計画書とオリエンテーション
部屋に戻り、家から送られてきた荷物を解いてそれぞれの居場所へセッティングしていく。というか、ほとんどが服だ。
私の髪や目の色に合う緑系の服が多いが、少し明るめのピンクや水色の生地のものもある。もちろん全てに見事な刺繍が刺してあって、普段着とは思えないほど豪華なものだ。
こうやって間近で手に持って見ると高級なものかどうかはわかるけど……あの嫌味王女様みたいに、ぱっと見て判断するなんてできないよね。
私は服を夏用と冬用に分けてクローゼットに掛けていき、服が入っていた籠をしまって小物が入ってる籠に取り掛かる。
「あ! コモラのお菓子ってこれだ!」
私の声にスカーフの中にいたパンムーが飛び出してきて私の手元を覗く。
籠の中に入っていた少し厚みのある箱を開けると、そこには様々な種類のクッキーがぎゅうぎゅうに詰まっていた。
「私が好きなジャム入りのクッキーもある! やった!」
「パムパム!」
私は思わずジャム入りクッキーを一枚口に入れる。ザクザクという良い歯応えと一緒に、ジャムとクッキーの美味しさが口一杯に広がる。
「んんんー! やっぱりコモラのクッキーが一番美味しい!」
ジャム入りだけじゃなく、ナッツ入りやシナモンのようなスパイスが入ったもの、ドライフルーツが入ってるものもある。ドライフルーツはアルタカシークの特産なので、どうやらこっちに来てから作った新作クッキーのようだ。
クッキーは日持ちするし、これだけあれば誰かにあげたりもできるよね。
私はクッキーの箱をリビングの本棚の小物ゾーンに置いた。
荷物の中にはパンムーのご飯である果物もたくさん入っていたので今日の分をあげると、パンムーは喜んでそれをかじりだす。
その他の荷物もあらかた出してセッティングを終わらせ、私はリビングのテーブルに紙束を置き、つけペンを用意した。
「さて、始めますか」
紙束の表紙には「演劇クラブ勧誘企画書」と書いてある。これからの一年でどうやってクラブ勧誘をするか、その目的や手順を書いた計画書だ。
一ページ目には、最大の課題が書いてある。
「まず第一に演劇を見たことがない学生に、どうやって演劇の魅力を伝えるか」
いや本当、これが一番の問題なんだよねぇ。
恵麻時代の高校の時にミュージカル部を作ったが、あの時は前身である演劇部が存在していたし、演劇やミュージカルを見たことがない、知らないという学生はいなかった。
まずは劇とはどういうものか、っていうところからだよね。
計画書には「見せるしかない」と書いている。そう、見せるしかないのだ。口で説明するより見た方が早い、百聞は一見にしかず。
ただ私しか演技できる人がいないから、一人芝居を見せることしかできない。
しかし私がやりたいのは複数人での劇だ。最初は少人数でもいいけど、後々は大人数で演出も派手にしたものを発表したい。
ここの学生に、まずは複数人での劇の面白さを伝えたいのだ。
せめてもう一人芝居の相手がいれば、セリフの掛け合いができるから盛り上げられるんだけどな……。
私はその項目に「もう一人、芝居をしてくれる人を見つける」と書く。
あとは面白い脚本探しだ。これもかなり重要な課題で、これの出来によって学院の生徒が演劇に興味を持ってくれるかどうかが決まる。
貴族の子どもが思わず見入ってしまう題材にするのが大前提なので、それが一体どういうものなのかリサーチしなければならない。
生徒へのリサーチをしつつ、面白そうな物語の本がないか図書館で調べてみないとね。
私はその予定を計画書に書き出す。企画書、なんて格好いいタイトルを付けたが、要はやることリストをメモしているだけだ。でもそれだけでも楽しい。
やっぱりやりたいことに向かって動いている時が一番生きてる! って感じがするよ。
エルフであることを隠さなければいけなかったり、私をよく思ってない生徒がいたり、警戒しなければならないことはあるけど、こうやってエンタメについて考えてる時だけはそんな心配事からは解放される。
私はその後も夢中になって計画書と向かい合った。
翌朝、ファリシュタと合流して食堂に向かう。
「おはよう、ファリシュタ。よく眠れた?」
「おはよう、ディアナ。うん、よく眠れたよ」
「そうなんだ。相部屋で過ごすのって初めてだろうから大丈夫かな? って思ってたんだけど」
「あ、う……うん。誰かと同じ部屋で寝るのは、私は大丈夫みたい。他の子はあまり眠れてなかったみたいだけど」
そうなんだ。ファリシュタがそういうタイプなのが意外だ。
「ディアナは?」
「実は興奮してあまり眠れなかった」
「え? 興奮して?」
「これからの学院生活を想像したら楽しくなっちゃって」
そう言うとファリシュタは目を瞬いたあと、ふふふと笑って、
「やっぱりディアナはすごいね。学院生活をそんな風に楽しみにしてる新入生は他にいないと思うよ?」
と言った。まぁ確かに、新しいクラブを作るために鼻息荒く計画立ててる学生なんていないかもしれない。
食堂は談話室と同じくらい広い部屋で、壁際から二メートルくらいが通路用として開けているのでそこを通って前の方へ歩いていく。通路以外は床が一段高くなっていてその上に食事用のテーブルがずらっと並んでいた。
あれだ、スーパー銭湯とかによくある、ご飯食べたりするあの広い小上がりみたいな感じ。規模が全然違うけど。
朝食はビュッフェタイプのようで、みんなが順番に自分のトレーを持って食堂の前の方に並んである料理から好きなものを選んでいく。
貴族のパーティにはこういう形のものもあるようで、特に学生は戸惑いもなく選んでいっていた。
「新一年生は奥にある昼食を持っていくことも忘れずに」
うちの階の監督生がそう声をかけている。朝食を選んだあと言われたところに行くと、そこに紙袋に包まれたパンサンドがたくさん置いてあった。これを持って授業に行って、校内で昼食を取るというシステムらしい。
ちなみに夕食の時間はきちんと決まっていて、一年から三年が先に食べ、そのあとに四年から六年が食べる。さすがに寮の全員分を一度に賄うことはできないようだ。
私は昼食の紙袋をトレーに乗せて、ファリシュタと一緒に席に着く。朝食は時間内であればいつ来てもいいので、食堂の中はこれから食べる人や、食べ終わって出ていく人がいて騒がしい雰囲気だ。
お昼がパンということで、朝食にはピラフを選んだ。しかも小さなシャリク付きの。
朝からシャリクが食べられるなんて幸せだ。
お貴族様らしくシャリクは串から外されてピラフの上に乗っているので、ピラフごとスプーンで掬い口へ運ぶ。
「んんー! 美味しい」
隣でその様子を見ていたファリシュタが眉を下げて笑っている。
「ディアナはとても美味しそうに食べるんだね」
「あ、それ家でもよく言われた」
「シャリクが好きなの?」
「うん! 前にね、街の屋台のシャリクを食べたことがあって、それから大好きになったんだ」
「えっ屋台のものを食べたの?」
「あ、これは秘密ね、秘密」
普通の貴族は屋台で買ってその場で食べるなんてことはしない。私が口の前に人さし指を立てて、シーというジェスチャーをすると、ファリシュタも声をひそめて私に言う。
「……私も、屋台のシャリク食べたことあるから、わかるよ。美味しいよね」
「そうなんだ。ファリシュタも……」
それを聞いて、私たちはお互いに見つめ合ってふふっと笑った。
朝食を食べた後、昼食と筆記具を持って校舎へ向かう。学院の敷地はかなり広いので、早めに向かわないと授業に間に合わないということもあるらしい。
図書館の横を抜けて、コの字になっている校舎の先端部分にあたる場所へ向かう。こちらにも校舎の出入り口があって、校内に入ったすぐのところに地下へ行く階段があるのだ。出入り口の扉の前には上級生らしき生徒が何人かいて、一年生の靴に洗浄の魔石術をかけている。
洗浄係みたいなのがあるのかな?
オリエンテーションが行われるのは入学試験を受けたあの大教室だ。地下二階に降りて廊下を進むと、すぐにソヤリと面接した部屋の前を通った。
ここって説教部屋って言ってたけど、どんな人がここに入れられちゃうんだろうね。音が外に漏れないようになってるから、しこたま怒られるんだろうか。
貴族の中で素行の悪い子どもなんて想像できないし、先生に怒鳴られてるのもイメージできないな。
そんなことを思いながらズンズン進んで、ようやく大教室にたどり着いた。
「はぁ……疲れた。この距離を毎日歩いてたら運動不足にはならないね」
「私はそれより校舎の中で迷いそうで怖いよ」
「確かに」
ファリシュタと座る席を探してキョロキョロしていると、「おーい」と中段の真ん中の方でラクスが手を挙げてるのが見えた。隣にはハンカルもいる。二人の隣が空いてるみたいなので、階段を上ってそちらに向かう。
「二人は迷わなかったか?」
「私たちはここで入学試験受けたから、今日は大丈夫だよ」
「そうなのか。俺たちはちょっと迷った。ハンカルの言う通り早めに出てよかったよ」
「ラクスはなんでも楽観的に考えすぎだ」
隣のラクスの向こう側でハンカルがため息をついている。
しばらくすると、カラーンという鐘の音が聞こえた。一回の鐘の音は予鈴だ。予鈴が鳴って慌ててやってくる学生たちが増える。
やがて本鈴である二回の鐘の音が鳴った、と同時に教室の扉から先生らしき人が二人入ってきた。見た感じ五十前くらいの中年の女性と、若そうな甘いマスクのイケメンなお兄さんだ。
中年の女性の方が壇上に上がり、教卓の前に立って話し始めた。教卓の上にはマイクの魔石装具が用意されている。
「みなさん、初めまして。私はこのオリエンテーションを担当するアサスーラといいます。普段は基礎魔石術学の赤と黄の章を教えているので、明日からの授業でもみなさんと会うことになるでしょう」
ふわっとした藍色の髪を肩まで伸ばし、スカーフを三角巾のように後ろで縛ってそのまま垂らしている。少しつり目がちな水色の目を細めて席に座る生徒たちをゆっくり見回した。
「本日は、入学式ではさらっとしか話せなかった授業内容や各時間割、一年を通して予定されている行事などを説明したあと、各クラブについても詳しく話しますので、覚えなければならないことがあれば自分でメモを取るように」
わぁ、今までで一番聞きやすい話し方をする先生だなぁ。声も落ち着いていて耳が心地いいよ。
私はそこに感心しながら、先生の言った通り紙の束と筆記具を取り出す。
「まずカリキュラムですが、一年生はまず何を置いても基礎を学ぶところからです。各色の魔石の基礎学を学び、その使い方を徹底的に練習します。同時に魔石学以外の一般教養の授業も始まりますので、みなさんは入試で終わったと油断せずに、一般教養もきちんと勉強するように」
え……ということは、入試の勉強の時に死ぬほどやった歴史や法律の授業もあるということ? うへぇ、せっかく終わったと思ったのにここに入ってもやるんだ。
周りの生徒も同じように感じた人が多いらしく、みんなげんなりした顔になっている。
「それらの授業に加えて、途中から各階級ごとに分かれた級別授業が始まります。一級の人だけは人数が少ないので上級生との合同授業になります。遅刻などで迷惑をかけないようにしてください」
六年生まで合わせても一教室で足りるとは、本当に一級の人は少ないらしい。
「テストは十二の月に中間テスト、四の月に学年末テストがあります。その二つの結果をもとに成績を五段階で評価します。全ての教科で五点を取った生徒は表彰もされますので、励んでくださいね」
う、きたよオール五点……。王様が言った演劇クラブ設立への条件の一つだ。
ぐぬぬ、頑張らないと……!
「ディアナ? 怖い顔になってるよ?」
「気にしないでファリシュタ。ちょっと気合入れてただけだから」
その後は図書館の説明と、一年の中でやる行事の話だった。そのほとんどがクラブ関係の行事だったので、そのまま各クラブの説明に流れていく。
やっとクラブ紹介の時間だ。他のクラブにあまり興味はないけど、演劇クラブを作ったら部員を取り合うライバルになるもんね……ちゃんとチェックしとかなきゃ。
ディアナが学院で演劇クラブを立ち上げるための
計画はこんな感じでした。
何事も計画を立ててる時が一番楽しかったりします。
次は三つのクラブ、です。




