旅芸人と演劇
「…………は?」
旅芸人の一団を見たあと、みんなが帰ってきたところで私はダメ元で旅芸人を見に行きたいとクィルガーに頼んでみたのだが、予想通りとても凶悪な目つきで睨まれて終わった。
……うん、わかってたよ……うん。
そう思いながらしょんぼりしているとヴァレーリアが助け舟を出してくれた。
「クィルガー、少しくらいならいいじゃない。ディアナもずっと部屋にこもりきりじゃ可哀想よ」
クィルガーはその言葉に憮然とした顔になる。
「……人がたくさん集まるところにディアナを連れて行くのは嫌なんだよ」
「四人で周りを固めて歩いたら大丈夫でしょう?」
「おまえ本当にディアナに弱いな」
そう言ってクィルガーがこちらをチラリと見た。私はすかさず両手を前に組んで目を潤ませて懇願する。
「お願いします! 少しだけ、ちょっとの時間でいいので!」
お願い、お願い、お願いぃぃという気持ちを込めて見つめると、クィルガーはしばらく顰めっ面をしたあとガシガシと頭をかいた。
「……はぁ。ったく、しょうがねぇな……」
「クィルガーもなんだかんだディアナに弱いわよね」
「うるせぇ」
やった! 許可が出た!
ダメだと思っていたのに言ってみるものだ。私は思わずサモルを見てお互いに笑い合う。
そうしてクィルガーの許可が出たので、私たちはすぐに準備を始めて外へと出た。
やったやった! この世界に来て初めての観劇だ!
エンタメ! エンタメを私にください!
私は会場まで飛んで行きたい気持ちを抑えて歩き出す。
私の前にクィルガーとヴァレーリア、後ろにサモルとコモラという配置で通りを進む。大人四人に囲まれて私の姿は周りから完全に見えなくなっていた。私は離れないようにクィルガーの上着とヴァレーリアのマントを掴む。
これで二人と手を繋いでいたら完全に親子に見えるね。
と思っていたら、
「コモラ、これ、親子に見えない?」
「見えるねぇ。可愛いねぇ」
と後ろの二人がコソコソ喋って笑っていた。
聞こえてるよ、二人とも。
しばらく進むと街の広場にたくさん人が集まっているのが見えた。奥に舞台のようなものがあって、旅芸人の人たちが何か準備しているのが見える。どうやら出し物はこれからのようだ。
受付にお金を払って目立たない端の方に場所を取ったが、どんどん人が広場に溢れてきて前も後ろもあっという間にぎゅうぎゅうになった。舞台前以外は立ち見なので、私の身長だと何も見えない。
困ったなと思って隣を見上げると、クィルガーと目が合った。彼は少し考えるとため息を吐いて口を開く。
「あんま大きな声出すなよ」
そう言って彼は私を片手でひょいと抱き上げた。
「わわっ」
いきなり目線が高くなって私は思わずクィルガーの肩を掴む。
ほわぁー、高い!
クィルガーの顔と同じ高さに自分の顔があり、舞台の方まではっきり見えた。背の高い人っていいなぁと羨ましがっていると後ろから笑い声が響く。
「これはもう……完全に親子だね……!」
「んふふふふ……っ」
それが聞こえたのだろう、クィルガーが振り返って二人を睨む。横を見るとなぜかヴァレーリアが「私が抱っこすればよかった……!」と悔しがっていた。
なんとなく気恥ずかしかったがクィルガーの腕の中は随分と安定してるので私は舞台を見るのに集中することにした。
旅芸人の出し物はジャグリングのようなパフォーマンスと簡単な劇だった。
大小のボールを一度にたくさん回す人がいたり、体のいろんなところから動物を出す人がいたり、小さなナイフをお手玉みたいにしてジャグリングしたあと標的に向かって次々と投げてお客さんから拍手をもらう人などがいて、なかなか楽しい。
パフォーマーたちがそうやってお客さんをツカんだあと、いよいよ劇が始まる。演目は子どもから大人まで誰もが知っている有名な昔話らしい。
「魔石術の父フィヤト物語」
昔々あるところにうだつの上がらない宝石商の男がいた。名はフィヤト。男は商売が苦手でどちらかと言うと何かを研究する方に向いていた。
ある時男は古い祠の中で大量に積まれている魔石を見つける。もう何百年も前に途絶えた魔女への奉納品だろう。役目を失ったその魔石は人々から忘れられその祠に放って置かれていた。
男は思った。この魔石が売り物だったら楽してがっぽり儲けられるのに、と。そして魔石を一つ手に取った。同行していた友人が「奉納品に手を出したらまずいぞ。何か天罰が下るかも」と注意したが、
「魔女はいなくなったのだ。今さら天罰なんて来ない」
そう言って赤い魔石を摘んでまじまじと見つめる。それは他の宝石にはない不思議な輝きを持っていた。そこでふと魔石には名前がついていたことを思い出す。
「赤い魔石の名前はなんだったかな……。確か、『キジル』とか……」
そう言った途端、魔石から音が聞こえた。男は驚いてそのことを友人に伝えるが「はぁ? 何言ってんだ」と友人は信じない。
男は友人に信じてもらうため自分と同じことをさせてみた。だが友人は音が聞こえないと言う。
不思議に思った男はそこに積まれていた魔石をいくつかとって街に持ち帰り、仕事仲間にも同じことをしてもらった。すると男のように音が聞こえた者と、全く音が聞こえない者がいることがわかった。
男はそこから研究に没頭した。この魔石には不思議な力がある。そしてその力を人間も使うことが出来るのかもしれない、と。
男は魔石から発せられる音に注目して研究を続け、その結果自分の中からも音が聞こえてくることに気付いた。
そしてある日、魔石術を発見する。
魔石術が世界の勢力図を変えるほどの力だと気付いた男は、自国の王に自分の研究を報告し、自分を保護してもらうことにした。魔石術に興味を示した王は男の研究と保護を約束してくれたが、そこで問題が起こった。
当時の王と王族の人たちはみんな魔石術が使えなかったのだ。
それがわかった途端、男は王に殺されそうになった。そこで九死に一生を得た男は自分を支持する仲間とともにそれを返り討ちにし、王を追放してその国の王様になった。
王様になった男はその後さらに魔石術の研究を進め、魔石交易でその国を豊かにし、今の魔石信仰の基盤を作っていくのでした。おしまい。
そんな感じで劇が終わり、私はそのエンディングの余韻のなさに目を丸くする。
「うええ? お、終わっちゃった……終わり方が突然すぎ……」
ううーん、内容は初めて聞くものだったから興味深かったけど……まぁこんなもんかな。
劇が終わり、周りから拍手が起こる。それから役者の人たちが舞台上で挨拶している間に私たちはさっさと人混みを抜けて帰路についた。
人が密集していない場所まで来るとクィルガーは私を降ろし、また行きと同じように固まって宿に向かって歩き出す。
「で、どうだったんだ? あれだけ行きたいと言ってた割に神妙な顔になっているが」
「んんー、パフォーマンスはレベルもそこそこでしたし、劇も話は面白かったですよ。ただ演出が今ひとつというか……盛り上がりに欠けるなって思ってただけで」
「演出?」
「全体的に素朴過ぎるんです。例えば演者が舞台に出てくる時にあのラッパみたいなものを鳴らしたり、劇の時も魔石を見つけたシーンでジャジャーンみたいな音を出して魔石に光を当てれば、もっと観てる人はワッとなったはずです」
そう言うとサモルが感心したように、
「確かに、そういうのがあるともっと盛り上がるね。見てるこっちも楽しいし」
と同意する。本当は音楽を入れた方が盛り上がるが、ここではそれはできない。しかし音出しというあの楽器があればもっと派手になると思うのだ。
私は気になったことをサモルに尋ねる。
「さっきの旅芸人のレベルはこの辺りの一般的なものなんですか?」
「そうだね、大体あんな感じだよ」
あれが一般的なものだとするとまだまだ改善の余地はあるし、レベルを上げられたらお客さんも増える。十分商売になるはずだ。
そこで私の頭がプロデュース脳に切り替わる。いや本当は演目を見る前から替わっていた。
この世界で、私は正体を明かせない。エルフということを隠してこっそり生きていくしかない。でもこのままクィルガーたちにずっとお世話になるのも嫌だ。ちゃんと自分で生きていけるくらいの手段が欲しい。
誰か信用できる人を代表にして、私はその裏方に回って商売ができないかな。できればエンタメ関係に携われる仕事で。
アルタカシークは商売人の街だから旅芸人もきっとたくさんいる。その中で新しいエンタメ集団を作れればいけるかもしれないよね。
問題は、お金だ。何をするにもお金がいる。あと教育。あ、そういえばアルタカシークで今一番注目を集めている商品は魔石装具だったね。
「クィルガー、魔石装具を作ったらお金貰えますか?」
「あ? そりゃ使える物だったら売れた分の何割かが入ってくるから金にはなると思うが。なんだ? 魔石装具を作りたいのか?」
「いえ、作れたら儲かるかなと思っただけなんですけど」
「おまえには無理だな。魔石装具を作るには特別な技術がいるし、技術屋がいる工房で一緒に魔石装具を作れるのは城勤めの役人か、学院に在籍してる学生だけだ」
「そういえば学生が作ってるって言ってましたね」
「学院のカリキュラムに魔石装具を開発するっていうのがあるからな」
「え、じゃあ学生のうちにとても役立つ魔石装具が作れたら、その子は大金持ちになれるってことですか⁉」
「大金持ちになれるかは分からんが、実際いいものを開発してお金を稼ぎ、それを元手に自国に帰って工房を作った学生なんかもいるぞ」
なんと羨ましい! 学生の身分でがっぽり稼げるなんて!
「クィルガー! 私も学院に入れませんか⁉ 学院に入れれば教育も受けられるし魔石装具を作って稼げるかもしれません‼」
「馬鹿! 国に入るだけでもギリギリかもしれないのに王のお膝元の学院になんて入れるか!」
そう言って左手で思いっきり頭を掴まれる。
「いだだだだだだだだっ」
「そもそも学生になるにはちゃんとした貴族の身分がいるし、それなりに厳しい試験と面接があるんだぞ!」
「わかりました! わかりましたよ! ちょっと言ってみただけですって! いだいぃ」
「クィルガー!」
そこでヴァレーリアに怒られてクィルガーがやっと手を離してくれた。私はじんじんする頭をさする。
……ちぇっ流石に学院入りはハードルが高いかぁ。他に何か稼げる手はあるかな。
そんなことを考えているといつの間にか宿の玄関に戻ってきていた。私は部屋に戻る前にトイレに行かせてもらう。
この世界のトイレは貴族用と平民用で分かれていて、貴族用のトイレは設置代が高いのでこういう高い宿でも受付のある一階にしかない。トイレに行きたくなったらいちいちここまで降りてこなくてはいけないのだ。貴族なのにおかしいのではと思ったが、そもそもこんな街中の宿に泊まる貴族は滅多にいないんだそうだ。
しかも私の場合いつもトイレ前までヴァレーリアの付き添い付きなのでちょっと気が引ける。
貴族女性にそんなことさせるのは本当に申し訳ないんだけど……。
そう思いつつトイレの扉の前でヴァレーリアに待っててもらい、貴族用のトイレに入る。ここのトイレには二つの個室があって、隅の方には換気のための窓が設置されている。
私は窓の側の個室に入った。ちなみにトイレは箱みたいなものに座ってするのだが、箱についてる青い魔石を触ると箱の中が綺麗になる仕組みになっている。そう、このトイレも魔石装具なのだ。
ちなみに平民は水洗になってるらしい。
下水がちゃんとある世界でよかった……なかったらきっと臭いとか酷かったよね。
それから服を整えて個室を出ると、窓の方から笛の音のようなものがわずかに聞こえた。エルフの耳でなければわからないほどの小さな音だ。
なんだろう? と窓の方を向いてじっと聞いていると、あることに気付いた。
「ん? ちょっと待って……これ、メロディーになってない⁉」
私はクワッと目を見開いて素早く窓に駆け寄って耳をそばだてる。
さっきの旅芸人たちが吹いているのかな?
音の出所を確かめようと両開きの窓を開けると窓の外は庭になっていた。時刻は夕方で薄暗く、風で庭の木がサワサワと揺れている。耳を澄ますと、遠くの方でまだ笛が鳴っているのが聞こえた。
私は目を閉じてその音に集中する。
やっぱりメロディーになってる……ゆっくりとした悲しげな曲だけど、これは音楽だ。音楽が聴こえる……。
ちょっと感動してその音を聴いていると、カサ、と何かの気配がした。
ハッと目を開けると、目の前にあの黒ずくめがいた。
「…………‼」
それに驚いて声をあげようとしたが、素早く口を布のようなもので塞がれた。その途端目の前がグラッと揺れる。
なに? まさか毒……⁉
ガクッと体から力が抜けて落ちていく体を黒ずくめが掴み、窓の外に引っ張り出そうとする。
ダメだ、このままじゃ……!
私は遠のく意識を気合いで呼び戻し、最後の力を振り絞って足でトイレの窓を蹴った。体にその衝撃とガラスの割れる音が響く。
そこで私の意識は暗転した。
演劇を見て頭をフル回転させていたら
突然の黒ずくめ。ホラーです。
次の更新は6/28、
攫われた私、です。




