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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
五章・獣の魔王
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三十八話・なれ果ての剣を

 



「それは、その……私、煽り過ぎたんです。…………本当、ごめんなさい」


 アッシュは驚いていた。

 今回の討伐においては、あらゆる事態を想定してきたはずだったが……それでも、こんなアクシデントが起こるということに。


 たとえば、突然書庫の床が抜けると考えぬように。

 作戦において、落雷の懸念を考慮しないように。


 ないと思っていたのだ。

 魔王が自ら、外に出て戦うことなど。


「…………はぁ」


 ため息を吐く。

 何が起こったのかは分からないし、アリスが悪いとも思わない。

 それでも、理不尽な現実にため息を漏らす。


「仕方ない。やろう」


 ただいつまでも浸るようなことはない。

 魔王の出現は感知できていたので、即座に行動を開始した。

 山刀を抜いて、左手に構えて歩く。


「まず、できる限りの準備をしたい。策は戦いながら考える」


 魔王戦に向け、色々と下ごしらえを続けてきた。

 その大半は無に帰したが、使えるものも残ってはいた。

 だから、細かい作戦はそれを形にした後でもいい。


 全員の前に出て、足を止めた。


「キメラ、例の仕込みを頼めるか?」

「はい。すぐに!」


 キメラが答えた。

 廊下を横切り、ゴーストと共に書庫の一室へと駆け込んだ。

 それを見届けながら、アッシュは『偽証』を使って廊下に足止めの障害物を造り続ける。

 また、敵は盲目なので有効そうなトラップも織り交ぜた。


「クソ、なんだよ。なんだよ。なんだよ! 作戦……沢山あっただろ……! せっかく、用意してたのに! なんで今来るんだよ……!」


 青ざめて、シドがそんなことを言う。

 完全にうろたえている。

 ノインが笑ってその肩を叩いた。


「詠唱をしましょう、シド様!」

「っ……ああ、もう分かったよぉ!」


 やけくそ気味にシドが応じて、弱音を吐くのをやめた。

 ノインは怯えてはいないようだった。

 肝が据わったのもあるだろうが、あまりに意味不明なことが起こるから、もう馬鹿らしくなったのかもしれない。


 そこに、サティアが声をかける。


「魔力回復薬よ。……ある分だけ、用意したわ、ケースに入ってる」


 金属の箱を抱えてサティアが言った。

 ノインへの言葉だ。


「ありがとうございます。持たせておきますね」


 ノインは、ハーピィの死体を操ってそのケースを持たせる。

 魔獣なら魔王にも狙われにくいし、必要とする者の元へと飛んで行けるからだ。


「飛んで」


 そう語りかけると、ハーピィは空へと舞い上がった。

 箱を抱えたまま、巻き込まれない場所で滞空する。


「あの……あの、あのぉ、本当に、本当に、ほんっとうに……ごめんなさいぃ…………」


 アリスが声を上げた。

 少し震えながら、泣きそうな顔で謝罪をしている。

 やはり彼女が悪いとは思っていなかったので、短く言葉を返しておいた。


「いいよ」


 それで、ようやく彼女も動き始める。

 半泣きで、頭から突っ込む勢いでテントに入って行った。

 杖を取りに行ったものと思われる。


「ねぇ、ことによると……これ、有利になったってことはない?」


 サティアが言った。

 障害物やトラップを用意しながら、無言で先を促す。


「敵は、書庫を壊すことができない……なら、部屋の中に隠れれば、相手は何も、できないでしょう?」


 その可能性はアッシュも考えた。

 破壊不能の室内に隠れて戦うことは。

 しかし、おそらくそう簡単ではない。

 手早く考えをまとめて答える。


「もし壊せないなら、魔王は外に出られない。あの扉は、獣化した状態で通れる大きさではないだろう?」


 ついでに言うのなら、なにか破壊音がしてから魔王は出てきたのだ。

 要は庭の入り口か壁を壊して出てきた可能性が高い。

 暗にそう伝えると、サティアはくつくつと笑いを漏らした。


「なるほど。しかし、アリスったら……どんな煽りを、入れたのかしらね?」


 法則が曲がるほどに怒らせたのがおかしいのかもしれない。

 呑気に笑う彼女には共感する気になれず、アッシュは軽く受け流しておく。


「さぁな」


 と、言ったところで。

 巨大な魔力が近づいて来ていると分かる。

 続いて重々しい足音が聞こえた。

 すでに近くまで来ているらしい。


「キメラ、まだか!」


 アッシュは声を張った。

 廊下の向こうにもう魔王の影は見えている。

 怒りのままに障害物を引きちぎりながら進んでいた。


 なので要であるキメラを呼ぶと、声が返ってくる。


「あと少しです!!」


 時間稼ぎが必要だと判断する。

 アッシュは障害物の生成をやめて、『偽証』で灰を生み出した。

 右腕を運用するための準備である。

 それをしながら、アッシュは暫定の作戦を伝えておく。


「サティア、俺はここで戦おうと思う。移動はしない」

「どうして?」

「ほかの衛兵に、鉢合わせたくないからだ」


 移動して、衛兵に会えば完全体の魔王が衛兵を引き連れることになる。

 それだけは避けたかったのでそう言った。

 すると、すぐに飲み込んでサティアが頷く。


「分かったわ」

「ありがとう。……俺は少し、時間を稼いでくる。ここは君に任せた」


 十分な灰が作れたのだ。

 前に出ようとすると、ちょうどアリスが戻ってきた。

 走ったのか、少し息を切らしている。


「援護します……!」

「ああ、頼んだ」


 短い会話のあと、肩に影の蟲が這う。

 アッシュは黒炎を使い加速した。

 一瞬で魔王の前に出る。


「……『焼尽イグゾースト』」


 さらに加速し斜め上に飛び上がる。

 すれ違いざま、左脇に刃を入れた。

 背後、上空から黒炎の弾丸を放つ。


「避けるか」


 魔王は弾丸を避け、アッシュに向き直ってきた。

 それからふと山刀を見ると、無惨にも刃が溶けている。

 敵が纏う炎の魔法に焼かれたか。


「…………」


 空中で、落ちながら魔王を観察する。

 その姿は、身の丈四メートルほどの獣人である。

 直立したシルエットは人に近くも見えるものの、近づけばすぐに誤解・・は解ける。


 まず目を引くのは、異様なまでに隆起した筋骨だ。

 骨格に力を無理やりねじ込んだかのような肉体は、生物としての均衡を完全に逸脱している。

 だが、それすら些細な問題に過ぎない。

 細部へと視線を走らせれば、底の知れない醜悪さが次々と露わになる。


 闇に溶け込む黒の獣毛、その奥に覗く肌はくすんでただれた病の温床だ。

 さらに顔貌も醜く、獅子と猿を無理やり合わせた形に、殺意を研ぎ澄ましたような鋭牙が並んでいる。

 加えて、盲目の眼窩は手荒く抉り取られたかのように、赤く虚ろで。

 直視すれば、正気が削れるような悪寒が背筋を這い上がる。


 だが。

 なにより歪なのは、両腕だろう。

 過度に肥大した筋組織は、魔王の巨躯にすら不釣り合いなほどで。

 しかも、腕の先……その手だけは獣のものではなかった。

 腕よりもさらに大きい、真白い人形の掌が不格好に縫い付けられているのだ。


 あるいは、それだけでも人の形を偽ろうとしたのか。

 真意は分からない。

 ただ、その存在のすべてが狂い、歪み切っていることだけは確かだった。

 邪悪に満ちたおぞましい姿で、獣の魔王は燃え盛る真紅に抱かれ、吠える。


「……黙ってろ、害獣が」


 鼓膜が破れんばかりの声量に悪態をつく。

 アッシュは空中で黒炎を操り、機動した。

 直後、立っていた場所が赤い波動に呑み込まれる。


「っ……」


 召喚獣の目を通しての感覚とはまるで違う。

 空間を削り取られる、という超常は肌が粟立つような危機感を掻き立てる。

 ぞっと背筋を凍らせていると、影の蟲を通じてシドの声が聞こえた。


『二層魔術『天弓フェイルノート』』


 雷に覆われた氷の矢だ。

 しかも数が多く、追尾までする。

 廊下を曲がりながら氷雷の雨が降り注いだ。

 魔王は反応こそしたものの、その動きが止まる。


『……アッシュ様、あたしも手伝います』


 ノインの声だ。

 見れば、炎の中位魔獣……メダクを宿したオークたちが、魔王の足にしがみついている。

 炎の中位魔獣であれば、魔王の炎にもある程度は耐えられるようだった。


 シドの魔術が命中し、魔王は血を噴き出して咆哮する。


「いい援護だ」


 大気を揺らすような悲鳴の中、感謝を伝えた。

 それからアッシュは次の方針を伝える。


「これから、俺は距離を取って戦う」


 その意図は、敵に魔法を使わせるためだ。

 逃げ回って黒炎で射撃戦を挑めば、敵も炎の魔法を使う。

 もしそうなれば、炎が効かないアッシュには有利だ。

 それだけで倒せはしないが、時間稼ぎはできるはずだった。


 と、いうことを伝えるとサティアから返事が来る。


『了解。あなたが一番速いから、そこは任せるけど……こちらでも、支援はするわ』

「ああ、十分だ。敵の足を鈍らせてくれ」


 これは一時の遅延でしかない。

 アッシュに炎が通じないと分かるまで、それまでの時間を稼ぐ。


「『焼尽イグゾースト』」


 右腕の力を使った。

 高速機動で縦横無尽に跳ね回りながら、危機感を煽る程度に黒炎を放つ。

 その間、サティアが音操作で支援してくれた。

 アッシュの音を全て消し、別の場所で音を立てる。

 盲目には効く撹乱だろう。

 さらにそれだけではなく、ノインが血液を操っていた。

 魔力を含む血液をちらつかせて、敵の魔力感知を鈍らせているのだ。


 そしてこのおかげで、ずいぶん動きやすくなったことが分かる。

 廊下を埋め尽くす規模の火炎を平然と受けて、アッシュは黒炎の弾丸を放った。


 命中する。

 しかし。


「……流石に、硬いな」


 歯噛みした。

 黒炎は確かに魔法の鎧を破り、魔王の肉を貫いた。

 しかし肉体の靭性が異常で、針ほどの穴しか開けられなかった。

 そんな傷では、瞬く間に塞がれてしまう。


『焦っちゃだめよ。時間稼ぎだからね』


 サティアが言った。

 手短に答える。


「分かってる。大丈夫だ」


 それから、一分ほど時間を稼いだ。

 敵は魔法を乱れ撃ったが、ことごとくアッシュには通じない。

 シドやアリスの援護も加わり、危なげなく生存することができた。


 しかし。

 それでも限界はある。

 魔王が気がついてしまったのだ。

 アッシュに魔法が効かないことを。


「――――――――ッッッ!!!」


 一層強く叫び、魔王が地を蹴った。

 書庫の床が粉々に砕け散る。

 異常なほどの速度でアッシュに近づいてくる。


「速い……!」


 決戦時のミケリセンに迫るほどの速度だ。

 つまり、今のアッシュでは対応できない。

 空間削りの右腕が唸る。


「もういい、下がりなさい」


 しかし、危ういところでサティアが間に合った。

 竜化して槍を振るい、魔王の腕を上手く逸らす。

 さらにアリスの竜が足に食らいついた。


 アッシュの左、ほんの数センチ先の空間が削れるも……無事で済んだらしい。


「みんなで戦いましょう」

「……まだ」

「いいから。魔法を……使わなくなっただけで、十分だから」


 そうだ。

 彼女の言う通り、今の撹乱は魔法を封じる布石でもあった。

 この狭い廊下で炎の魔法を撒き散らされれば、アッシュ以外は簡単に死ぬ。


 無駄と思わせることで使わせない、あるいは頻度を減らすことが必要だった。


『アッシュ様! 戻ってきてください!』


 ノインの声が聞こえた。

 同時に、五体ほどのハーピィの死体が飛来する。

 それらはリザードマンやワーウルフを抱えていた。

 接近したところで、その死体が魔王へと飛びついた。

 焼かれ、崩れた瞬間に……爆薬に引火して魔王が顔を背ける。


「…………」


 したたかな手だった。

 ミケリセンから学んだのだろう。

 彼女はいつも必死に学び進もうとする。

 苦悩しながらも前に進む姿には、勇気には、いつも眩しさすら感じていた。


「……分かった。そちらに戻る」


 黒炎を使って機動する。

 サティアは今のアッシュほど速くないので、歩幅を揃えつつ撹乱をした。

 敵の動きは飽きるほど見ていたので、二人ならなんとか、猛攻をかわしながら進めた。


 さらにアリスからの支援もある。

 巨大な吸血蝿が無数に飛び交い、魔王の意識を上手くそらした。

 こうした支援を活かして、サティアと共に後方まで戻る。


「流石に、強い……わね」


 かすかに息を乱しながら、サティアが言った。

 金色の瞳は、危機にあてられてか瞳孔が開いている。

 答える間もなく魔王が突っ込んできて、日輪のように巨大な火球を解き放った。


「!」


 ほぼ予備動作なしで、ここまでの炎を放つとは。

 アッシュは即座に前に出る。

 黒炎の弾丸で魔法を撃ち抜いた。

 手前で炸裂させられたが、余波までは防ぎきれない。

 ハッとして背後に振り向く。

 直後、冷気が吹き荒れた。


「舐めるなよ……魔王! 余波程度で、殺れると思うな……!」


 シドだ。

 ギフトを使ったか、金色のオーラを揺らめかせている。

 詠唱を破棄して極大の氷雪魔術を出したのだ。

 シドの魔術が、火球の余波を完全に払い除けた。


 サティアが賞賛の言葉をかける。


「見事ね! お薬も……ジャンジャン、使っていいわよ!」

「ああそうか! ありがとな!」


 魔力回復薬を受け取りながら、やはりやけくそ気味にシドが答えた。

 戦闘を継続する。

 そしてアッシュは、少しずつ動きを最適化する。

 他の人間がどう動いているのかを見る。


「…………」


 それぞれが何が得意で、何が苦手なのかを思い起こした。

 自分がどう動けば完璧になれるのかを導く。

 それでようやく、生存が安定し始める。


 連携の練度が上がり始めたところで、ちょうどキメラの声が聞こえた。


「できました、完璧です! 勝ちましょう!!」


 キメラが入っている部屋に目を向ける。

 ドアをこじ開けるようにして、次々と上位魔獣の死体が出てきた。

 それらは全て特別性だ。

 炎の中位魔獣を六匹、氷の中位魔獣を二匹、それぞれに体内に飼っている。


 炎の魔法に適応して生存できるだろう。


 そしてさらに。


 ダメ押しの切り札がやってくる。


 部屋の中から肉塊・・が投げ入れられた。

 地下の隠し書庫にあった沢山の椅子や机に覆われた、異様な形の肉塊である。

 それを見てアリスが苦笑した。


「……来ましたね。外道・元カレ・痴話喧嘩戦法」


 その言葉の意味は分からない。

 すっかり元気を取り戻しつつあることだけは分かった。

 しかし。

 ともかく、その肉塊は再生を始める。


「――――――ッッ!!!」


 魔王が吠えた。

 まるで、憎悪と恐怖をないまぜにしたような声だ。

 狂乱する獣の先で、肉塊は急速に形を取り戻す。


「…………」


 まず、手足が生えた。

 復元した胴に鎧が、罵詈雑言を記した鎧が張り付く。

 首無しの身体が立ち上がった。

 空間がひずみ、そのひずみに手を突き入れる。

 折れた剣を引きずり出した。


 最後に潰れていた頭部が再生し、醜い黒ウサギの顔が露わになった。

 そう、これは……例の黒ウサギの騎士だ。

 椅子や机が体に食い込んだ状態の。

 この書庫の全てに仇なす、裏切り者の騎士。


「仕上げです。寄生体を起動します」


 その言葉と同時。

 あらゆる属性の、ありったけの寄生体が起動する。

 騎士の不死性を鑑みて、負荷は一切考えていない。

 混沌の魔力に包まれた騎士は、さらに変化した。

 内からあふれ出た触手が、身体に食い込んでいた椅子などを絡め取る。

 そして、()()()()……すなわち、唯一の弱点の周囲へ、破壊不能オブジェクトを厳重に固定したのだ。


「さぁ、これでっ! 不死身にっ!!」


 改造マニアの血が騒いだか。

 キメラが誇らしげに、高ぶった声で叫んだ。

 魔王を見つけ、黒ウサギの騎士が吠える。

 残り全ての寄生体を身に宿し、キメラの支援と改造をも受けたのだ。

 その動きはすでに、以前とは比にならない。


 まさに、最強の刺客だ。


「―――――ッッ!!」


 呪わしい咆哮と共に。

 騎士は異次元の速度で駆け出した。

 それは奇しくも、かつて勇者になろうとした幻影だ。

 書庫を去り、成れずに、堕ち果てた黒いウサギが。


 その折れたつるぎを、高らかに、獣の魔王へと振りかざした。



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