ディアナの事情
黄緑色の長い髪を複雑に結い上げて、その上からまるで花嫁のような透けたヴェールをふわっと被ったその王女は、大きな琥珀色のつり目をさらにつり上げて私たちを順番に見たあと、なぜか私を睨んで言った。
「あなたは高位貴族のようね」
「え、なぜわかるんですか?」
さすがに王女様相手にタメ口は聞けなくてそう尋ねると、王女は馬鹿にしたような表情で私を見る。
「服の質が違うからに決まってるじゃない。そんなこともわからないの?」
「ああ、なるほど」
さすが王女様だ、パッと見ただけでどのくらいの貴族なのかわかるらしい。ちなみに私はさっぱりわからない。
「まあ! 本当に他国の貴族の質は低いこと! そんなこともわからないなんて」
そう言って周りにいるお付きの人らしい学生を見ると、その学生たちがクスクスと笑い出す。
なんというか、とってもわかりやすい高飛車王女様だね。
私はその言動に腹が立つより先に面白さが勝ってしまって、思わずその王女を観察する。
「まぁ、なにか言いたいことでもありますの? 王女の私に」
「あの、その薄手のスカーフとっても素敵ですね、私初めて見ました」
「あら、当たり前じゃない。このパルダはサマリー国で作られた最高級のものですもの」
「その布はアルタカシークにも入ってきてますか?」
「もちろん、他国がぜひにと頭を下げるので取引して差し上げてますわ。まぁ、そこら辺の貴族に買える値段ではありませんけど」
ほほほほほ、と王女はひと笑いしたあと「いけない、下々の者と話しすぎると頭が悪くなってしまうわ」と言って談話室を出て行った。
おおおー、すごい、なんて見事な嫌味王女様なんだ。ちょっと感動してしまった。
そんな私に他の三人は呆気に取られている。
「ディアナ……すごいな君は」
「ハンカル、そんな驚いた顔をしなくても」
「いや、いくら王女とはいえあんな態度で接してこられて平気でいられるなんて……」
「別に具体的に貶められたわけじゃないから全然大丈夫だよ」
「いやぁ、あそこであの布を褒めるとかできないぞ普通」
ラクスまで感心してそう言ってくる。
「それを言うなら、さっきのすごい空気の中で寮長に質問したラクスの方がすごいと思うけど」
「俺はなんも考えてないだけだからな!」
いやそこは考えようよ。
「私はさっきの王女様の言う通りあまり貴族のことに詳しくないから、じゃあ王女様クラスの人はどんな布使ってるのかな? と思って王女のスカーフについて聞いただけなんだけど」
「貴族のことに詳しくない? 君は高位貴族なんだろう?」
「んー、そうなんだけど、私ちょっと前に高位貴族の養子になったばかりなんだよね」
ハンカルにそう答えると、ずっと顔を伏せていたファリシュタが勢いよく顔を上げて私を見る。
「ディ、ディアナは養子なの?」
「へぇー!」
「高位貴族に養子とは珍しいな」
驚く三人に、私はあらかじめクィルガーと一緒に作った「ディアナの設定」を話すことにした。
「私、没落した貴族の出身らしいんだけど、なにも覚えてないんだ」
「え?」
「覚えてない?」
「辺境の館で記憶を失って倒れていた私を、とある騎士が見つけてくれたの」
私は数ヶ月前、アルタカシークの辺境にある貴族の館で発見された。
そこには没落した貴族が住んでいたのだが、ある日そこに通っていた使用人が館に入れなくなっていると通報してきた。
数日間様子を見たが館の貴族が姿を現すことはなかったので、騎士団に調査の依頼が出された。
たまたまその時その辺りの街に滞在していたクィルガーがその調査に参加し、館に踏み込むと、そこに眠りから覚めたばかりの私がいた。
私は喋ることはできるけど、その他の記憶を失っていた。館には他に誰もいなくなっていて、家族の消息はわからなくなっていたらしい。
「そんなことがあるのか」
「なんか事件の臭いがプンプンするな」
ハンカルの言葉にラクスが楽しげに答える。
その後、結局家族は見つからず、私がなぜ記憶を失って倒れていたのかもわからないまま調査は終了した。
「なんだ、わかんないままなのか」
「気になるな」
そこはスルーして欲しい。そういう設定なんだから。
問題になったのは私の行き先だ。その貴族は没落したとはいえ、貴族は貴族。どこかの下位貴族に養子にするかという話になった。だけどそこで、私が一級の魔石使いであることが判明した。
「ディアナは一級なのか?」
「そうみたい」
「それは下位貴族には荷が重いな」
ハンカルが納得した顔になる。
「なんでだ?」
「少し考えたらわかることだ、ラクス。下位貴族にいきなり一級の養子がきたら、その家は間違いなく身分が上がる。下位貴族に一級の子が生まれることなんて、ほとんどないからな。だが養子を手に入れたおかげで急に出世する下位貴族をよく思わない貴族の方が多いだろう」
「そう、私を養子に迎えた貴族は集中的に攻撃されるだろうし、私の命を狙う者も現れるかもしれないって」
「そうだろうな。いずれにしろ、争いの火種になる」
どうしたものか、と思案する中で私を見つけたクィルガーが、私を養子にすると手を上げてくれた。クィルガーは高位貴族で一級の養子を迎えるのも問題はないし、私もクィルガーに懐いていたのでその方がいいとお願いした。
そうしてクィルガーの養子になって、学院に入るまでたくさん勉強してなんとか合格した。
という設定だ。見つけたのがクィルガーだとか、私の記憶がないとか、本当のことも混ぜているので変なボロも出ないはず、とクィルガーと二人で作り上げたのだ。
「学院に入るための勉強に忙しくて、アルタカシークや貴族の常識を学ぶ時間がなかったんだよね」
「なるほど。だから詳しくないのか」
「だが記憶を失っているとは……かなり大変な状況なんじゃないか?」
ハンカルが真面目な顔で心配してくれる。
「家族のことを思い出せないのは辛いけど、でも今はここで生きることに精一杯だから、あまり気にしてないよ。養父様もとてもいい人だし」
「なぁディアナ、さっきから気になってたんだが、ディアナを養子にしたクィルガー様ってもしかして……」
「今、クィルガー様と言ったか⁉」
ラクスの言葉に被せるようにして、突然一人の男子生徒がこちらに向かって叫んだ。台に駆け寄ってバン! と手を置き、私を凝視する。
「クィルガー様の養子と聞こえたが⁉」
「あ、はい」
「クィルガー様とはアルタカシークのアリム家の長男で、王宮騎士団の英雄であるあのクィルガー様のことか⁉」
「英雄……は初耳ですけど、そうです」
「なんと‼ 噂では聞いていたが本当に養子を! しかも同じ寮になるとは! 感激だ‼」
そう言ってその男子生徒は台をぐるっと回って私の背後に移動し、私の顔を覗き込んで目をキラキラさせた。
この人、声がでかいよ……周りの視線が痛いんですけど。
近くにいる生徒たちが自分に注目しているのを感じて、ちょっといたたまれない。
もう少し声を抑えて、と言おうとしたところで気付いた。男子生徒は銀の髪に赤い目だ。
「あ、もしかしてカタルーゴの人?」
「そうだ! 俺はカタルーゴ国のイシーク。三年生だ。クィルガー様は同じカタルーゴ人として、我が国でもとても尊敬されているんだぞ!」
「そうなんですね」
「ここであのクィルガー様の子に会えるとは……! これからもよろしくな、ええと」
「ディアナです」
「ディアナ、君はアリム家の養子になるくらいだから優秀なのだろう? 今度手合わせしないか?」
はいぃぃ⁉ 手合わせ⁉
「む、無理ですよ! 私騎士として鍛えてるわけじゃないですから!」
「なんと! それは残念だ!」
イシークは「もし興味があったらシムディアクラブに顔を出してくれ! 歓迎するぞ!」と言って席から離れていった。
……なんて存在がうるさい人なんだ。
今の会話を聞いて周りの貴族がコソコソと喋ってるのが聞こえる。「アリム家といえばアルタカシークの名門ではなくて?」「そんな家の養子になれるなんて幸運だな」「どれだけ優秀なのか楽しみね」と小声で囁き合ってるが、聞こえてるよ、エルフだもの。
なんか、いきなり注目されちゃったな。
やれやれとため息をついて横を見ると、ファリシュタがその空気に飲まれて完全に顔色を失っていた。
「ごめんねファリシュタ、こんな空気になるとは思わなくて」
「……! あ、ううん、だ、大丈夫……ディアナ……は、すごいね」
「え?」
「だって記憶を失ってたり大変な状況なのに、ちっともそんな雰囲気出さないし、王女様やさっきの先輩にも動じずに対応してるから……」
「確かに、ディアナは肝が座ってるな」
ファリシュタとハンカルにそう言われて少し照れる。
「そうかな?」
「ああ、私は空気を読みすぎて言いたいことを我慢することも多いから、ディアナのようにはっきり物事を言葉にできるのは羨ましいぞ」
「ハンカル、それって、私とラクスが一緒ってことじゃない?」
「む? 確かにそうだな……」
「ディアナは俺と一緒か!」
「嬉しくないよ!」
そう言ってみんなで笑っていると、そんな私たちを見てヒソヒソ喋っていた人たちも別の話題に移っていった。
空気が少し変わったことにホッとしていると、ふと耳に誰かの独り言が聞こえた。
「元は没落した貴族のくせに……」
エルフの耳でその声を捉えた私は、バッと声が聞こえた方向を振り返る。だがたくさんの貴族がお喋りしている中で、その声の主を見つけることはできなかった。
……まぁ、そう言う人もいるよね。
高位貴族に養子になることで、その家が攻撃されるということはないけど、急に高位貴族に仲間入りした私のことをよく思わない人は出てくるのだ。
この設定を作った時に、その心配事についてクィルガーが言っていた。「大人の貴族については、アリム家が対応できるから心配ないが、子どもは別だ。急に高位貴族の養子になったお前のことをよく思わない子どもは必ずいる。そいつらには気をつけろよ」と。
そりゃまあ、生まれた時から高位貴族でその教育を受けて育ってきた子どもにとったら、没落貴族なのに突然高位貴族になって自分と同じ扱いを受けてる子を見たら面白くないよね。
でも私、没落貴族どころかエルフですけど!
作った設定に振り回されてしまう他の貴族には悪いけど、これが設定だとわかっているから、陰口を言われたところで私はなんにも感じない。
とりあえず、変なことされないように気をつけよう。
それから歓談の時間が終わり、私たちは台を降りて談話室の入り口に向かう。
「ディアナ、俺も一級だから一級授業の時はよろしく」
「ハンカルもそうなんだ。こっちこそよろしくね」
「げっハンカル一級なのか! 勉強は全面的にハンカルに頼ろうと思ってたのに!」
「自分のことは自分でなんとかしろ、ラクス」
「同じ部屋のよしみでそこをなんとか!」
「絶対嫌だ」
ハンカルに縋り付くラクスを見て笑いながら、
「まだ授業も始まってないのに」
と言うと、
「ディアナ、俺の頭の悪さを舐めないでくれ」
となぜかいい笑顔で返された。
そのセリフは笑顔で言うことじゃないと思う。
談話室を出て階段を上り、男子二人と別れてファリシュタの部屋の前で歩みを止める。
「明日からはオリエンテーションか」
「ディアナは今日これからなにするの?」
「家からの荷物を解いて部屋のセッティングして、あとは少し勉強する」
「そっか……勉強家なんだね、ディアナは」
勉強というか、演劇クラブの設立に向けての計画書の見直しなんだけど。
「明日の朝食は一緒に食べよ? ファリシュタ」
「うん」
そう言ってファリシュタと別れて自分の部屋に向かう。服のポケットから鍵を出して自室の扉の前までくると、斜め向かいの部屋から女生徒が出てきた。
「あ、今朝の」
そこにいたのは、入学式の受付で並んでいる時に後ろから話しかけてきた、あの聖女みたいな子だった。
その子は私と目が合ってニコッと笑ったあと、廊下を楚々と歩いていく。
あの子も個室ということは、高位の貴族なのかな?
いかにも品の良さそうなお嬢様、って感じだもんねぇ。
「私も、もう少しお嬢様教育を受けた方が良かったのかな?」
そんなことを思いながら、扉を開けて部屋に入った。
後々説明するのも面倒なので
さらっと自分の事情を話しました。
この設定には王やソヤリの意見も入っています。
次は計画書とオリエンテーション、です。
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