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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
一章・偽りの英雄
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三話・厄災の門

 


 連れられて来た部屋には、飾るための物はなにもなかった。

 最低限の設備で、執務室の体裁は整えられている。

 しかし他にあるものといえば、壁に立てかけられたいくつかの武器のみだった。


 ただ置いてある物の質はいいため、質素というよりは質実に見える。

 そんな部屋で、アッシュたちは応接用の長椅子に腰掛けていた。


「しかし遅かったなぁ。あんまり遅いから俺は待ちくたびれて散歩してたんだぜ」


 テーブルを挟んで、グレンデルが同じように腰掛けていた。

 背もたれに腕を回し、くつろいだ様子で語る。


「すまない。道中の獣を掃除していた」


 遅れた自覚はあったので、寄り道の詫びを入れる。

 すると彼は納得したように頷いた。


「へぇ、それは頼もしいな。ともかくようこそ、ロデーヌへ」


 歓迎するように両手を広げつつ、彼は微笑む。

 このように好意的な対応を受けることは珍しかったので、ほんの少し戸惑う。

 だが特に何も言わなかった。


 アリスが口を開く。


「そういえばここ、騎士団長の部屋なんですよね? 勝手に入ってもいいんですか?」


 彼女は先ほどまで物珍しげにあたりを見回していた。

 けれど、ふと気になって聞いたのだろう。

 グレンデルは困ったような顔で腕を組むが、まぁ大丈夫だろ……と言葉を濁す。


「ここが一番快適だしな。信心深い親父なら、勇者殿に使わせて怒りはすまい」

「へー。で、親父さんはどこにいらっしゃるんです?」


 その問いに、グレンデルは少し考えて答えた。


「多分礼拝堂だろうな。騎士団の中にあるんだ。もうじき夕の祈りだろう? 親父は日に四度祈ってるから」


 アトス教には日に四度祈りの時間が設けられている。

 しかしその内、信者たちに強制されているのは昼と夜の祈りである。

 だが忙しい身で朝と夕も祈るなら、相当に信心深いのは確からしい。


「そら来た、鐘が鳴った」

「ん、そうですね。神官としては、信心深いと嬉しいなぁ」

「俺には期待されても困るけどね」


 話の流れに示し合わせたかのように、街に三度、鐘の音が響き渡った。

 祈りの時間の始まりには、聖堂や教会にある時計塔の鐘が三度鳴らされるのがならわしである。


「グレンデル、仕事の話をしよう」


 アッシュは言った。

 ここに来てまで無駄話をする気はない。

 自分が遅れておいてなんだとは思うものの、急かすように話を切り出す。


「あ、えっと。すまないな」


 グレンデルが頭を下げる。

 膝をぱしりと叩いて席を立った。

 そして部屋にある別の……執務用と思しき机の前に来て、引き出しをあらため始めた。


「…………」


 ガチャガチャと音を立てて、引き出しを開けたり閉じたりしている。

 その間、グレンデルはぶつぶつとひとりごとを口にしていた。


「これじゃないな……うわ、親父こんなの持ってたのかよ? は、マジか、親父、すげぇ……すげぇよ……」

「え、中身気になるんですが……」


 アリスが眉をひそめて言う。

 やがて目的の物は見つけたようで、グレンデルは戻ってきた。

 手には円筒型の紙束を持っている。


「じゃあ始めるか。これを見てくれ」


 グレンデルが机の上に広げたのは、細かい書き込みがなされた地図だった。

 さらに五色に塗り分けまでしてある。

 範囲としてはかなり広域で、ロデーヌを中心に……このダクトル地方の大部分を収めている。


 しかし、そのほとんどが黄色ないし赤に塗りつぶされていた。


「この地図は?」

「これは騎士団秘蔵のダクトルの精密地図さ。魔獣被害の状況に合わせて色分けしてあるんだ」


 具体的に言えば、白から青、黄、赤、黒の順番に被害が酷いらしい。

 それから、色々と説明が続く。


 しかしアリスの方は、真面目な話に興味はないらしい。

 ふいと顔をそらして、壁に立てかけられた剣をぼんやりと見ている。


「…………?」


 グレンデルが微妙な顔をする。

 さっきまで普通にしていたのに、突然このような態度になる意味が分からないのだろう。

 だが彼女に構う意味はない。

 アッシュは先を促した。


「あれは気にしなくていい」


 わずかに調子が狂ったようだが、グレンデルは話を続ける。


「あ、ああ。……で、アッシュたちには、支門の破壊と【門衛】の撃破を頼みたくてな」


 魔獣をばらまく装置である支門は、ただ無防備にそこにあるわけではない。

 それを守る、強力な怪物……門衛が立ちはだかっている。

 それが事態の解決を難しくしているのだ。


 さらに、グレンデルから話が続けられる。


「この地図を見れば分かるが、明らかにベルムの森の周囲の被害が激しいだろう?」


 真っ黒に塗りつぶされた、地図の中でも明らかに異質な区画を示して言う。

 それでアッシュにも話が読めてきた。


「なるほど」


 軽く相槌を打って続きに耳を傾ける。


「俺たちはここに門があると睨んでる。だからアッシュにも、森を捜索そうさくしてほしいんだ」

「分かった」


 被害が大きい場所……つまり魔獣が多い場所の近くに門があると考えるのは自然だ。

 魔獣を吐き出す装置を探すなら、当然の論理である。

 古くから人はそうやって魔獣を狩り出してきた。


「ありがとう。じゃあ、しばらく二人には騎士団の宿舎に泊まってもらおうか。その辺の案内も兼ねて……」


 きっと、このロデーヌでの過ごし方を案内してくれようとしたのだろう。

 けれどアッシュはその言葉を遮る。


「いや、俺はもう行くよ」


 やるべき事がはっきりしたなら居座る理由もない。

 アッシュの居場所は、屋根の下ではなく魔獣どもの巣窟だ。

 それに、可能なら今日の内に見つけ出し、さっさと街を去るつもりだった。


 なので、アッシュは一方的に席を立つ。


「アッシュ?」


 グレンデルが、戸惑いを含んだ声で呼びかけてきた。

 アッシュは構わず、地図を貰ってもいいかと許可を取る。


「すまないが、この地図は貰ってもいいか? それと、森の地図もあるなら貰い受けたい」


 グレンデルは釈然としない様子で頷く。

 どうしてこんなに急いでいるんだ……と、困惑するような気配があった。


「ああ。それは構わないが……」


 言いつつ、グレンデルは腰を上げた。

 先程の引き出しの前に立つ。

 そして、もう一枚地図を取ってアッシュに渡した。


「もう行くのか?」


 グレンデルの言葉を肯定する。


「早く始めるに越したことはないだろう」

「いや、司教に挨拶とか、しないのか……?」


 司教は、このダクトル司教領を治める権力者である。

 お伺いを立てろというのは分からない話でもなかった。

 が、アッシュはすげなく断っておく。


「勝手に話は伝わる」


 すると、それまで沈黙を守っていたアリスが口を開いた。

 神官である手前だ。

 実に面倒くさそうに語りかけてくる。


「いやいや、司教、というか領主には顔くらい見せるべきだと思いますよ。……ほら、歓迎パーティーとかしてくれますからね、きっと」


 しかしあまり行く意味を感じられなかった。

 教会は人造勇者を嫌っている。

 ありもしない歓迎の意を示す宴会に意味はない。

 その間に、魔獣の一匹でも殺した方が有益だ。


 道中の村で見たように、今も胸糞の悪い魔獣が人間を殺している。


「魔獣は宴会をせずに殺す。だから、俺もそうする」

「薄々気づいてはいましたが、とんでもない人ですね、あなた」


 そっけなく返すと、アリスは呆れ顔になる。

 手に負えないと思ったらしい。


「…………」


 と、そこでまた鐘が鳴った。

 今度は、先程の音とは違う方角から聞こえた。

 音色も少し甲高く、どこか……本能の部分に爪を立てるような、緊迫感や不快感を伴う音だった。


「また祈りの時間ですかね?」


 とぼけるアリスを一瞥した。

 すぐに視線を外し、アッシュはグレンデルに声をかけた。


「これは?」


 グレンデルは苦々しく表情を歪ませる。

 そして答える。


「敵襲だ。城壁の見張りが、敵襲に気づいたら鳴らすんだよ」

「なるほど」


 アッシュはそう言って、グレンデルに背を向けた。

 方角からして、西の城壁だろうかと考えながら。

 すると、グレンデルは安堵したような声を漏らす。


「助かった。正直もうそろそろこの街も限界だったんだ」


 その言葉に振り返る。

 アッシュは眉をひそめた。

 街の防備からして、もう少し余裕があると予想していたので。


「限界?」

「なんだかんだ一番防備が整ってるのはここだからな。……そのへんの村には、魔獣を相手せず、なるべくここに通すよう伝えてある」


 だから、限界だったということだ。

 つまりこの街は、他のぶんも魔獣を引き受けて戦っていた。

 それは、確かに限界を迎えておかしくないことだった。


「なるほど」


 そういうことならと、少し考えて口を開く。


「そういうことなら、アリスは街に置いていく。彼女は俺と違って、近くの街くらいならまとめて守れる」


 そういう能力なのだ。

 しかし、いきなり話題にされて面食らったのか、アリスは虚を突かれたような声を上げる。


「え、私ですか?」

「そうだ。君は街に残ってほしい」

「別に構いませんっていうか、歓迎ですけど……」


 そう言って嬉しそうな、それでいて何か困ったような顔をする。

 が、否定の言葉はなかった。

 特に異論はないものだと捉えて、アッシュはすぐに背を向けた。


「なら決まりだ。俺はこれから獣を潰してくる。……まぁ、司教にもいい挨拶になるだろう」


 そう言い置いて、アッシュは今度こそ部屋を後にした。



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