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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
一章・偽りの英雄
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一話・骸の勇者

 


 烏が鳴く夕暮れの廃村には、いくつもの無惨な死体が晒されていた。


 干からびた人の骸、それからまだ血の滴る異形の骸。

 どれも劣らず凄惨な死に様を晒す亡骸の間を、ふらりふらりと歩くのは一人の少年だった。


 黒革の鎧を身に着けた彼は、鎧の上に外套がいとうを身に纏っている。

 外套は白い厚布でできていて、顔を隠すフードがついていた。

 しかし白の面影がないほど血に汚れていて、戦闘の中でフードも外れている。

 だから少年の姿を、今はつぶさに伺うことができるだろう。

 砂埃や血の汚れが纏わりつく黒髪。

 濃い寝不足の隈に縁取られた、どこか倦んだような黒い瞳。


 異様な雰囲気を纏う少年は、まだ息がある異形を見つける。

 その度に、手に携えた剣をずぶりと突き立てていた。


「毎日毎日殺してばかり。……楽しいですか、勇者様」


 不意に、そんな皮肉たっぷりの少女の声が少年へとかけられる。

 だが彼は声を無視して異形たちの息の根を止めていた。


 ぐさり、と。

 また剣を刺して少年はフードを被り直す。

 するとようやくわずかに顔を上げる。

 そして少女に、馬のいない馬車の御者台に横座りで腰かける彼女に……フードの奥から鈍い視線を送る。

 じっと見つめながら口を開く。


「なぁ、アリス」

「……なんですか?」


 彼の呼びかけに答えたのは、アリスと呼ばれた飾り気のない黒の喪服を着た少女だ。

 少し意地の悪そうな雰囲気の少女である。


 彼女の深い色の茶髪は、背で一房の大きな三つ編みに編まれていた。

 また、呆れたような半目の表情の瞳は空色をしている。

 そして黒いヴェールの裏の目鼻立ちはくっきりと整っているが、どこか蜥蜴とかげのような冷淡や狡猾をも感じさせた。

 あとは一際目を引く特徴として、彼女は禍々しい革の首輪をつけている。

 白い肌には痛々しい、大きくて無骨な暗い色の首輪だ。

 少年ほどではないが、こちらも奇妙な出で立ちである。


「アトスの聖職者は、話すのが嫌いだと聞いていたんだが」


 少年が言葉を続けた。

 正確に言うのならば、彼は『アトス教の聖者は魔術を紡ぐ糸たる言葉を軽々しく用いないのだ』と、そう聞いていたのだが。

 しかしそんな言葉に、アリスはヴェールの奥、長い睫毛に縁取ふちどられた瞳にわずかな怪訝を浮かべる。


「……聞いていた? まぁでも初期の聖人か原理主義者でもあるまいし、よりによって生臭なまぐさが流行りの今時そんなことはないと思いますよ」

「そうか」


 短く答えると、少年はまた残党狩りに戻る。

 放っておいても絶えるであろう息の根を止め続ける少年は、病んだ瞳で血に濡れた剣を振り下ろす。


「でも、どうしてそんなことを聞くんです? アッシュさん」


 暇にやられたのだろう。

 しばらく手元で長い三つ編みの先を弄んでいたアリスは、おさげを背に放りつつ話の続きを促す。

 すると今度は振り向くこともなく、少年――アッシュは答えた。


「今までの封印官は皆、そう言って俺とは話そうとしなかったから」


 頃合いだと思ったのか、言いつつアッシュは剣の血を無造作に払う。

 その血は鎧と外套にも跳ねたが、はなから血濡れなので気にする様子はない。

 フードを被り直して、アリスの元へと歩きだす。


 アッシュの答えに頷きつつ、その様子を見た彼女はまた問いかける。


「ああ、そうですか。……で、それは終わりにするんですか?」

「もう十分だから」


 腰につけた鞘に剣を収める姿に、答えを聞いた彼女は苦々しく笑う。


「私のような一般人にとっては十二分、いや二十分くらいあるように思えるんですけどね。……さて」


 馬のない馬車の上、アリスは正面に向き直る。

 続けて傍らに置いていた細身の漆黒の杖を手に取った。

 アッシュは彼女を見やりつつ、馬車の中に身体を滑り込ませる。


「じゃあ行きますか」

「ああ」


 背中越しのアリスの言葉に、アッシュは軽く相槌を打つ。

 そして車窓から滅びた村の風景を眺めつつ、馬車が動き出すのを待っていた。


 すると、そこでまたアリスから声がかかった。


「ところでアッシュさん」

「……なんだ?」

「さっきの聖職者の話ですけど、多分単にあなたが嫌われてただけだと思いますよ」


 あてつけのような言い方だったが、思い当たる節はあったので頷いた。


「なるほど」


 その言葉にはもう何か返事が返ることはなかった。

 アッシュも特に答えを期待するでもなかったので黙って外の景色を見つめる。


 するとそれからすぐに、馬車は動き始めた。



 ―――



 三百年に一度、この大陸には魔獣戦役という災いが訪れる。


 大陸中に魔獣という名の怪物が溢れ、そして四体の『魔王』が出現し世界を蹂躙する。

 それは人の力では抗いがたい災厄だが、それでも起こると分かっている戦いに備えない法はない。


 またアッシュたちが訪れたある街も例に漏れず、堅牢な防備に身を固めていた。

 いや、それどころかシャスナリア司教領ダクトル……この中枢を担う街であるロデーヌは並の街など及びもつかない防衛機能を備えていると言えるだろう。


 人通りもまばらな街道を歩き、城門からはまだ少し離れた場所にいるアッシュにもそれは分かった。


「すごい、大した壁ですね」


 だらだらと無気力に歩いていたアリスが城壁を見て呑気に言う。

 詳しいことは分からないが、彼女の空間魔術と呼ばれる技能で馬車はしまいこんでもらっていた。

 いま、二人は徒歩で移動している。


 アッシュはけだるげな彼女を横目に、漏らされた言葉に同意する。


「そうだな」


 ロデーヌの街を取り囲む城壁は並の倍は分厚く、防衛兵器もよく整えられている。

 その様は都市か要塞か、恐らく並の軍勢では近寄るのも一苦労だろうと思われるほどだ。


 しかし。


「でもぼろぼろですね」

「ああ。戦役中だからな」


 街に近づくと分かった。

 城壁は所々(ところどころ)欠け、設置兵器の損耗も目立つ。

 職人たちが壁の上で作業しているのも目に入るが、それもどうも焼け石に水の様相をていしていた。

 そして城壁の周りにも、崩れ落ちた壁の欠片らしきものや、死んだ魔獣の死体が放置されていた。

 それらが片付けられていないことから、人手不足も伺える。


「魔獣がお出迎えですか。結構結構……」


 城門の少し手前、道の脇に転がるオークの死体を見てアリスがつまらなさそうに言う。

 誰への当て付けとも知れぬ下らない皮肉だが、一応アッシュは釘を刺しておく。


「あまり人前ではそういう事を言うなよ」


 この世界に生きる者にとって魔獣は敵だ。

 友の、家族の、近しい人々の命を奪う悪だ。

 下らない戯言ざれごとの種にしていいものではない。


 しかしアリスは、いさめた言葉に冷たく鼻を鳴らす。


「そんなの私の勝手でしょう。どうしてもと言うなら命令・・してはいかが?」


 自らの首につけられた首輪を指差しつつそんなことを言うアリスからアッシュは黙って目を背けた。


 その首輪――【隷属の首輪】がある限り、彼女はアッシュには逆らえないしどんな命令にも忠実に従わなければならない。

 これは彼女にとっては奴隷の烙印であり、アッシュにとってはほんのささやかな負い目だった。


「仕事をしてくれるなら文句はないし、それは命令するほどのことではない」


 少し沈黙してそう言い返す。

 すると、彼女は微妙な顔でこちらを見返してくる。


「そのお仕事ですが、ちゃんと覚えてますか? 道中も殺戮に夢中でしたけど」

「魔獣どもが溢れ出す【支門】の破壊。……それくらい覚えてる」

「ならいいんですよ。せいぜい怠惰な神の尻拭いに精を出しましょう」


 吐き捨てるように口にする。

 アッシュはこの言い草を聞いてなんとも言えない気持ちになった。


「……君は本当に神官か?」


 アリスは問いかけを鼻で笑う。


「何を言いますか。そちらだって()()勇者でしょうに」


 確かに彼女が言う通りだった。

 アッシュは確かに、偽物としか言いようがない劣った存在だ。


 三百年に一度魔王が現れるこの大陸には、それを討つために勇者を含む四人の【使徒】が現れる。

 しかし、今回の…………第十三回の魔獣戦役では最強の使徒たる勇者が現れず、代わりに人の手によりアッシュが生み出された。


 いびつで醜悪な、罪にまみれた人造勇者が。


 返す言葉もなく、視線を前に戻して歩を進める。

 それから無言のまま、二人はロデーヌの街へと足を踏み入れた。


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