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プロローグ


「やったな。奨励賞だぞ」


 顧問からそれを聞かされたとき、友則圭太(とものりけいた)は「ああ、やっぱりな」と思った。

 ちょうど、片付けをしていたところだった。教室に射し込む光が感覚を狂わせているが、もうとっくに下校時間を過ぎている。職員会議が長引いたらしい顧問は、鍵をかちゃかちゃと鳴らしながら、圭太に口早に事実を伝えた。


「ありがとうございます」


 言いながら、半ば義務的に軽く頭を下げる。すると、顧問に「もっと喜べよ」と背中を叩かれた。


(喜べったって……)


 このコンクールで、毎年いくつの奨励賞が出されていると思っているのか。顧問なのだから把握していないはずはない。その数を知っていて喜べと言っているのだとしたら、随分と低い目標を設定されたものだ。圭太は、納得いかないといった目で顧問を見た。


「これで引退になるわけだが……まあ良く頑張ったじゃないか。あとは受験に向けてしっかりやれよ」

「はい」


 引退。

 一年生の頃は認識すらしていなかったその文字が、今は鉛のように重くのしかかる。前々から分かってはいたけれど、どこか遠い話のように感じていたこと――それが、今はっきりと目の前に示されたのだ。暗にこれで終わりなんだぞ、と宣告された気がした。

 しかし顧問は圭太の考えとは裏腹に、「高校に行っても続けるんだろう?」と、やはり機嫌よく尋ねる。圭太は深く考えずに、「そのつもりです」と答えた。


「作品展は来月になるらしい。案内が来たら、また連絡するからな」

「お願いします」


 作品展か、と圭太は考える。

 去年と一昨年入選した時に見に行ったことがある。市の施設で、三週間ほど入選作品が一般公開されるのだ。

 今年はどうしようかと思ったが、顧問には行くつもりだと言ったようなものである。親も、せっかくだから観て来いと言うだろうから、結局は行く羽目になるに違いない。

 面倒だ、というのが正直なところ。どうせ、今年も変わらないだろうに。

 圭太は憂鬱な気持ちで教室を出た。



   ※



 平日の夕方だったせいか、会場は大した賑わいをみせていない。関係者らしき人がぽつぽつと見受けられるが、彼らも目的の物を見付けたら直ぐに帰ってしまう。おかげで、圭太も自分の作品も直ぐに探すことができた。

 目線とほぼ同じ高さに置かれたそれは、子どもが鑑賞することを想定したものだ。圭太は、周囲に知り合いがいないことを確認してから、自分の作品を眺めた。

 遠い昔のことのようだが、書き終えた瞬間のことは今でも鮮明に覚えている。

 高揚感と、その後訪れる充実感――あの時は確かに満たされていた。

 確認程度に眺めた後、別の場所に視線を移す。

 一際目立つ位置に飾られた作品は、いかにも最優秀賞といった作品だった。

 確かに上手い。技術的なものだけでなく、題材や構図の選択にもセンスを感じる。何より、丁寧に仕上げられた作品だということが感じられた。

 けれども、


(それだけ、なんだよな)


 言ってみれば、優等生的な作品というだけで、残念ながらそこから感動は生まれてこない。綺麗だとか上手だとか、そういった感想はもつが、もっと五感に響くような――強烈な何かを感じさせるものがない。そして圭太は、この展示会でそういったものを見たことがなかった。

 これ以上いても仕方がない。圭太が最優秀作品の前に集まる人々の間を抜け、出口に向かおうとした。その時、


「っ……!」


 ふと視界に入ったモノを見て、彼は言葉を失った。


(なんだ、これ……)


 まるで足首を掴まれたごとく、その場に縫いとめられた。

 硬く冷たいタイルの感触が、ボロいスニーカーを通って足の裏へと伝えられる。微かな痺れがふくらはぎまで達し、圭太はぶるりと身体を震わせた。

 動かない足のかわりに、首だけを動かす。


(こんなのが……)


「審査員特別賞」を与えられたらしい作品を前に、圭太は立ち尽くす。

 決して大きくないそれは、しかし彼をいとも簡単に呑みこんでしまうような広さと深さを持っていた。

こんなものは見たことがない。

 圭太は、全身にぴりりとしたものを感じた。

 最優秀賞の前で批評会を始める大人の声が遠ざかっていく。彼らは気付かないのだ。この作品が発するメッセージに。


(ああ……)


 一歩、近付く。

 身体に残る浮遊感が、彼を前へと進めさせた。意識していなければ倒れてしまいそうな状態のなか、圭太は下半身に力を入れて正面を見据える。

 これは、自分を何処に連れていってくれるのだろうか。

 ふと、そんなことを考えた。渦巻く先にあるものを、見てみたいと思う。

 もう、大人たちの声は聞こえない。

 閉ざした世界のなかで、圭太はずっと、それを見つめていた。




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