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失われた自分を求め探して彷徨って  作者: 数波周
第二話「要衝の城塞都市ヴァローナ 黒紅色の戦姫」
21/51

21. 北部人

「……みなさい、アレを。やっぱり外もただ事じゃなさそうよ」


 商工会の建物の影から見える様相。ヨードルが指差すヴァローナ市民の憩いの場は、想像を上回る凄惨具合だった。いくつかの建物に隠れているから全体像は見回せないが、その中から垣間見えた一部分だけですらも酷く惨たらしい。


 何人もの倒れたまま動かない人達。あのたくさんの人達は、きっとカタリナ様の演説を聞こうと集まった聴衆の一部だ。その体や周辺には真っ赤な血が石造りの地面を鮮やかに染め上げている。そして女子供も関係なく、体のわきに寸断された頭部がごろりと何気なく転がっている異常さ。


 風に乗って、濃密な血の臭いが運ばれてくる。それと共に、火までもが使われたのか僅かに感じる焦げ臭さ。喉の奥から襲いくる吐き気を無理矢理に飲み込んだ。ああいう風になりたくなければ、こんなところでえずいている場合ではない。


 襲撃者の一団は、もう既に別のところに移動をしたのだろうか、悲鳴や叫び声はもはやほとんど存在していない。ただ彼らが残した虐殺の現場だけが、確かにこの場をきっかけとして武装蜂起が起きたという事実を物語っていた。


「ツカサ、大丈夫だよ。私がついてる」


 手を覆うナインの温もりが、ほんの少しだけ心を落ち着かせた。ここにいるのは僕だけじゃない。僕なんかよりも荒事に慣れているであろうナイン、それに恐らくはヨードルだってあの長い槍のことから考えるに相応の経歴をもっていることだろう。


「……ヨードルさん、逃げるための宛はあるんですか?」


 今の僕たちには足りていない情報が多すぎる。分かっているのは、警備の兵もいたであろう中央広場で平然と虐殺蜂起が始まったということと、それを起こした元凶たちは次なる場所へと向かったということ。これほどまでの事態にも関わらず辺りの不自然な静けさが、それの何よりもの証拠だ。


 一体武装蜂起した襲撃者たちは何処に向かったのか。そして生き残った市民は何処に集まっているのか。いや、そもそも敵の規模や指導者、それに狙いまでもが全て分からない。暗中模索を体現したかのような状況下、録にヴァローナの地理も把握しきれていない僕たちにとって、ヨードルの決定が唯一の道しるべだ。


「選択肢は二つあるわ。一つ、このまま街壁の外へ向かう。そして二つ、このまま街の路地裏で様子を見る」


 案の定、ヨードルにはある程度の指針があるようだ。逃げるか、それとも様子をうかがうか。通りの外を見据えながら、彼は小声で口を開いた。


「どのみち、往来を歩くのは危険過ぎるわ。ついてきなさい」


 表通りの殺戮現場に背を向けて、路地裏に向けて歩きだす。薄暗く治安の悪いというイメージの空間が、今は僕たちの存在を隠匿する最大の武器となる。それでも一体何が出てくるかも分からない状況下、周辺へいっそうの注意を払いながらヨードルの後を行く。




「……あの武装蜂起、間違いなく北部人が引き起こしたものね。さっきの奴が言っていた話、恐らくあれが動機よ」


 長槍の先を構えたまま先を行くヨードルの話に耳を傾ける。さっきの話とは、北部人の襲撃者が話していた、この街や城壁に関してのものだろうか。僕やナインは、正直なところなんでこんな事態になっているのか全貌はおろか断片的な部分すらも把握しきれてはいない。だからこその、すべての行動がまるで暗中模索。せめて、切っ掛けくらいは知っておきたかった。


「アンタたちは、この街と北部人の関係について何処まで知ってるの?」

「……数十年前ここがまだ北部諸国だったころ、アストランテ王国が諸国に対抗するために築いた砦が、ヴァローナだということくらいは」


 ナインと共に路地の両脇を警戒しながら彼の質問に答えた。この辺りの知識は、まだクアルスに住んでいた頃に聞いたことだ。手紙の代筆業なんてことも行っていたから、ヴァローナ向けのものだって担当したことはある。その時に依頼者から聞かされた、この街の成り立ち。大まかな流れは間違っては無かったようだ。


「成り立ちはそうよ。その後時は流れ、結局ここはアストランテとフラントニアの緩衝地帯となった。じゃあ、アタシたち北部人はどうなったと思う?」


 曲がり角の先を慎重に注視しながら、再びヨードルが問いかけてきた。ここが二大国家の緩衝地点となった以上、北部諸国はそのどちらかに吸収をされたはずだ。山脈の間を縫うようにして形作られた天然の街道、それを守護するためにこのヴァローナという街は機能をしている。そこに北部人がどうとか、そのような思惑なんて存在するのだろうか。


「北部人の諸国連合は二つの大国に併合されたの。元は同じ民族だったけど、この砦によって大きく寸断されてしまった。元々諸国同士仲がいいわけでは無かったけど、それが完全に別の国同士になってにらみ合いの緩衝地帯にされてしまった。それが数十年前の話。祖父母の世代が戦士だった頃の、本当に昔の話よ」


 いわば、自分達の意思とは関係のないところから仕向けられた対立の中に組み込まれたということ。もとが一つのまとまった国であったならば分断されることもなかったのかもしれないけど、北部諸国という名前の通りにそれぞれは完全なひとまとまりというわけではなかった。それら小国の集いが二つの大国に線引きされたことに、確かにわだかまりが生じないはずがない。


「……確かにその頃からのわだかまりはまだ残ってるわ。旧北部諸国の中央にあるこの街に、北部人の割合が少ないのも多分そのためだもの。でも、こんな酷いことを起こすほど根が深かっただなんて……」


 大分街の中央を走る大通りから離れただろうか、ちらほらとみすぼらしい身なりの人々の姿が目にはいる。彼らはきっと、大通りの方で一体何が起きたのかだなんて知らないのだろう。誰も彼も、長槍を構えて路地を急ぐヨードルを見た瞬間に、蜘蛛の子を散らすようにして路地の奥へと姿を消していく。


 果たして、武装蜂起した一団は何処に向かったのか。それは、彼らがこの街や砦に良くない感情を持った人々の集まりだということを念頭におけば、おぼろげながらにも予想は浮かぶ。


「連中、おそらく狙いは砦本体よ。あの砦は言わば民族分断の象徴。前々から積もり積もった感情はあったに違いないわ。でも何故襲撃が今になってなのかは……正直、アタシも分かりかねるわ」


 この街の存在意義といって過言ではない北部への要衝を成す砦は、ヨードルの話を聞く限りでは武装蜂起の目的になって何らおかしくはない。


 堅牢な城壁と幾多もの防衛兵器に護られた砦を落とすには、その内部から攻め込むのがもっとも攻城戦に際して被害が少ないだろう。カタリナ様の来訪に合わせて街の外から訪れる人間が増えるところに乗じて、彼らもまたヴァローナへと紛れ込んだのか。


 歩いた距離や方角から言って、路地裏の出口はもう少しに違いない。ヴァローナの南方城壁に面したエリアは、街の主要な出入り口ということもあって中央広場ほどではないが開けた空間が広がっていたはずだ。虐殺の現場から逃げおおせた市民が集まっている可能性は高く、そして現在の僕たちの位置から言って安全な所へ避難をするためにはそこへ行くのが最善の策だろう。




 しかし、再び陽の光が差し込む路地裏の出口が近付いてくると共に、僕たちの見通しが甘かったということをこれでもかというほどに思い知らされた。

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