文化祭〈1〉
県総体は予想通りの結果となり、奈央ら三年生の部活動は終わった。地区大会で総体への出場権を得られなかった圭太は応援に徹していた側であり、それほどショックを受けたわけではなかったが、奈央らが泣いているのを見ると、「応援が足りなかったせいかも」と根拠のないことを思ったりもした。
その日のうちに、新たな主将が決められた。良彰だった。部長(弓道部では主将と部長に分かれている)は女子のマネージャーがやってくれることになった。
月曜日からは、いよいよ新体制での部活が始まる。試合後のミーティングでは、早くも秋の新人戦をどう戦うか、という観点での練習メニューの検討がなされた。二年生は比較的熱心な部員が多いのだ。
最後は打ち上げというか、三年生のお疲れさま会でファミレスを占拠した。ジュースで乾杯しながら、料理をシェアしながら、写真を撮りながら――実に高校生らしい時間を過ごしたのだった。
そんな、汗と涙の県総体を終えたのは弓道部だけではなく。
見浜高校の多くの運動系クラブの生徒が、週明けには燃え尽きた感満載でやって来た。反対に、やる気に満ち溢れているのは文化系クラブの生徒である。
(来たよ、美化委員会!)
委員会連絡に恐れを抱いたのは、圭太だけではないはずだ。
モチベーションが上がりっぱなしの文化委員長(生徒会の役職の一つである)から招集を受けた美化委員に告げられたのは、文化祭での役割についてだった。
当番表が配られ、三十分間ゴミステーションの前でゴミ箱の番人になれとの命が下される。当たり前だが、逃げ道はなかった。
「各クラスの美化委員は、ペアで任務にあたってください。交代は、次のペアが来てからでお願いします。ゴミの分別について、今から説明しますので、この机の前に集まってください」
はきはきとした口調で説明する文化委員長は、美化委員の面倒臭そうな視線に気付く気配はない。
隣の白石を見るも、彼女は文句の一つもなさそうな顔で、ゴミの分別方法のレクチャーを受けている。トレーにも種類があって、種類ごとに袋を分けろだとか、リサイクルできるものとできないものとを判別せよだとか、そういった話だ。
「俺、これ覚えられる気がしないんだけど」
「うん」
「当日、間違っても仕方ないよな」
「分別表があるから……間違えないと思う」
「そか……そだな」
白石が相手では、「ま、いっか。このくらい」は通用しそうになかった。
「あー初っ端から休むとか、ないよなー」
委員会が終わり、教室に荷物を取りに戻る途中で、圭太は横を歩いていた白石に話しかけた。
どちらかが一緒に教室に戻ろうと言ったわけでもないのに、気付けば並ぶかたちになっていた。同じ場所に向かうのだから自然といえば自然な流れなのだが、相手が白石というだけで、そのことを妙に意識してしまう圭太だった。
「……二組の人?」
「え? あ、違う違う。こっちの――部活の話」
白石は、圭太が先ほどの委員会を欠席した二組の美化委員(一名)のことを話題にしていると思ったのだろう。しかし、圭太が口にしたのは自分の部活のことだった。
「ほら、県総体終わったから。今日から新体制でやってこう、ってなってたんだよ。それなのに休むとかなー……長過ぎなんだよ、委員会。……白石も、文化祭前なのに時間取られたな」
自分のことばかり喋っているのもアレなので、白石にも振ってみる。しかし、彼女は少し難しそうな顔をしただけで、これといった反応はなかった。どうやら、肯定も否定もしにくい内容だったようだ。
「そういや、あれから描けた?」
「………………一応」
少しの間があった後、白石は微妙な答えを寄越した。上手くいっていないのかな、という考えが圭太の頭をよぎり、それ以上突っ込んで訊くことが躊躇われた。
階段に差し掛かったところで、圭太はわずかに首を後ろに向ける。いつの間にか、白石の歩調が緩くなっていた。
「あ。そーいや、根岸先輩ってわかる?」
言ってから、「何を言ってるんだ」と思った。同じ部活に所属していれば、知らないはずがない。
白石はすぐに首を縦に振った。
「ゴールデンウィークに、その先輩が弓道部に来たんだよ。絵を描かせてくれって。今までそういうのなかったから、もうウチの部大騒ぎでさ。誰がモデルになるかって話で凄い揉めて……あー、つっても、迷惑とかそんなんじゃなくて。照れ? みたいな。で、結局あみだで決めて主将やってる先輩になったんだけど」
一気に捲し立てると、白石は控えめに笑った――ような気がした。
「あの時の絵も展示されてたりする?」
白石は頷く。
「ふーん。じゃ、時間あったら見に行こっかな。そーいや、白石もどっかのクラブに行ったんだよな」
またも肯定。
「どこ?」
「サッカー部」
「サッカー!?……って、ムズくね?」
構図を決める段階からして難易度が高い。一人に焦点を絞って描いても面白くないし、かといって全体を描こうとすると、普通のキャンバスでは小さすぎる。そもそも、あんなに動きの激しいスポーツでは、写真を撮るにしてもスケッチするにしても大変だろう。
圭太の率直な疑問に、白石は首を傾げた。
「あ、そうでもないって?」
「よく、わからない」
「そっか」
「でも、面白かった」
その時のことを思い出したのか。白石の口元が緩む。
「それも展示されるんだよな」
「…………うん」
少しの沈黙の後、白石はいつもよりも更に控えめな声で肯定した。心なしか、沈んでいるような声だった。
あれ、とは思いながらも、圭太は努めて明るい声を出して言う。
「じゃあ、やっぱり見に行くかな」
「………………うん」
数秒ほど経ってから発せられた声は、下の方から聞こえてきた。
それは意図的に俯いたからなのか、それとも単に段差があるからなのか――圭太には判別がつかなかった。




