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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
一章・偽りの英雄
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二話・ロデーヌの街

 


 活気のない街だと、ロデーヌに足を踏み入れたアッシュはまず感想を抱いた。


 大陸では標準的な、荒壁の家々が立ち並ぶ景観は特に変わったものではない。

 それに決して人通りが少ないというわけでもない。

 忙しく通りを行き交う人の数は大都市にふさわしく多い。

 けれど人々の表情はどこか暗く、街全体が息を潜めるような静けさを纏っているのだ。


 そんなふうにアッシュが街を観察していると、背後からアッシュたちを険しい声が呼び止める。


「おい、お前何者だ。止まれ」


 その声にアッシュがゆっくりと振り向くと、そこには槍を持ってこちらを――主にアッシュのことを――睨みつける憲兵がいた。


 憲兵とは治安を維持するための存在であり、この国に法を行き渡らせる教会勢力の末端でもある。

 そして行く先々で職務質問を受けるアッシュにとっては、この上なく厄介な存在でもあった。


「なにか身分を証明するものはあるか?」


 じりじりと近寄りながら身分の証明を求める男は、見たところ三十歳ほどの男の憲兵だった。

 アッシュは頭をかいた。


「身分を証明、ですか」

「そうだ。紹介状とか……お前はなんというか、とても怪しいからな。証明できなければこの街に入れるわけにはいかない」


 百回は聞いたセリフにうんざりしながらも、アッシュは考えを巡らせる。

 身分を証明したところで、経験上そう簡単に信じてもらえるかどうかは微妙だ。

 押し問答はできる限り避けたかった。


 そこで成り行きを静観していたアリスが、何がおかしいのかにやにやと口を挟む。


「どこが怪しいんですか?」


 彼女の問いに、門番の彼は眉をひそめる。


「どこからどう見ても怪しいだろう。見ない顔だし血濡れだし、血なま臭いし、不吉な気配が溢れ出てるし」

「そこまで言うんですか。酷いなぁ。あはは」


 アリスは杖に寄りかかって楽しげに笑う。

 対して、憲兵は顔をしかめた。


「いや、アンタも十分怪しいぞ」

「え? なぜ?」


 彼女は笑みを引きつらせつつ疑問をぶつけた。

 だが憲兵は真顔のままそれを切り捨てる。


「変な首輪つけてるし。それにあんた喪服じゃないか。まともな人間には見えない」

「馬鹿な。もしそうだと言うのなら葬式は悪魔の儀式ですか?」

「そういう問題じゃないだろ……。とにかくあんたら、話を聞くからちょっと来い」


 きつく言ってアッシュたちに背を向け、同僚の元へと歩いていく。

 恐らくは詰め所かなにかにしょっぴくつもりなのだろう。


「身分証、見せますか?」


 アリスがため息をついて、気だるそうに聞いてくる。

 無言で首を横に振った。

 最悪の場合、どこか人目につかない所で眠らせてしまえばいいと思ったから。



 ―――



 憲兵は同僚と少しだけ話をした。

 そしてアッシュたちを引っ立てる。


「全く、お前たち何しに来たんだ。まだガキだろう」


 腹立たしそうに聞いてくる。

 ちなみに、従順だということで手錠は勘弁してくれていた。

 優しいのか厳しいのかよくわからない相手である。


「公務です」


 アッシュが短く返すと、憲兵は見るからに顔をしかめる。


「公務ぅ? お前みたいなガキが?」

「俺はそろそろ十八ですから。もう成人です」

「私はぴちぴちの十七ですからまだ子供ですね!」


 そんなやり取りをしながら憲兵と共に歩く。

 すると、街の人々が遠慮なく視線を向けてくる。

 込められているのは疑いに、少しの好奇だろうか。


 それを気にしていると思ったのか、憲兵が気遣うように声をかけてくる。


「ああ、気にするな。街の連中、ピリピリしてるんだ。戦役も酷いし、近々『骸の勇者』まで来るって言うからな……。不安なんだよ」


 アリスはその言葉に小さく噴き出した。

 一瞥いちべつもくれずに無視する。

 ただ、来ることを知っていたなら、身分証を見せれば話が通じたかもしれないと思った。


「どうした? 嬢ちゃん」


 憲兵の男が、突然笑ったアリスへ訝しげな目を向けた。

 彼女は誤魔化すように咳をしつつ答える。


「いえ、なんでもありません。……憲兵さん、骸の勇者はお嫌いですか?」


 その問いに、彼は難しそうに顔を歪めた。


「嫌いっていうか……。まぁ気味悪いよな。人を喰ってるとかそんな噂ばっかりだし。とんでもない化物だって話も聞くぞ」

「そうですか。それにしてもニンゲンって美味いんですかね?」

「お嬢ちゃん悪趣味だぜ」


 骸の勇者とはアッシュのことだ。

 だから、アリスは当てつけのつもりで話したのだろう。

 しかし嫌われていることなどはなから分かっている。

 気にせず黙っていると、何を思ってか憲兵が声をかけてきた。


「なぁ坊主。お前、名前は?」


 憲兵の声は、早くも親しみを帯び始めていた。

 それにどう答えるべきか迷う。

 本名は知られているだろうから、この流れでは口にしにくいと思ったのだ。


「……アッシュ=バルディエルです」


 迷った末に正直に言う。

 憲兵はくつくつと笑った。


「お前、死人みたいな顔してるくせに冗談を言えるのか」


 何も言わずに頭をかいた。

 すると入れ替わるようにアリスが名乗る。


「私はアリス=シグルムですよ、憲兵さん」

「そうか。俺はダンだよ。よろしくな」


 人懐っこく笑うダンにアリスは表情を曇らせた。

 知名度低いなぁ……と嘆かわしげに呟く。

 しかし、すぐに気を取り直した様子で口を開く。


「しかし、この街はどうなってるんですか? えらく賑わってると聞いていたのですが」


 アリスの問いに、ダンは苦々しく顔を歪めつつ答えた。


「魔獣どもだよ」

「魔獣、ですか」

「ああ、そうだ。去年くらいから急に増えた。話では近くに支門ができたとかなんとか……」


 地上にはびこる魔獣は、四体の魔王が守る【卵】から生まれる。

 そして卵は魔獣を世界中に撒き散らすため、主門という装置を生み出す。

 さらに、そこからまた枝分かれした装置が【支門】と呼ばれていた。


 下位の装置のため、支門は主門よりも吐き出す魔獣の数は少ない。

 それでも、一地方を揺るがすに足る脅威なのだ。


「最近は交易も途切れがちでな。モノも高いし、妻と息子を食わせるのも一苦労さ……」


 ダンがため息混じりに口にした。

 状況はかなり良くないようだった。

 アッシュはつい先ほど掃除した廃村の光景を思い返す。

 あのような悲劇も、もはやこの辺りではありふれているのかもしれなかった。


「へぇ、息子さんいるんです?」


 アリスが特に興味もなさそうに聞く。

 すると、固くなっていたダンの表情は綻んだ。


「ああ、まだ八歳でな。遅くにできた子どもはかわいいというが、全くその通りだね」


 アリスは別に子供が好きだとか、そういう訳でもなさそうだった。

 しかしでれでれと顔を緩ませるダンが面白かったのだろう。

 彼女はまた言葉を重ねる。


「あら、それはいいですね。お名前は?」

「アルスだよ。『聖炎の勇者』みたいになってほしくてな。……まぁ、今んとこはフリッツだけど」


 聖炎の勇者アルスは歴代でも特に人気が高い勇者だ。

 対して『金糸の勇者』フリッツは歴代でも最弱と言われ、ドジの強欲で知られる勇者だ。

 とはいえ、こちらも中々親しまれていて、決して人気がないわけではない。


 アッシュを蚊帳の外にして、ダンは楽しげに雑談を続ける。

 人が良いのは結構だが、彼はあまり憲兵には向いていなさそうだった。

 もはや尋問のことを忘れて、コーヒーハウスにでも入っていくのではないかと疑われる。


「お、ダンのおっさん。何してんだ?」


 それからしばらく歩いた頃。

 前から歩いてきた、軍服の青年がダンに声をかける。


「ああ、グレンデルか。怪しいやつらがいたから話を聞こうと思ってな」


 ダンが答えた。

 グレンデルと呼ばれた青年は、整った顔立ちをしていた。

 年齢は二十も前半だろうか。

 清潔に整えた金髪に、穏やかそうな青の瞳。

 しかし軟弱な雰囲気は全くない。

 胸に輝く無数の勲章に相応しく、屈強に鍛え抜かれている。

 そんな美丈夫が、親しげにダンへと笑いかける。


「嘘だね。なんか楽しそうにしてたし、また懐柔されたんじゃないか?」

「馬鹿、俺はそんな甘くないっての」


 ムキになるダンの言葉に、グレンデルはまた笑う。

 それからアッシュたちへと視線を向けた。


「おっさんは善人しか捕まえてこないって評判だからな。……街へようこそ、歓迎する。よかったら、名前を教えてくれないか?」


 呆れた様子のグレンデルの言葉に、アリスが興味深そうな表情を浮かべた。

 この分では彼女も気づいているだろう。


 このグレンデルという男は、アッシュたちが話をするべき相手だ。

 名はグレンデル=エラノール、『破戒騎士』として名高い男である。

 そしてエラノールといえば、このロデーヌを守る騎士団長の家だったはずだ。


「アリス=シグルムですよ」


 アリスが言う。

 そんな名乗りを聞いて、グレンデルも眉を動かした。

 どうやらあちらも思い当たったらしい。


「アリス=シグルム? あんたら……もしかして」


 彼はそう言って目を見開いた。

 アッシュは、懐から金細工を取り出して見せる。

 これはアトス教会の唯一神【大いなる月の瞳】のシンボルである。

 交差する杖、すなわち十字架を背景に瞳を刻んだ月のモチーフをしていた。

 そしてこの金細工は、勇者たる証でもあった。


 これで何者であるかは伝わるだろう。

 アッシュは首尾よく話が進んだことに安堵して、口を開いた。


「ああ、そうだ。……それで、そっちはグレンデル=エラノールだな? 支門破壊の任務のことで話がある」




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