始まり
「うむ! それではヘルム伯爵領を襲った悪竜討伐を祝して! 乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
「なぁ、グレック」
「なんだアッシュ、空気を読め」
王都の冒険者ギルドには酒場が併設されている。そしてクエストを成し遂げた冒険者は大抵ここで打ち上げを行う。他の冒険者に自分が成し得た冒険譚を語るのも、ある意味冒険者の仕事なのかもしれない。
「俺以外の全員が空気を読まな過ぎなんだよ、なんで俺まで打ち上げに呼んだんだ?」
恥ずかしいのか、それとも本気で嫌がっているのか。割と全力で逃げようとするアッシュ=グラウンドの醜態をニヤニヤしながら俺は楽しむ。こいつとパーティを組んでいた頃は色々と気を使っていたのが、かえって悪く働いたのだからこれ位は許容範囲だ。
「アッシュ、乾杯」
「あ、いやその……」
「……乾杯」
「あ、はい。乾杯、します」
黒衣の魔女のごり押しによって、結局手に持った木製のジョッキを打ち合わせるアッシュに生暖かい視線を送る。傍から見てもバレバレなレベルでアイツは魔女に惚れている。年長者として茶々を入れるのは流石に気の毒なのでスルーするが。
「ニャー、フニャ! フシャァ!」
「どうどう、チャコ。落ち着け。魔女はアッシュを盗りはしない」
「ニャー! あいつは泥棒猫ニャー!」
「やはり落ち着け、ネコはお前だ」
周囲も相応に騒がしいからこそ目立っていないが、ふしゃーふしゃーとチャコが騒がしい。まぁこいつはこいつでアッシュにお熱なのだから魔女と奴が触れ合うと、やはり色々と気になってしまうのだろう。
「しかし、意外といえば意外でしたな。正直な話剣ではアッシュ殿の方が、グレック殿よりも強いと思っていましたので」
「実際、力を含めたらあっちの方が上だよ」
コーディ伯爵が騒ぎに紛れて耳打ちして来た話に、俺は自重を込めて返す。実際に筋力では貴族の血が混じっているアッシュの方が数段上だ。正面から戦えば俺では敵わない。
まぁ筋力だけで全てが決まるのであれば、ドラゴンに人間が打ち勝つことはありえない。その辺は色々と手管があって、だからこそ最後の余興じみたアッシュとの戦いは。結局のところ俺が勝利したのである。
「む、コーディ伯爵。妾のパーティメンバーを引き抜こうとしておられますか?」
「ははは、出来るならば是非ともそうしたいものですが、給金の問題もありますから」
俺とコーディ伯爵の会話に、アリアがすっと割って入る。腕を握って来る辺り、余程俺がパーティからぬけるのが怖いのだろうか?
「まぁ、我々の給金も怪しいですしね。特に私はあまりお役に……」
「いやいや、ピューマ。君が王都に先回りして場を整えたからこそ第三王子の廃嫡がスムーズに進んだのであって……」
コーディ伯爵の方は、それなりに苦労があるらしい。しかしドラゴンという脅威が去ったことで彼らの目には希望と、そして活力が溢れ出ている。
「なぁ、グレック」
「どうした、アリア?」
エールを飲み出し、テンションが上がり。周囲に酒を振る舞い始めたアッシュを横目に。アリアが俺の手を握ったまま体を寄せて来る。10代の少女の甘い香りが、アルコールが混じった脳味噌をくらくらと刺激する。
「これが、冒険か」
「ああ、これが冒険だ」
そう全てが終わって、バカ騒ぎして、俺達は凄いのだと胸を張り。そしてたぶんこのままここにいる全員が酔っぱらって寝るまでバカ騒ぎをして…… そしてまた明日、新たな冒険に挑むのだ。
社会的な地位や、階級の高さを誇りたいのであれば冒険者を止めて。それこそ適当な貴族にでも仕えればいいのだ。
そういう意味ではアッシュは何もかも間違えている。いや案外、冒険したいという本心があって、それを理性が覆い隠してあんなちぐはぐな真似をしているのかもしれない。
「その、なんというか。妾はまだ…… 冒険を続けたい」
「ああ、だろうな」
実際彼女にとって今回のクエストは最高の結末であっただろう。だからもう一度、そうやって俺達みたいな連中は明日へ。もしくはもっと先まで進んでいく。
「だが、妾にはもう。グレックを雇える金が無いのだ」
「ああ、じゃあアリア、折角だから俺のパーティに入れてやってもいいぜ?」
俺の申し出に、アリアはキョトンとするが直に笑う。
「ああ是非とも――」
「グレック、当然私も入る」
アリアが言い終わる前に、黒衣の魔女も参加を表明する。
「では折角だから、私も参加する」
「おい、レイナ。俺との契約は……」
「チャコ共々今月で終わりだからな」
エルフの女剣士レイナも手を上げた。アッシュはかなり情けない顔でそれを見送り、
流石に多少同情してしまう。
「我々は流石に、領地の事もありますからなぁ」
「ですが、ヘルム領に来て頂ければ最大限歓迎いたします」
コーディ伯爵と、戦士ピューマも祝福してくれた。
「ニャー、アッシュ」
「なんだ、チャコ……」
「無理はしない方が良いニャ」
チャコがアッシュを猫耳をピクピクさせながら見上げている。けれども決心がつかないのが、まぁ吹っ切れて居ないのだろう。アッシュは煮え切らない顔を続けていた。
「よう、アッシュ」
「なんだ、オッサン」
「テメェの腕を、月金貨6枚で買ってやる」
コイツにパーティに誘われた時のことを思い出す。あの時はアイツが何だかんだで俺の事を基本給金貨5枚で雇うことになったのだ。それよりも1枚大目に、ややキツイが意地を張るのも男のたしなみである。
「……はっ! ちゃんといい感じのリーダーっぷりを見せてくれるのか?」
「割に合うかは知らんが、最高の冒険をくれてやる」
俺は懐から大判の金貨を取り出して、手を上げた4人とアッシュに向かって投げつける。全員に手付金として通常の金貨10枚の価値がある大判を払うのは痛い。明日から食卓がひもじくなる事は確定だが。
「良いだろう、値段分の…… いや、それ以上働きはしてやるよ。オッサン」
「ニャー、やっぱりアッシュは素直じゃないのニャー」
「まぁ、私としては元の鞘に収まった感じは嫌いじゃない」
「……うん、まぁ私も。この雰囲気は嫌いじゃない」
元通り、というのはちょっと違う。リーダーはアッシュでなくて俺。パーティの目的は利益ではなく冒険。そして何より――
「うむ、それでは妾もよろしく頼む!」
再び家名を取り戻したアリア=フォン=バーナードも加わるのだ。さて、彼らと今度はどんな冒険を繰り広げようか。そんな事を考えながら俺は、給仕に新たなエールを人数分頼んで。
新たなる門出を、パーティの結成を祝うのであった。




