クラス替え〈1〉
(だから休むのは嫌だったんだよ)
たった今友人からもたらされた決定事項に、友則圭太は深い溜息とともに、机に突っ伏した。
体重を預けると、教科書の入っていない机はぐらりと傾く。それを足で支えながら、ひんやりとした机に頬をくっ付けた。
「ま、頑張れ」
ぽん、と肩に軽い衝撃を受けて声のする方を見上げると、情報をもたらしてくれた友人である岩見伸が、にやにやとした表情で見下ろしていた。
「なんで俺が」
「欠席裁判なんだから仕方ないだろ。諦めろって。どうせ一学期だけなんだし、ちょっとの辛抱じゃねぇか」
「一学期って……四か月もあるんだぞ」
「まあまあ」
圭太の肩を宥めるように叩きながら、伸は急にしゃがみ込んだ。机に手を掛けて圭太と目線を同じくすると、先ほどまでとは表情を変えて、圭太の耳元に口を寄せる。
「それに、白石と一緒だぞ」
「しらいし?」
「白石だよ。白石唯香。元五の」
小声で伝えられた情報は、圭太にとってぴんとくるものではなかった。
旧一年五組の面々を思い出そうとするも、一学年八クラスもある学校では、全員の顔を把握するなんて、とてもじゃないが無理だ。特に他クラスの女子では接点がなさすぎる。
「……駄目だ。わかんね」
「そか。まあ目立つタイプじゃないもんな。――いや、別の意味で目立ってるか」
ぶつぶつと言う友人を余所に、圭太は身体を起こした。
教室を見回すと、当然のことながら、知らない顔がちらほらと見える。一か月後にはうるさくなるはずの教室も、今は緊張感のあるざわつきに包まれていた。
新年度早々風邪で寝込むという手痛いミスを犯した圭太は、もちろんクラスメートを把握していない。一昨日メールで「今年も4649!」なる馬鹿メールを受信したため、伸が一緒だということは分かっていたが、それ以外のことはさっぱりだった。圭太自身もその辺りのことは伸に聞かなかったので、今朝こうしてクラスに入るまで、新クラスの面々のことは知らなかったのだ。
(「白石」だから、あの辺だよなぁ)
座席は出席番号順になっている。当たりをつけて探していったが、該当しそうな席は空席で、彼女の姿を発見することは叶わなかった。
まあいいか。そのうち委員会やら何やらで話す機会もあるだろう――そう思って、特別気にすることもなかったのだが……。
「じゃあ、ちゃんと白石から話聞いとけよ」
二年六組の担任である菅野教諭は、そう言って生物準備室へと消えていく。教室に残っている生徒はまばらだ。
圭太としては、「せめて終礼の前に言ってくれよ」という感じだったが、言われてしまったものは仕方がない。幸いにも伸が窓から白石を目撃しており、その情報によると、彼女は中庭を歩いていたらしい。校門とは別の方向に向かっていたというので、部活にでも出るのだろうか。
圭太は白石の顔を完全には記憶していなかったが、彼女がクラスで一人だけ、制服の上着を着ていなかったことは覚えていた。同じ服装をしている女子は限られるだろうから、たぶん彼女を見付けられるはずだ。
昇降口から中庭に出ると、心地良い風が吹いていた。校舎と校舎の間だから、ちょうど隙間風が入る。季節的にはまだ寒さが残るものの、こんな日は中庭で過ごすのも悪くないない。
(確かにこの辺にいるって――)
数分前に彼女はこの辺りを歩いていたはずだ。けれど、自販機の前にもそれらしい姿はない。数名の女子がベンチに座って騒いでいるのが見えたが、たぶんあのグループにはいないだろう。
圭太は派手な女子グループの脇を通り抜け、裏手の方へ進んだ。
(って……さすがにここにはいないか)
校舎の裏手はごみ置き場があるくらいだ。掃除時間には監督の先生が張り付いて、生徒にゴミの分別指導をしている光景が見られるが、もちろん今は誰もいない。
いくらなんでも、ここはないだろう。そう思って中庭にUターンしようとして、
「……あ」
一瞬、視界に学校指定のクリーム色のセーターが映った。
まさかと思って一歩足を進めると、木々の間から一人の女子生徒が現れた。
(白石?)
女子生徒は、真っ直ぐに裏門の外を見つめていた。
団地の上に建てられた学校からは、低地にある市街地だけでなく、遠くの海まで見渡せる。
暗くなれば、入場料を払ってでも拝みたくなるような夜景を見ることができるので、カップルは遅くまで学校に残っていることが多いとか。展望台よりずっと眺めが良い景色を、しかも年中見ることができるのは、見浜高校の自慢でもあった。
その景観を眼前に、女子生徒は静かに佇んでいた。
(なに見てるんだ?)
彼女は、じっとして動かない。
何かを探している風には見えない。目的があってそうしているかどうかも分からない。そうしているのが自然なことのように――ただ、そこにいた。
風が彼女を薄く撫でる。
それがわかったのは、肩より少し長い髪の毛が流され、ほっそりとした首が露わになったからだった。
それでも、彼女は微動だにしない。セーターによって押さえつけられているスカートの裾がわずかに揺れても、やはり動きを止めたままだった。
と、彼女は急に目を閉じた。全身を使って呼吸をするように、一回、大きく肩を上下させる。
なぜだろうか。
ごく普通の動作であるというのに、圭太には声を掛けるのが躊躇われた。
(なんなんだ……一体)
風が止んだ後も、木々を通り抜けて圭太の方へ吹き付けてきた時も、圭太は彼女から目が離せなかった。




