十三話・悪意の胎動
夕暮れ、薄暗い森でそれは蠢く。
ずるり、と。
どこか不気味な音を立て、欠けた足を、それでも這うように動かし、なんとか立ち上がろうともがく。
――新しい体を、手に入れなければ。
そんな考えだけが、脳髄を満たしていた。
――新しい体を、門を脅かすあれを、倒せる体を……。
無様に這いずり回る怪物の体は、焦げて欠けて傷つき機能不全に陥っている。
その化物の能力を使えば、傷は全て跡形もなく塞げるはずだった。
しかし、何故かそれは不可能で、その上段々と体の制御が効かなくなっている。
まるで寄生先の体が徐々に死体になっていくかのような、生きたまま魂でも抜かれたかのような感覚。
それは直感だったが、それでも今の体がじきに機能を失うであろうことは分かっていた。
――であればいくら繋ぎ合わせても無駄で、この体はもう無理だ。
やがて夜になる頃、それは森の外、人里の近くにまで出る。
そしてそこで、魔獣の死体を漁る数人の人間を見つけた。
狗の獣を取り込み、得た知性でそれは考えた。
今度の体はあの種族にしよう。
しかし。
杖を持つ人間、剣を持つ人間、弓を持つ人間。
どれがいいだろうか?
どれなら、勝てるだろうか?
杖を持つ人間、剣を持つ人間、弓を持つ人間。
杖を持つ人間、剣を持つ人間、弓を持つ人間。
剣を振るう人間……?
不意に、自らを打倒した敵のことが思い出される。
何故だろうか?
……いや、そうか。剣と、人間……。
ならば――――
――――あれに、決めた。
―――
敗北の反省を踏まえて能力値の調整を行い、人間の死体で剣の使い方を練習した後に、怪物は森へ戻ろうと歩きだす。
新たな肉体の脳によって、それはより高度な知性を獲得していた。
そして、歩きながら生まれ変わった脳で自らを壊した敵のことを思い返す。
恐ろしい遣い手だったが、それ以上に余りに歪だった。
見たことのない脅威。
根源的な、強い嫌悪を感じる。
それに、自分が倒さねば、この先も多くの魔獣を、いや主門すら手にかけてみせるかもしれない。
…………………。
思考の果て、その魔獣は、自律的判断によって自らに刻まれた本能に逆らってみせた。
つまりこの瞬間から怪物は門衛ではなくなり、ただ一人の敵を倒すための存在となったことを意味していた。
無機質な表情を浮かべたそのヒトガタは、ゆっくりと踵を返して森に背を向ける。
そして夜の闇の中をどこへともなく歩き去った。