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クラス替え〈2〉



「え? 結局会えなかったのか」

「あ、ああ」


 開口一番に「で、どうだった?」と尋ねてきた伸に、圭太は適当な返事をする。

 厳密には「会えなかった」ではなく「白石らしき女子を見つけたけど、話をしなかったから、本人かどうか分からなかった」なのだが、一から説明する必要もない。というか、それを言ってしまうと、酷く面倒なことになりそうな予感がした。


「なんだ、会えなかったのかー」


 何でおまえが残念がるんだ? と圭太は思ったが、それを口にするよりも先に、伸が回答を用意してくれた。


「せっかく不思議ちゃんの話が聴けると思ったのに」

「なんだそれ」

「白石だよ、白石」

「いやそれはわかってるけど」


 だから白石が何なんだ。壁にもたれかかる伸を見上げ、圭太は続きを促す。


「白石って……ほら、よく見ると結構カワイイじゃん?」

「今の、なんかヤな言い方だな……」


 カワイイ、の辺りに微妙なニュアンスを感じる。本人の前では間違っても口にするなよ、と心の中で思った。


「けど、なーんか掴みどころがないっていうかさ。ぼーっとしてることが多いみたいだし、自分からは喋らないし。んで、話しかけたら話しかけたでシンプルな解答しか返ってこないし。どうも分からん。これぞまさに不思議ちゃんじゃないか!」

「別に、普通じゃないのか?」

「どこが!? 他の女子見てみろよ! あんなに楽しそうにきゃっきゃしてるだろ!?」

「だから『きゃっきゃ』とか言うなよ……」


 圭太は友人の言動に不安を覚えたが、当の伸はそんなことはお構いなしに女子の方をちらちらと見ている。

 このクラスの女子は、どうやら積極的なタイプが多いようで、新クラスになってまだ二日目(正確には三日目だが、昨日は入学式のため二・三年は休みだった)なのに、既に複数のグループが形成されつつあった。

 しかも各グループ、まるで何年も前から友人であったかのような雰囲気である。理系クラスで女子の人数が少ないことが、逆に彼女たちの結束を高めているのかもしれない。


「つーわけで、白石のこと、何かわかったら教えろよ」

「は?」


 急に圭太に視線を戻した伸は、友人の肩にぽんと手を置き、そんなことを言った。


「だーかーら。白石の情報よろしく、って」

「なんで俺が……。委員が同じってだけだろ」

「だからだよ。そうでもないと、あの白石と話すチャンスなんてないだろ?」


 確かに、白石のような大人しいタイプの女子とは、話す機会も少ないだろう。実際に、一年生の時は、同じクラスでもほとんど会話のなかった女子がいた。

 圭太は別に女子と話すのが苦手なわけではないが、男子との付き合いを避けている女子に、敢えて話しかける勇気はなかった。向こうが近付きたがらないのに、わざわざ行くのもなぁと思う。

 伸が言うように、委員が同じという縁がなければ、関わり合いの少ないクラスメートの一人になっていたかもしれなかった。



   ※



 休み時間、圭太は廊下に出ようとする白石を捕まえることに成功した。

 朝から確認していたので「そうだろうな」とは思っていたが、こうして間近に見ることで、それは確信へと変わっていった。

 昨日自分が見たのは、確かにこの子だった。


 突然呼び止められたことに対し、白石は不思議そうな顔でこちらを見上げる。

 近くで見ると、白石は思ったよりも身長が低い。圭太は一七〇にわずかに届かないくらいなので、頭一つ分といえば一五〇ちょっとか。そういえば昨日は石段の上に立ってたからな、と思い出す。

 彼女は今日もジャケットを着用しておらず、指定のセーターを着ていた。スカート丈は規定通りで、それだけで派手な女子グループには所属していないことを証明している。伸から変な情報が入っていたが、見た目は真面目そうな、ごく普通の女子生徒だった。


(いや――)


 ごく普通、というのはちょっと失礼かもしれない。

 圭太は自然体を装って彼女を見る。

 最初に思ったのは、こんな顔だったっけ、だ。

 一応ちょくちょく顔は確認していたものの、こうして近くで見るのとでは、印象がだいぶ違う。もしかしたら、顔ではなく服装の方に――黒のジャケットではなく、クリーム色のセーターの子という認識で――注目していたからかもしれない。

 しかし、改めて白石唯香というクラスメートを至近距離で見ると、自分でもわかるくらい身体が硬直していくのがわかった。


 全く弄った様子がないストレートの黒髪。

 それが左右の頬にかかっていて、はっきりとした輪郭はつかめないものの、全体的に容姿は整っている部類に入るだろう。最初に「思ったよりも身長が低い」と感じたのは、おそらく彼女が大人びているからで、上級生と言われても納得してしまう雰囲気を持っていた。

 そして、こちらを見上げる目は、圭太を真っ直ぐに捉えている。ふとした拍子に目が合ってしまい、圭太の心を落ち着かなくさせた。

 伸の情報もなかなか侮れない。確かに彼女は可愛い。


「なに?」


 あまり主張しない声が耳に届く。

 透き通るような声に、圭太は必要以上に緊張した。何じろじろ見てるんだ、と自分で自分を叱責する。


「あ、ああ。美化委員のことで、訊きたいことがあるんだけど」


 圭太の言葉に、白石は小さく「ああ」と言って頷いた。


「俺休んでたからさ。委員会で何の話があったか、教えてくれないか?」

「……プリント、見た?」

「プリント?」


 訊き返した瞬間、注意深く見ていなければ分からないほどの動きを白石が見せた。

 閉じられた瞼と、僅かに引いた顎。

 それが肯定の合図だと、圭太はワンテンポ遅れて理解した。


「ええと、どこの?」

「机の中に入れておいた――」

「あー……」


 見ていない。いや。見たかもしれないが、記憶にない。

 圭太が視線を彷徨わせていると、白石は彼を一瞥して教室へと戻って行く。


「あ、ちょっと!」


 慌てて追いかける。

 教室に走り込む形で入って来た圭太に、入口近くの何人かの視線が集まるも、そんなことを気にしている場合ではない。まだ話は終わってないんだけど、と背中に声をかけたいのを堪え、圭太は黙って彼女の机まで行った。

 しかし彼の想像に反して、白石は自分の机の中からファイルを取り出すと、圭太に向かって差し出した。


「……これ」

「これ?」


 手渡されたグリーンのファイルには、表書きがされていない。外側を見ただけでは、何のファイルなのか分からなかった。


「見てもいいのか?」


 白石はこくんと頷く。今度は、先ほどよりも分かり易いサインだ。

 ファイルを開くと、そこには「第一回美化委員会」と書いてあるプリントが綴じてあった。美化委員の仕事内容と、具体的な今後の活動計画がびっしりと書いてある。


(週一で掃除用具入れの点検だって!?)


 プリントには、週に一度、各クラスに割り当てられている掃除場所のロッカーを点検せよと書かれてあった。掃除用具は足りているか、壊れていないか、備品は揃っているか、などなど。

 普通に考えて、とんでもなく面倒な仕事だった。


「……これ、やるんだよな」

「明日から」

「は?」

「明日、金曜日だから」


 確かに、週の終わりにやれと指示が出ている。つまり、今日の放課後に初仕事が待っているというわけだ。

 圭太は正面の白石を見るも、彼女の表情は読めない。ここで相手が嫌そうな顔をしていたら、「面倒だよな」とでも言って共感を得られたかもしれないが、そうでなかった場合、逆に自分が怠惰な人間に思われそうだ。白石が美化委員になった経緯も知らないし、万一立候補でもしていたらと思うと、迂闊なことは口にできなかった。


「じゃ、放課後に回るか。掃除終わったら教室集合ってことで」


 圭太は何の気なしにそう提案したが、


(……白石?)


 おーい、と内心呼びかけるも、反応はなし。

 休み時間特有のざわざわ感が教室内で反響するなか、彼女は静かに固まっていた。


(ええと)


 どうするんだ、これ。固まっちゃったぞ。

 意味不明過ぎる事態に、誰か助けてくれと、圭太は周囲を見回す。と、


「うん」


 ややあって小さい返事が聞こえた。

 はっとして白石を見ると、今度は短く「わかった」との返答。


「じゃ、じゃあ……そういうことで」

「うん」


 白石は返却されたファイルを机に収め、再び廊下に出ていく。それを見送りながら、圭太はやはり伸の情報は侮れないな、と感じた。


 確かに、彼女は変わり者だ。




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