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失われた自分を求め探して彷徨って  作者: 数波周
第三話「深層の森林地帯リオパーダ 不穏の足音」
40/51

40. ヴァローナでやり残したこと

「うん? ボク達は明日にはここを発って王都へと向かうんだよ。言ってなかったっけ」


 副官としての記念すべき最初の指令、これからの雇い主となるカタリナ殿下に言われたのはそんな突拍子もない一言であった。




 再び逃げ出そうなんてそぶりも見せずにただ兵士たちに従うまま砦へと戻ってきた僕たちを、カタリナ殿下はすぐに彼女の自室へと呼び出してきた。将官などという役職なのだからきっと何人もの部下を従えているのだろう、そんな予想は早々に裏切られることとなる。


 兵士たちに案内された方向は、イーリスたちと中央広場への突入に向けた作戦会議を行った、砦の中枢からはやや離れたところに向けてだ。同じ砦の中だと言うのに、まるで隔離されたかのような東塔の入り口に差し掛かったところでようやく違和感が芽生えた。


 殿下は、本当にこの砦の将官の一人なのだろうかと。イーリスと同じく砦の守護を司る将官という役職なのに、いくらなんでも彼女の私室は兵たちの居住区から離れすぎだ。それに、この東塔そのものも他の兵の気配なんてほとんど感じられない。



 ナイン共々彼女の部屋へとたどり着くやいなや、兵士たちが出ていったことで僕たち三人だけが取り残された。どこかまた警戒心を露にして目を細めるナインと、真逆に僕たちを興味深そうに眺めて口角をあげるカタリナ殿下。そんな二人に挟まれた僕は、ただひたすらに殿下がなにか喋るのを無心で待ち続けた。


 明らかに思っていたのと何かが違う。仮にも僕は、このアストランテ王国の高貴なる血族の一員である第三王女カタリナ・フォン・アストランテの軍部における直属の配下となったのだ。だからもっと格式ばったパフォーマンスでもあるのかと思っていた。例えば、何人もの目の前で肩口を剣で叩くとか、そういうものだ。


 しかし気が付けば、こんなどう動いて良いのかも分からない有様だ。僕の短く貧相な記憶の中には、始祖族それも王家の血縁者に対してどのようにふるまえば良いのかなどという情報は欠片も存在しない。下手に口を開くわけにもいかず、カタリナ殿下がようやく椅子に腰を下ろしたことで少しばかり肩の荷が落ちる始末。


「さてと、これで君たちはボクの副官だ。早速だけど、最初の任を与えようか――コホン、明日の出発よりも前に、ヴァローナに残されたツカサの痕跡を見て回ろうか」


 そんなさも当然のように、ヴァローナを後にすると言ってのけた殿下の宣言に思わず聞き返したことで、あの冒頭の言葉へと続いたのだ。



「……あの、殿下はヴァローナの将官になられたのでは?」


 数秒間考えて、そんな疑問を口にする。カタリナ殿下は、つい数日前にこのヴァローナへと訪れてこの砦の将官へと就任したはずだ。だからそんな来て早々にヴァローナから出るとは何故なのか。


 すると彼女は、「正確には違うのさ」と言いながら少しばかりの苦笑いを浮かべた。


「確かにボクは将官待遇だけど、この砦の正式な所属じゃないんだ。ちゃんとした肩書きは、特務将官。代替の人員が配置されるまで臨時でいろんな土地で任に就く、まぁ言ってしまえば便利屋さ。加えて通常の将官とは違い直属の部隊も持たない、身軽なもんだよ」


 ちらりとナインを見ると、彼女も不思議だと言わんばかりに首をかしげている。まるでフリーランスの傭兵のようなたち位置に、この国の第三王女であるカタリナ殿下がいるのは、どう考えても不自然な話だ。


 王都サンクト・ストルツには、軍部のなかでも誉である近衛隊が存在する。軍人であると同時に王族であるカタリナ殿下は、そんな近衛隊の指揮官であってもおかしくない。いやむしろ、こんな特異な状態に比べればよほど自然とすらも言える。


「元々、イーリスの下には別に数名の始祖族の将官補佐が就くはずだった。でも南部の軍備を維持するために彼らはまだ動けないでいる。ボクに宛がわれた役割は、そんな穴を埋めるということになっている」


 だからこその、"特務"将官ということなのだろう。必要に応じて各地を渡り歩き、その場所の主戦力として力をふるう。だが結局何故彼女がそんな立場にいるのかは聞くことは出来なかった。聞けば答えてくれたのかもしれないが、そもそも僕にはカタリナ殿下へそんなことを尋ねる勇気など無い。



「伝書鳥を飛ばして王都に武装蜂起の件を伝えたら、案の定すぐに答えは帰ってきたさ――特務将官カタリナは、即時王都へ参上されたし。海路は海流が不安定ゆえ、陸路により参られよ」


 カタリナ殿下は、机に置かれた一枚のごわごわとした紙をつまみ上げながら読み上げた。赴任してからまだ数日の将官を再び呼び寄せるとは、国の中央は相当今回の一件を重く見ているのだろう。もっとも早い伝達手段である伝書鳥を使うだけでなく、帰路についても指定してくるなどただ事ではない。


 しかし、陸路を使うという決定に関してだけは幸いであったかもしれない。海路となると港町クアルスを発着する連絡船を使う可能性が高く、そうなれば僕は再びあの街へと行くことになっていたのだ。フィンを見殺しにして、そしてジャンヌさんにも背を向けた、きっと僕という存在がもう居てはいけない場所。住み慣れていた街を、僕は自分の手で禁足地へとしたのだ。



 一端この話は仕舞だと言わんばかりにカタリナ殿下は手をポンと叩いた。


「さて、君たちは過去を探していたんだっけ。色んな場所に散らばった、ツカサ自身すらも知らない過去の断片を」

「……そうです。ですが、明日にヴァローナを出発するとなると――」


 少し言葉を切って、ナインを流し見る。僕は、ヴァローナという街に自分の痕跡がどれほど残っているのかを知らない。だから今日一日で過去の断片を探しきれるのか、それどころか最悪今この時に探さなくても支障はない程度のものなのかすらも分からない。だから、唯一過去の僕を知るというナインに判断をゆだねるほかは無い。


「……どうしても、この街で一か所だけツカサに見せたい場所がある」


 彼女は少しだけ考える素ぶりを見せた後に、小さな声で囁くように言った。その言葉を聞いて、少しだけドクンと心臓が鳴った気がした。彼女がそう言ったということは、きっと本当にヴァローナには僕が関与していたであろう場所があったんだ。


 クアルスの海辺で漁師たちに命を救われてから今日にいたるまで、初めてこの半年間以外の痕跡を見つけたのだ。表情だけは努めて平静さを保っていても、内心はざわめきだしたまま。


「でも、私たちだけではきっと行けない場所にある。だから……」


 口惜しい、そうありありと表情に出してカタリナ殿下へ視線を向けるナインとは対照的に、殿下は笑顔を深くして楽し気に頷いた。


「ふぅん、ボクならば行けるところかい。良いよ、連れてってやろうじゃないか。君らの過去探しとやらは、暇つぶしとしちゃあ十分過ぎる娯楽だ。それに言われなくても付いていく気だったさ」


 ヴァローナにおいて僕とナインが行けないけど殿下が入れるところとなると、自ずと候補は限られてくる。それは中央広場近辺や薄暗い路地の奥地なんかではなく、立ち入るのに身分が必要な場所。恐らくは僕たちが今居る、この砦の敷地内のどこかということだ。


 殿下が僕の過去を探すという行為を、宝探しか何かのように思っているのは、こちらとしては都合が良い。彼女の興味が続く限り、きっと副官としての身分でいる内も合間を縫って過去の痕跡を探し続けることが出来るかもしれない。


「じゃあ……ナインだったっけ。君、その場所まで案内してくれよ」


 今や、この部屋の中で殿下が最も僕の記憶をたどる行為に乗り気へとなっていた。そんな不可思議な状況に困惑さは勿論あるが、それ以上に今は利用をしようという思いが強い。せめて彼女が乗り気でいる内にある程度の情報が揃えられれば良い。


 それまでは、僕は彼女の副官でいつづけよう。彼女が僕の過去を探すという行為どころか、きっと僕という存在そのものに飽きるであろうその日まで。

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