交クラブに入れば社交の基礎はわかるようになりますし、わたくしのような高貴な身分の者とも話せる機会もございますのよ。あなたたちにとってはとても貴重な体験ではなくて?」
王女様の言葉に一年生がなんとも言えない顔になる。
おお……なんというか、言葉の端々に自分以外の貴族を見下しているのが感じられる……さすが、あの妹にしてこの姉あり、だね。
「わたくし、みなから頼まれたので仕方なくクラブ長をしていますけど、これからの貴族の質を上げるためだと思って協力していますのよ。ですのであなたたちの入部も歓迎いたしますわ。興味のある方は見学に来てちょうだい」
王女様は最後まで高慢な態度を崩すことなくそう言い放ち、胸を張ったまま後ろに下がった。
……この王女様にいけすかない王女役をやらせたらめちゃくちゃハマるね。絶対やってくれないだろうけどちょっと見たかったよ。
王女様の独特なスピーチにざわついていた生徒たちを見て、アサスーラ先生がゴホン、と一つ咳をしながら教卓の前に戻り、
「私が社交クラブの顧問をしていますので、なにか質問があれば気軽に。社交クラブは様々な国の貴族とお話しすることができるので、自分たちの知見を広げるためにも役に立つでしょう」
と柔らかい口調で生徒に説明した。最初からこの先生が説明した方が良かったんじゃないかと思う。
「十の月には大規模な社交クラブ主催のパーティがあるので、興味がある生徒はそれに参加して、クラブの雰囲気を知るのもいいと思います」
そう言って社交クラブの紹介が終わった。クラブ長の王女様は胸を張ってというかふんぞり返って、他部員を引き連れて教室から出ていった。最後まで特になにもしなかったあの部員たちは、ただの賑やかしだったのだろうか。
少々面食らいながら、私はファリシュタに話し掛ける。
「クラブ紹介としては……どうなんだろね」
「……う、うん」
「俺、絶対社交クラブには入りたくない」
ラクスがげんなりした顔をして言った。激しく同意だ。
私はメモに「社交クラブに拒否感がある生徒を勧誘しよう」と書いた。多分それなりの数がいるはずだ。
アサスーラ先生が教室の端に下がると、次はイケメンの先生が壇上に上がる。前の方に座っている女生徒たちが小さく声を上げるのが聞こえた。どこの世界でもイケメンを前にした女子の反応は似たようなものだ。
「やぁ、初めまして新入生諸君、私はアサン。普段は応用魔石術学の赤と黄の章を教えているから、君たちとは三年生から関わることになる。今日は顧問をしているシムディアクラブの紹介をするためにきたんだ。よろしく」
ふわふわっとした金髪に灰色の目で、頭にシンプルな帽子を被ったアサン先生はそう言ってニコッと笑う。たまらず前方の女生徒が黄色い悲鳴をあげた。
「シムディアクラブの顧問があんな優男なのか……」
「不満そうだね、ラクス」
「だってシムディアって言えば騎士のための競技だろ? もっと筋肉隆々の強そうなやつが顧問だと思ってた」
ラクスとそう話しているうちに、シムディアクラブの方も何人かの生徒が教室に入ってきた。みんな簡易鎧を着ていて、ガシャガシャと音を立てて壇上に上がる。
先頭を歩いていたサラサラの金髪に緑の目をした派手な顔立ちの男子が、教卓の前まで進んで新入生を見回した。
「こんにちは、俺はシムディアクラブ長のイバンだ。これからシムディアについて話そうと思うが、そもそもシムディアがどんな競技か知っている者は?」
その問いに、教室のあちこちからチラホラと手が挙がった。隣のラクスとハンカルも手を挙げている。
「ふむ、これくらいか。今挙げているのはほとんど男のようだが、女性も参加できる競技だから、ぜひ考えてみてくれ」
それからイバンは教室の前にある大きな白い石板に、シムディアのルールを書き出していった。
それによると、シムディアとは二チームにわかれて戦略を駆使しながら、実際に武器を持って戦うとても暴力的な競技らしい。
入学式が行われた大講堂でやる競技らしく、左右に分かれてリーダーが戦略を決め、攻撃を仕掛ける人とリーダーを守る人に分かれて戦う。
いやこれ、競技じゃなくて戦闘じゃん!
先に相手のリーダーの首に剣を突き付けた方が勝ちで、もちろん怪我人も出るし重傷者も出る。ただその場で癒しの魔石術がかけられるので問題はないらしい。
いやいやいや、学校のクラブでそんな本気の戦いするの? 嫌だよそんなの。
昨日イシークが言っていた手合わせが、本当の手合わせだと気付いてゾッとする。そういえばこの世界は国同士の戦いも、盗賊や獣との戦いも普通にあるのだ、私が考えるよりずっと戦闘は身近な存在なんだろう。
恵麻のころは世界のなかでも特に平和な日本で育ったからなぁ。私みたいに争いに慣れてない人の方が珍しいのかもしれない。
「でもこのクラブに女の子、入れる?」
「わわわ私は絶対無理……!」
隣のファリシュタが青い顔をブンブンと左右に振る。
「確かに女性向きではないけど、腕に自信がある女生徒が何人かシムディアクラブに入ってるって聞いたことはあるよ」
「ええっそうなの? すごいね」
ハンカルの説明に驚くが、そういえばヴァレーリアも勉強より戦う方が好きだと言ってた。彼女のようなタイプの女生徒だったらやれるのかもしれない。
「シムディアクラブの卒業生の中には、自国に帰って王宮騎士団に入った者も多数いる。将来騎士として活躍したい者はシムディアクラブに入ることを強く勧めるぞ」
そう言ってイバンが合図すると、部員たちが前に出て整列する。そして彼の言葉を復唱し出した。
「我らの勝利は」
「「我らの勝利は」」
「我らの中に」
「「我らの中に」」
「己を信じ、恐怖に打ち勝て」
「「己を信じ、恐怖に打ち勝て」」
「「力をこの手に!」」
「勝利を‼」
「「おお‼」」
部員の声がビリビリとした振動とともに教室に響き渡る。
「すごい迫力だね……」
「ああ、やっぱり騎士はこうでなくちゃな!」
ものすごい迫力に、顧問について文句を言ってたラクスも目をキラキラさせている。
私は絶対入りたくないけど、男の子たちには人気が出そうなクラブだね。
私はメモに「関わりたくないけど、いい声が出る生徒はいそう」と書いた。やっぱり体を鍛えてる人は声が大きい。それだけで舞台映えするだろうし、正直そういう人は演劇にも欲しい。
「シムディアクラブは放課後に大講堂で活動しているから、興味のある新入生は見学に来てくれ。それから二の月にシムディアクラブの大会が開かれるから、クラブに入らない人もぜひ見に来て欲しい。応援の声は我らの力になるからな」
イバンはそう言って部員とともに壇上を下りて教室から出ていった。イケメン先生はそのままアサスーラ先生の隣に戻る。
「あのイバンって人はザガルディの王子だったな」
「そうなの? ハンカル」
「ああ、第一王子で確か今は五年生のはずだ」
「五年生でクラブ長ってことは優秀なんだね」
「あの王子も黄の寮だぞ」
「あ、そうなんだ。……当たり前だけど大国の王子もいるんだねぇ」
まぁ自分には関わりのない人だろう、という感じで私がそう言うと、ハンカルが呆れた顔になった。
「なに他人事みたいに言ってるんだ。イバン王子もさっきのサマリーの王女も一級授業で一緒になるんだぞ、ディアナ」
「えっあ、そ、そっか。そりゃ各国の王族となれば一級の人だよね」
「いや王族がみんな一級ってわけじゃないぞ。うちの国の王族は二級がほとんどだし」
ラクスが頭の後ろに手を組んでそう呟く。ジャヌビ国は昔から一級の人が少ない国らしい。
へぇ、国ごとにもそういう違いがあるんだね。
アルタカシークはどうなんだろう? うちの王様は奇跡の魔石術使ってるくらいだから間違いなく一級だよね……。私もいつかこんな校舎を作ったりできるのかな。
そう思いながら大教室を見回してみるが、全く想像がつかなかった。
シムディアクラブが終わって、最後は魔石装具クラブの紹介に移った。真面目そうな男女学生が出てきて、いくつか魔石装具らしいものを机の上に並べる。
「ええと、顧問のテクナ先生が逃亡してしまったので、僕がクラブの説明をします」
今までで一番聞き取りづらいボソボソとした声で、一人の男子生徒が話し始めた。
「顧問が逃亡?」
「なんでだ?」
周りがざわざわとするが、魔石装具クラブの男子生徒は全く気にせず説明を始める。
「ここに並べたのは全て学生が学院に通っている間に開発した魔石装具たちです。これが『携帯灯』で魔石に触れるだけで狭い範囲を照らすことができます。こっちは『送風筒』でこうして風を起こして髪を乾かすことができます」
男子生徒はそう言って自分の髪にブオーっと風を当てる。風が思った以上に強かったのか、被っていた帽子が飛びそうになって慌てて送風筒を止めた。
なんか天然だなぁこの人……。あとあれがクィルガーが言ってた冷風しか出ないドライヤーだね。
「今開発に力を入れているのがこの水石を使った『水流筒』で、これをシャワー型にして寮のお風呂に取り付けられないか改良をしているところです」
そう言って手にしたのは携帯灯によく似た形の筒状の魔石装具で、男子生徒が筒の先端にあるフタのようなものを外して魔石があるらしい部分に触れると、筒の先から水がドバドバと溢れてきて、用意していたバケツに流れていく。
それを見て、おおー、と新入生から感嘆の声が漏れた。
へぇ、水が出る魔石装具とかあるんだ。これってアルタカシークみたいな砂漠の国にはめちゃくちゃ役に立つ発明なんじゃない?
「でもそれをシャワーにしたら冷たい水にしかならないんじゃ……」
「そこの君! 良いツッコミだね!」
前列の生徒がポロッとこぼした言葉に、説明していた男子生徒がズビシィ! と指を突き出す。突然テンションの上がった男子生徒に新入生が仰け反った。
「そう、このままでは水シャワーとしか使えないから、我々はここからどうにかお湯が出ないか考えているんだ。だが魔石装具の作り方はとても繊細で、なかなか思うように進まない。まぁ、それが楽しいんだけど。フフフ」
そう言って肩を揺らして笑う後ろで、同じクラブの部員たちもうんうんと頷いている。
魔石装具クラブは完全に理系オタクの集まりって感じだね。
「魔石装具の開発は三年生になってから授業でするけど、その前に魔石装具の開発に携わりたい人はうちのクラブに来たらいいよ。むしろ若くて柔軟な発想ができる人を随時募集してるので、どんどん来てほしい。女子もぜひ」
男子生徒はそう言ってちらっと新入生たちに視線を向け、
「女子もぜひ」
と二度言った。重要なんだね、そこ。
「三の月に魔石装具の新作発表と販売会があるから、その時に気に入ったものがあればぜひ買って自国に広めてください。それが開発者の評価に繋がるので。それでは以上です」
そう早口に言って、魔石装具クラブの部員たちは持ってきた魔石装具をささっと片して、そそくさっと教室から出ていってしまった。
「あ、行っちゃった……どうやって作るのかとか質問したかったんだけど……」
「魔石装具に興味があるのか? ディアナ」
「まあね。ラクスはこういうのは苦手そうだね」
「苦手だな!」
とても良い笑顔でそう言い切るラクスの向こうからハンカルが答える。
「魔石装具学の授業で習うからここでは省いたんじゃないか?」
「そっかぁ。でも魔石装具学の授業って結構後ろの方だったよね?」
「そうだな。興味があるならクラブの方を覗いてみたらどうだ?」
「ううーん……そうだねぇ」
あの人たちって基礎の基礎からわかりやすく教えてくれるかな?
私はメモに「クセが強そうなので要リサーチ」と書いた。
クラブの紹介が終わって再びアサスーラ先生が机の前に立つ。
「各クラブにはいつ入っても構いませんし、もちろんどこにも入らなくても構いません、強制ではありませんから。明日からは授業が始まりますから、各自で時間割を確認して行動するように。ここはもう自国の家ではありません、起こしてくれたり支度をしてくれる使用人がいないことに早く慣れて、学院生活を送るようにしてください」
そうしてオリエンテーションは終わった。
「みんなはどのクラブに入るか決めてるの?」
「俺はやっぱシムディアかなぁ。体動かしたいし」
「俺はまだ考え中だ」
ラクスとハンカルがそれぞれ答える。
「ファリシュタは?」
「わ、私もまだ……」
「ディアナはどうなんだ?」
「ふっふっふん。私は別にやりたいことがあるから、どこにも入らないよ」
私は目を閉じて腰に手を当てて胸を張る。
「やりたいこと?」
「今はまだ準備段階だから秘密。話せる段階に来たら言うから、その時は聞いてくれる?」
「ああ、いいぞ!」
「あ、ああ」
三つのクラブ紹介を見て私は少しホッとしていた。思ってたより人を選ぶクラブが多いのだ。とりあえずここ入っておこうかな? という気軽な感じのクラブがない。
きっとどのクラブにも入らないって人が予想以上にいそうなんだよね。演劇クラブに興味を持ってくれる人がその中にいるかもしれない。
よし、頑張るぞ!
ハンカルとファリシュタに不思議そうに見られながら、私は心の中で気合を入れた。
三つのクラブの紹介でした。
それぞれのクラブとも今後関わっていくことになります。
次からはいよいよ授業が始まります。
次は生物学の授業、です。




