十八話・濡れ衣
一日か二日ほど街に帰らないことが増えてきた。
昼はとにかく探して、夜はとにかく殺す。
そんな生活に浸り、しかしそれでも何の成果も得ることはなかった。
ただ時だけを無為に重ねる。
早朝、二日ぶりに街に帰ってきたアッシュは、城門に見覚えのある顔を見つける。
「あ、ああ。あんたか……。誰かと思った」
そう、引きつった声で話しかけてきた門番の彼――ダンは、あの祭り以来アッシュに話しかけてくるようになっていた。
「そうだ、入ってもいいか?」
二日ぶりに帰ってきたアッシュは全身血みどろで、そのせいかどこかダンの対応はぎこちない。
「いいけど。……なぁ、どうしたんだ? あんた、なんかおかしいよ……」
怪物でも見るような目を向けてくるダンを無視する。
身を清めて食事を取って、無為な報告をして封印をして、それからアッシュはまた出かけなければならない。
立ち話に興じている暇はなかった。
―――
二日振りに訪れた執務室からは、諍う声が漏れ出ていた。
「――――!」
「――――――」
恐らくはグレンデルとレイスの声だろう。
ノックをしても反応がないので、アッシュはドアを開ける。
するとやはり、二人が机を挟んで言い争っていた。
「親父! 俺はそんなの絶対に認めないぞ!!」
「どうしようもないことなのだ! 私だってやりたくはない!!」
「やりたくないならやらなきゃいいだろ! 今までだってなんとかしてきたじゃないか!!」
グレンデルがそう叫ぶと、レイスはその手を机に叩きつける。
「今までとは違う! そんなことも分からんのかお前は! どれだけ兵が減った? どれだけ街が落ちた? どうやって守れというのだ、私は……!! 私だって……!!」
レイスは怒鳴りながら涙をこぼし言葉を詰まらせた。
それを見たグレンデルはうなだれ、震える声で呟いた。
「勇者がいるのに、なんだって、こんなことに……」
と、そこでレイスがアッシュの存在に気がつく。
「…………!」
「気にするな。俺はしょせん『骸の勇者』だ」
目を背けて吐き捨てる。
すると、振り向いたグレンデルの視線が突き刺さるのを感じた。
彼はとても悲しそうな、申し訳なさそうな顔をしていた。
「アッシュ、その、俺は……」
「分かってる。悪いのは俺だ」
だがグレンデルは泣きそうな顔でかぶりを振る。
「違う、そうじゃない、俺は……!」
「違わない。こうなったのは俺のせいだ」
するとひび割れたような表情で、歩き方を忘れたかのように無様な歩みで近寄ってくる。
彼は、常は義足を付けていることすら容易には悟らせない。
しかし今は義足を床に引っ掛けて、よろめきながらアッシュの前に立つ。
「そうだ、アッシュ。なんとか言ってくれ。親父が、また派兵計画を縮小するって……。森の近くからは完全に兵を引くって、そう言うんだ。なぁ、お前ならなんとかできるだろう? 頼むよ、説得してくれ。俺は……」
肩に手を置いて懇願してきた。
縋るような目をして告げてくる。
しかし、アッシュはその手を振り払った。
「レイスが正しい」
「え……?」
手を振り払われた彼は、信じられないというような表情で固まった。
「おい、アッシュ。……嘘だろ? お前は、優しいやつだろう?」
「違う」
「でも、勇者なんだろう?」
「違う」
「英雄なんだろう?」
「違う」
その全てを否定したアッシュに、グレンデルは酷く傷ついたような顔をした。
「じゃあ……なんなんだ。お前は……お前は、なんなんだ」
その問いに答える。
捨て子のような目をした、目の前の男に淡々と言葉を投げた。
「俺はただの、クソ以下の魔物だ。殺したいから殺してる。もちろん街はあった方がいい。便利だからな。だけど、それだけだ」
「はっ……」
はは、とどこか乾いた笑い声がして、その後グレンデルは歩きだす。
そしてふらつきつつ、誰にも目を合わせないまま部屋を出た。
―――
封印中、いつもべらべらと喋るアリスが今日は静かだった。
とはいえ話したい気分でもなかったので助かってはいたが。
「…………」
「…………」
徐々に体が動かなくなっていく感覚がする。
余り気持ちのいいものではなかった。
しかしそれでも、久々に座ったので少し体を休ませる。
休息も、食事すらとらずに魔獣を狩っていたのだ。
魔物だとはいえ少し近頃は無理をしすぎた。
封印に耐えられず、意識がおぼつかない。
「ね、アッシュさん」
「なんだ」
少しだけぼやけた意識の中、アッシュはそう答えて、そこで小さな違和感を感じた。
この倦怠感は疲れだけではない。
また、疲れのため封印に負けているわけでもない。
数日すっぽかしたから強めだと……説明を受けてはいたが、それにしても今日はあまりに念入りだった。
苦労して背後に振り向けば、魔石まで使っているのが分かる。
まさか。
「悪く思わないでくださいね」
刹那、部屋のドアが蹴り開けられて何人もの憲兵が侵入してくる。
立つことすら叶わないアッシュは、憲兵の槍に叩き伏せられ、いとも簡単に手錠を嵌められる。
「お前……」
アリスを睨むが、彼女は苦笑して肩をすくめる。
「私だって神官ですもん。命令には従わなくちゃしょうがないんですよ」
と、その時。
両脇から拘束されていたアッシュは、背中を強い力で蹴られて倒れ込む。
そしてそのまま、革の靴がアッシュの頭を踏みつける。
「骸の勇者、私は言ったはずだ。絶対に後悔させてやるとな……!」
「お前は……」
顔を上げると、そこには名前も知らない、かつてアッシュに憎しみを露わにした神官の男が立っていた。
「アッシュ=バルディエル。お前を殺人容疑で拘束する」
そう口にした男は、凶暴な笑みを浮かべてアッシュを見下ろした。