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英雄



「まだ、生きているか?」



 コーディ=フォン=ヘルムは、教会に置かれた長椅子の上で。うつぶせになったままでどうにか声を出す。己の領地に現れたドラゴンを討伐する為、配下の騎士を集めたのだが。その結果は散々であった。


 彼らが想像していたよりも、ずっとドラゴンは強力で3度挑んで、初めは10人以上集まった騎士は、いまではたったの3人まで数を減らしている。



「ええ、残念な事に。もうちょっと足掻く必要がありそうです」



 槍を杖代わりに、先程まで入り口付近に座り込んでいたピューマ=ブルーが立ちあがる。爵位こそ持たないが雷撃の異名を持つ彼も、空を飛ぶドラゴン相手では全力を出せない。それでも戦い続けた彼は立ちあがれるのが不思議な程にボロボロになっている。



「ったく、こんなことならコーディの口車に乗らなきゃ良かったぜ」



 乱暴に扉を開けて教会に入り。口を拭って、血混じりの唾を吐いたのはダン=クーガー。彼も爵位を持たないがコーディの幼馴染であり、戦士として信頼出来る。


 けれどそんな彼もトレードマークである四匹の獣が描かれた盾は砕け、自慢の両手剣レッドファングもその輝きを失っていた。


 王都から見て西方であるヘルム伯爵の領地は。東方のバーナード辺境伯の領地と同じく辺境扱いされているが、その実態は全く違う。対モンスターの最前線として大量のリソースを注がれている東とは違い、西は文字通りただの田舎としての辺境だ。


 他国と国境を接しているが、人もモンスターも住まない砂漠を挟んでいて。ここ数百年碌な戦いは起こっていない。精々たまに現れるモンスターを、領主であるコーディが配下の戦士と共に蹴散らせばそれで終わりの良くも悪くも田舎である。



 だからこそ、突如として現れたドラゴンに為す術もなく蹂躙された。



 いや、辛うじて民を逃がすだけの時間を稼げたのだから。全くの無意味という訳ではない。けれどそれもコーディを育ててくれ、そして剣の師匠でもあった執事のセバスや、弟のシェロ。多くの騎士たちが文字通り、命を賭けて勝ち得た結果であった。



「それで、アイツはまだこの街から出る様子は無いんだな?」


「少なくとも、さっき偵察に出た時はお前の館でグースカお昼寝してたぜ」



 ダンのおちゃらけた表現に、コーディは久々に笑みをこぼす。あの黒いドラゴンが家の中庭で鼻提灯を膨らませて寝入っている姿を想像したのだ。無論そんな可愛らしい存在ではない事は超血の上なのだが。



「もう民は全て、逃げだせたんだな?」


「ええ、間違いなく。もうこの街には救うべき民はおりません」



 皮肉気なピューマの声色でどうにか現状を把握し直す。この街に降り立ったドラゴンは文字通り遊び半分で人々を弄り殺しにしたのだ。その光景を思い出しコーディの頭は怒りの感情で沸騰しそうになる。



「じゃあ、ここから先は俺達がどう逃げるかって話だな」


「ダン、面白半分で民を殺したドラゴンが。逃げる我々をどうすると思いますか?」


「……ほんと、ババひいちまったぜ」



 分かった上で笑うダン、仕方がないと肩を竦めるピューマ。もう既にコーディ達に勝利はない。いかにして負けを小さくするか。ならば王都から来るであろう援軍に期待し一矢報いようとドラゴンに挑むのも悪くない。


 だから命をくれと、ダンとピューマに告げようとした時。ギィと教会の扉が開いた。



「コーディ伯爵、生きておられたか!」



 その声に、聞き覚えがあった。5年前、王の戴冠式でバーナード辺境伯の名代として参加していた少女。確か名をアリアといったか。


 当時から利発な子であったが、冒険者風の衣装を纏った彼女は、金のショートヘアをなびかせた戦乙女―― と呼ぶには八重歯が親しみやすさを出しているのだが。


 

「アリア=フォン=バーナード!? 第三王子に婿入りすると聞いていたのだが!?」


「その辺りの話は後回しで頼もうか。ついでに貴族籍も剥奪されている。ああ、うむ。ならば敬った方が良いか? コーディ伯爵」


「いや、構わない。いや、いや、いや!? そんなことよりも、今この街はドラゴンが――」



 色々と衝撃的な言葉が並びたてられたが、確かに後回しにすべきだ。それ以上に今この街にはドラゴンが巣食っていて、このままでは彼女もその餌食になってしまう。それは、今から無駄な犠牲が加わるのはコーディにとって耐えがたい。



「ああ、妾達はそいつに用があって来た」



 その言葉でようやく、彼女の後ろに立っている人影に気が付いた。一人は三角帽とローブを纏い、右目にモノクルで飾った魔女。そしてもう一人は、分厚い筋肉を上質な皮鎧で多い弓矢を獲物に持った歴戦の戦士。



「コーディ伯爵、妾達はこの街に救う悪竜を倒しに来た。その許可を頂きたい」



 すっとアリアの手が差し出される。余りにも荒唐無稽、10人の騎士と戦士が集まって倒せなかったドラゴンを、たった3人の冒険者で倒すという妄言を。コーディは笑うことも、馬鹿にすることも出来ない。


 有り余る自信をもって告げられたそれは、もはや半ば事実として彼の心に刻まれる。


 ただ、名誉のため無為な死を選ぶことしか出来なかった自分達に伸ばされた救いの手を、ただただ握りしめるのであった。



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