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お風呂と魔石装具


 夜、私は宿の部屋にあるお風呂場で驚きのあまり固まっていた。

 この世界に来て初めてのお風呂だ。移動の間は洗浄の魔石術を全身にかけて綺麗にしていたためそんなに汚れてはいないが、やはりお湯で洗えるのは嬉しい。

 安い宿は水しか出ないらしいがこの宿はお湯も出る。そしてシャワーもある。

 

 この世界でシャワーを発明した人は天才だよ! ありがとう!

 

 このお風呂のためにヴァレーリアが新しい服を買ってきてくれていた。若草色の生地に桜色の刺繍がしてある膝下まである上着と、同じ柄のセットの足首まであるダボっとしたズボンだ。

 それからその下に着る上下の肌着。この世界の下着はいわゆるパンツみたいなものではなく、どちらかというと股引きに近い膝下まである細身のズボンである。

 パンツがないことに初日に気づいた時はびっくりしたが、この世界に来てから色々ありすぎてそのうち気にならなくなった。

 下着にも刺繍がしてあるので洗濯はどうするのかと思ってるとヴァレーリアが洗浄の魔石術で綺麗にするんだと教えてくれた。なんて便利なのだ魔石使いは。

 

 魔石術が使えない平民はどうしているんだろうね……。

 

 一人で入れる? とヴァレーリアに聞かれたが流石に貴族のお姉さんと一緒に入るのは遠慮した。一応中身は二十歳前の成人なのだ。なんとなく恥ずかしい上にヴァレーリアの裸は私には刺激が強すぎる気がする。 

 そうしてお風呂場に入ったのだが、そこにある鏡を見て死ぬほど驚いた。そこには信じられないくらい美少女なエルフの姿がはっきりと映っていたのだ。

 

「うわぁ……すごいな」

 

 透き通るようなサラサラの金髪は腰までまっすぐ伸びていて、前髪はセンター分けで顎のラインで外ハネになっている。

 幼さの残る顔立ちは自分でも愛らしいと思うし、大きな青い目も印象的だ。そして長い耳。思わず手で摘んでみょんみょんと引っ張り、それが自分の耳だと確認する。

 

 ほわー……本当にこれ私の耳なんだ。

 

 私は服を脱いで全身を確認する。肌も白くてすべすべもちもちだ。幼いから当たり前だが化粧水なんていらない、なにもしなくてもこの肌なのだ。恵麻時代を思い出してその違いに愕然となる。

 顔と身長から推測するにこの体は十歳から十二歳くらいらしい。エルフなので実際の年齢はよくわからないが。

 

 この世界のエルフも美しい造形をしてるんだなぁ。これでエルフが禁忌の存在じゃなかったら確実に勝ち組ではないか。

 くぅ、惜しい。

 

 そんな風に自分の境遇を悔しがりながら私はお湯を出してシャワーを浴びる。

 

 あぁー気持ちいぃー。生き返るぅ。

 

 ここは寒い地域なのでバスタブもあるが流石にお湯に浸かっている時間はない。このあと男性陣が入るのでささっと済ませて出なければならない。

 ちなみにシャンプーとリンスはない。全身に使える液体石鹸でダーっと洗うだけだ。そして女性はお風呂から上がったあと髪を乾かす時に香油を塗るらしい。

 

 お風呂を終えて着替えると、二つある扉のうち片方の扉を出る。そこは女性部屋になっていて先にお風呂から上がったヴァレーリアが待っててくれていた。お風呂場から出てきた私を見て、居間に繋がるもう一つの扉に向かって「ディアナが上がったからお風呂いいわよ」と声をかける。

 この世界では髪を全部出した状態を異性に見せるのは、はしたないこととされていて、お風呂上がりの姿を異性に見せないためにお風呂場には二つ以上の扉が用意されている。

 家族であっても見せないし、一歳時からお風呂は男女別なのだそうだ。そんな決まりがあるので、髪の毛を全て見せられる異性は夫婦という関係の中だけなのだという。

 

「ディアナ、香油を塗ってあげるわ。こっちにおいで」

 

 そう言われてヴァレーリアのベッドに上り、彼女の前に座る。バンダナを取って白いワンピースの寝巻き姿のヴァレーリアはいつもと違う雰囲気だ。リラックスした姿ではあるが、腕に魔石のはまったブレスレットをしている。魔石術を使う魔石はこうして肌身離さず持っておくんだそうだ。私もお風呂の時も魔石の指輪は離さないように言われている。

 

「ディアナの髪は本当に綺麗ね」

 

 そう言ってヴァレーリアが嬉しそうに私の髪を梳き、香油をつけてくれる。それは私の好きなローズの香りによく似ていた。

 

「これなんの香りですか?」

「南の方で取れるアティルという花の香りよ。ディアナには少し大人過ぎたかしら?」

「ううん、すごく好きな香りです」

 

 自分以外にこうやって香油をつけるのは初めてなのか、少し緊張した手つきでヴァレーリアが髪を触っている。彼女が私のために慣れないことを一生懸命してくれているのがわかって自然と笑みがこぼれた。

 

 次のお風呂上がりには私がヴァレーリアに香油を塗ってあげようかな。

 

 香油を塗ったあとは、部屋にある小さな暖炉の前に座って髪を乾かす。こういう時に長い髪は大変だと思う。私も恵麻の時はロングヘアで毛量も多かったためケアが大変だったのだ。

 

 ああ……ドライヤーが欲しい。

 

 そう思ったがこうして暖炉の前で髪を乾かす間、ヴァレーリアといろんな話をする時間も楽しいのでこれはこれでいいか、と思うことにした。

 

 

 翌日、買い出しから帰ってきたクィルガーに髪の毛の話をすると、彼は片眉を上げて口を開く。

 

「風の出る魔石装具だったらアルタカシークで売り出されてるぞ」

「魔石装具?」

「あー、魔石装具ってのは魔石と、奇石と呼ばれる変わった石を組み合わせて使う、便利な道具のことだ」

「奇石?」

「……見せた方が早いな」

 

 そう言ってクィルガーは腰袋から長さ十五センチほどの筒状のものを取り出した。トイレットペーパーの芯みたいな形といったらわかりやすいだろうか。

 木製のその筒の真ん中あたりをクィルガーが親指でスッとスライドさせると表面の木がずれて、下に約二センチ四方の金属板に埋め込まれた小さな赤い石が姿を見せた。

 その石をクィルガーが指で押さえると筒の先からパッと光が出てきて、筒の先にあるソファの背もたれに丸い輪郭の光が当たった。

 

 これ、懐中電灯だ!


 彼が指を離すと光が消える。

 私はそれを貸してもらってその筒を調べてみる。光が出てきた先端を見ると筒の中が少しだけ空洞になっていて、奥にポワッと光る丸い石が金属板にはまってるのが見えた。これが奇石というやつだろうか。

 

「それ覗いたまま赤い魔石を触るなよ。目が死ぬぞ」

「わかってますよ」

 

 私が筒の先をソファの前のテーブルに向けて赤い魔石を親指で押すとパッと光が出た。本当に懐中電灯だと驚いているとそれを見ていたヴァレーリアが羨ましそうな声を出す。

 

「やっぱりアルタカシークには魔石装具がたくさん売られてるのね。ザガルディにはまだ少ししか出回ってないわよ」

「学院が出来てから学生が魔石装具を作るようになったからな。毎年なにかしら新しい魔石装具が生まれてるぞ」

「いいわねぇ。学院の卒業生が国に戻って工房を運営してるみたいだけど、うちの国全体に魔石装具が行き渡るのはまだまだ先でしょうね」

「しばらくはアルタカシークの魔石装具商人から買うしかないな」

 

 どうやら魔石装具というのはこの世界では新しい商品らしい。その開発の中心となってるのがアルタカシークの工房らしく、他国には少ししか広まってないそうだ。

 

「魔石にはこんな使い方もあるんですね。これは魔石術とは違うものなんですか?」

「ああ。魔石術は使いこなすのにちゃんとした教育が必要だが、魔石装具は音合わせもなく触れるだけで作動するからな。魔石術のような大掛かりな術は使えないが、日常生活に便利なものが開発されているからこれからもっと広まっていくと思う」

「風を出す魔石装具ってどんなのなんですか?」

「それと同じように筒状になったもので、先から強風が出てくるんだ。髪が早く乾くって貴族の間では評判なんだが冬は寒い」

 

 なるほど、温風のないドライヤーってことか。確かに冬は寒そうだね。


 ちなみに魔石装具も平民には使えないそうだ。サモルとコモラは「貴族だけずるいです」「でも高いから僕たちには買えないけどねぇ」と言っていた。

 こう聞くと、アルタカシークは世界の中でも最先端の国のようだ。十年前に滅びそうになっていたというのが信じられない。

 その国を救った今の王様というのは本当に凄すぎるのではないかと思っていると、なにかを思い出したらしいクィルガーがコインのようなものを渡してきた。直径二センチほどの大きさの丸い金属板に、小さな赤い魔石と白い石がはまっている。紐を通せるような穴も開いていた。


「なんですか? これ」

「それを持っていれば、万が一おまえと離れても居場所がわかる。その魔石装具を肌身離さず持っていろ」

 

 なんとこの小さいのも発信機のような魔石装具らしい。この赤い魔石を触ると白い奇石から信号が送られ、クィルガーの持っている親機に方角が示される仕組みなのだという。

 ヴァレーリアがその魔石装具を見て目を見開く。


「そ、そんなものまでアルタカシークでは売られているの?」

「これはまだ開発されたばっかで市場には出てないものだから、秘密だぞ」

 

 クィルガーは国を出る前に試作品として渡されていたそうだが、一人で旅をしているから使う機会がなく、すっかり存在を忘れていたんだそうだ。

 とりあえず肌に触れていれば作動するようなので、ネックレスの紐に通しておいた。

 

 

 それから数日間、クィルガーたちが旅の準備をしたり情報を得るために外と行き来してる間、私は文字の勉強をしていた。


 外には出られないし、今後この世界で生きていくためには必要だし、なにより早くここの本を読みたかったんだよね。


 買ってきてもらった教科書のようなものを開くと日本語でいう「あいうえお」のような基本文字が並んでいる。私を一人にしないよう誰かが宿に残ってくれているので、その時いる人に読み方を教えてもらった。

 

 本当は発音をカタカナで文字の横に書きたいけど、ここで日本語書くわけにはいかないもんね……なんとか音だけで覚えなきゃ。

 

 そうして基本文字を覚えて簡単な単語を覚え始めたころ、窓の外から騒がしい音が聞こえてきた。プープープーやドンドンドン、など明らかに楽器のような音が聞こえる。

 

 え、楽器⁉

 

 それに驚いて窓に駆け寄ると、なにやら賑やかな行列が通りを歩いているのが見えた。一緒に留守番していたサモルが私の後ろから同じように外を覗く。

 

「ああ、旅芸人だね」

「え! あれが⁉」

 

 見るとノボリのような旗を持った人や、ラッパみたいなものや太鼓のようなものを持ってる人がいる。

 

「サモルさん! あれ、楽器じゃないんですか?」

「楽器? あれは音出しって呼ばれるものだよ」

「お、音出し⁉ あの、音楽はタブーなんじゃなかったんですか⁉」

「あんな風に単純に音を出すだけならなにも言われないよ? 音楽じゃないでしょ、あれは」

「音楽じゃない⁉」

「まぁ音楽のこと詳しくは知らないけど」

 

 なんてことだ……音を出すだけならオーケーなのか。もしかしてこの世界でいう音楽というのは、メロディがあるもの、ということなのかな。

 それよりどうしよう、旅芸人がそこにいる。今一番気になっていたものが。なんの出し物するんだろう? 手品かな? 劇かな? 気になる……めちゃくちゃ見に行きたい……!

 

「…………サモルさん、あれ、見に行けないですかね?」

「…………ディアナちゃん、それはクィルガーさんに聞かないと」

 

 その答えに私はぎゅっと眉間に力を入れた。

 

 

 

 

初めて見た自分の姿にびっくり。

魔石装具という便利グッズを知りました。

旅芸人が現れてテンションMAX。


次は 旅芸人と演劇、です。

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