第31章 怒りの爆発と選んだ運命
極夜は、狂暗がいたはずの場所を見つめたまま、動くことができなかった。縁は振り返りもせず、じっと立ち尽くしたままだった。
極夜にはわかった。縁は狂暗の前に立った時、死魔と同じ闇を放った。そして、死魔と同じように悪魔を跡形もなく消し去ってしまった・・・。どういうことなのか極夜にはまったく理解できず頭の中は真っ白だった。
沈黙を破ったのは望乃だった。望乃は縁に駆け寄り、後ろから縁を抱きしめた。
「縁、ごめんね・・・。本当にごめんね・・・」
望乃は縁を強く抱きしめ、つぶやくように言うと、望乃の頬を涙が伝った。極夜も慌てて駆け寄り、縁の前に立った。すると、縁はこぶしを握り締め、震えながら声をころして泣いていた。大粒の涙が次から次へと溢れていた。極夜は優しく縁の頭をなでた。
「ごめんね、縁・・・。私のために、またツラい思いをさせて・・・。本当にごめんなさい・・・」
望乃はすすり泣きながら縁に謝っていた。縁は泣きながら、身じろぎ一つしなかった。
しかし、極夜は安心していた。目の前にいる縁は、間違いなくいつもの縁だった。力を使ったのに、体を乗っ取られてはいなかった。
極夜がほっと一息ついたのも束の間、さっき感じた闇よりもはるかに冷たく、さっきよりも確実に恐怖心を煽る闇を背中に感じた。極夜はすぐに振り返った。
そこには、やはり死魔が立っていた。
極夜は2人の前に仁王立ちになり、腹の底から憎しみを込めた声で言った。
「なんだ!何しにきた・・・!」
死魔に気づいた縁はすぐに望乃を守るように立った。望乃は死魔を見て、顔が青ざめていた。
極夜の心の中はもはや乱れきっていた。平静のかけらもなかった。いきなり狂暗が現れ、その場を何とかしようと思っていると、縁が死魔のように狂暗を消してしまった。それから何分もしないうちに死魔が目の前に現れた・・・。極夜の頭の中はもうぐちゃぐちゃで、考える余裕がまったくなかった。
死魔は何も言わず、ただ立っているだけだった。
「何しに来たのかって聞いてんだっ!!!」
極夜は怒鳴ったが、それでも死魔は動きもしなかった。
極夜は元々考えることが苦手だった。しかし今は、守りたいものがある。守りたいもののために、守りたいものを傷つけないように、今まで必死に色々考えてきた。考えに考えてきたストレス、今までの一連の出来事、そして何より死魔の出現により、怒りで思考が停止しそうになっていた。しかし、極夜はずっと自分自身に冷静になれと言い聞かせていた。極夜は自分の力がまた暴走する予感がしていた。狂暗を消すと望乃に言っていたが、実際に自分の中で力が暴走しそうなのを感じると、とてつもなく怖かった。
死魔には音波を消されている。縁が狂暗を消した時に、何よりも真っ先に頭に浮かんだのは音波のことだった。死魔に対する憎しみ、怒り。その張本人が目の前に現れたことにより、更に極夜を追い詰めていった。
死魔がジワジワとゆっくり、近寄ってきた。死魔が近づくたびに、極夜はどんどん冷静さを失っていった。冷静でいろと、強く自分に言い聞かせた。しかし、抑えても抑えても怒りや憎しみが込み上げてくる。
死魔が極夜まであと5メートルという所まで近づいた。極夜はじっと死魔を睨みつけ、緊張がどんどん高まっていく。すると、ふっと死魔が消えた。消えたと思った次の瞬間、極夜の横に現れた。そして極夜は、死魔が縁に手をあてようとしているのを目の端で捉えた。その時、とうとう極夜の中で死魔に対する怒りが爆発した。死魔にこれ以上仲間を消されたくないという強い怒りが極夜の心を支配した。
極夜の感情の爆発と共に、また体から闇が噴出した。それは前に出した闇よりはるかに大きく、禍々しい闇だった。闇を出した風圧で望乃の家は吹き飛び、地面は裂けた。森は朽ち果て、空には雷雲が立ち込め雷が激しく落ちた。一瞬にして、この世の終わりかと思うほどの光景が広がった。
極夜は感情の爆発と共に、怒りや憎しみで思考が完全に停止した。目の前の光景など見えてはいなかった。
縁は驚き、すぐに望乃を抱え、極夜の後ろを飛んだ。そして極夜の腕を引っ張った。すると、ゆっくりと極夜が振り返った。極夜は瞳孔が開き、目は血走っていて、まるで鬼のような形相だった。縁と望乃のことがわからないようだった。縁と望乃は、極夜に声を掛けることもできず、恐怖に怯えた顔で極夜を見つめた。しかし極夜は、死魔を探そうとしているのか必死に周囲を見回していた。死魔は、極夜の闇が届かないところをこっちを見たまま飛んでいた。
極夜は死魔の姿を捉えると、猛り狂い、血走った目で死魔に突進した。死魔はそれを待っていたかのようにふっと消えると、違うところにすぐに現れた。極夜はすぐに死魔を追いかけた。しばらくその繰り返しで、あちこちに死魔が現れ、そのたびに極夜が追いかけた。そのうち、極夜の視界から死魔がいなくなった。極夜が後ろを振り返ると、縁たちを挟んだ向こう側に死魔がいた。極夜は怒り狂い、猛スピードで死魔に向かうと、死魔は後ろに後退した。死魔を追いかけ、縁と望乃の横を通り過ぎようとした瞬間、望乃が縁の手を振り払い、極夜に抱きつき叫んだ。
「極夜!!落ち着いて!落ち着いてよ!!このままじゃ、世界が壊れちゃう!!!」
望乃は極夜にしがみつき、泣きながら叫んだ。極夜には死魔しか見えてはいなかった。極夜の中には、今までの元凶も、これから起こるかもしれない不吉な出来事も、死魔を消滅させなければ終わらないという思いしかなかった。死魔に対する深い憎しみと激しい怒りで、極夜は望乃が抱きついてきたことに気づかなかった。
極夜は気づいていなかったが、望乃の体は光り輝いていた。その優しい心を映し出しているかのように、望乃の体から優しい光が溢れていた。その光は望乃の思いと共鳴するように、極夜を優しく包み込んだ。すると、極夜の中で嵐のように渦巻いていた怒りや憎しみが少しずつ収まっていった。心の中の収まりと同時に、極夜が放っていた闇も小さくなり、極夜の闇が消えた瞬間、望乃の光も消えた。
空にあった雷雲は消えたが、目の前には悲惨な光景が広がっていた。極夜が飛んだ場所は線を引いたように地面が裂けており、その周辺の森も枯れていた。雷が落ちたせいで、森のあちこちからは炎が上がり、夜の闇の中で狂ったように燃えていた。
極夜は闇が消え、少しずつ自分の意識を取り戻し始めた。
「あれ・・・。俺、どうしたんだっけ・・・」
極夜はまだボーっとする頭でつぶやいた。すると、自分に抱きつき泣いている望乃に気づき、落ちないように慌てて望乃を抱きしめた。横を見ると、縁が極夜の腕を掴み、心配そうに極夜の目を見つめていた。
「おい、なんで望乃が・・・」
極夜はそう言うと、ハッと今までのことを思い出した。自分のまわりには悲惨な光景が広がっていた。極夜は何も覚えてはいなかった。縁と望乃を見て、激しい後悔に襲われた。もしかすると、この2人を襲っていたかもしれない・・・。極夜は自分が怖くなり、片方の腕に望乃を抱き、もう片方の腕で縁の肩を掴み自分に寄せた。
「すまない。本当にすまない・・・」
極夜がつぶやくと、望乃と縁は何も言わず、ギュッと強く極夜に抱きついた。
「夢魔よ、自分にどれだけ凄まじい力があるかわかったかい?」
極夜が顔を上げると、いつもまにか死魔が目の前におり、顔の見えないローブの奥から、ゆっくりと言った。死魔に話しかけられ、極夜は聞きたいことや言いたいことで頭がいっぱいになり、すぐに口を開くことができなかった。それを感じたのか死魔がすぐに言った。
「魔羅様が呼んでいる。すべてを、この世界のすべてを話すと言っていた」
極夜は何と答えていいかわからなかった。罠だという可能性もある。極夜は死魔を睨みつけ、言った。
「行かない。俺たちは人間界で自由に生きる」
「自由に、生きるか・・・。まぁ、それもお前の道の一つだろうねぇ・・・」
死魔はしわがれた声でつぶやいた。すると、縁が死魔を見て恐る恐る口を開いた。
「あの、僕は、僕はいったい何なの?僕はこれからどうなるの?」
死魔は縁を見たようだった。そして、ため息をついた。
「私は何も言うことはできない。すべては夢魔が決めること。夢魔により、運命は決まるのだ」
極夜はギロッと死魔を睨み怒鳴った。
「おい、どういう意味だ!夢魔の言い伝えのことを言ってるのか!?」
死魔はすぐに返事をした。
「ああ、そうだ。夢魔にしか運命は決められない。すべての運命を決められるのは夢魔だけなんだよ。お前の前には数えきれない程の運命の道があった。その中から自分で選んだ道を辿り、お前はここにいるんだよ」
「ふざけんな!何なんだよっ!俺にどうしろっていうんだ!!」
「どうしろなんて言わない・・・。お前の歩む道がすべてなのだ。夢魔の歩む道には悪魔の運命、そして人間の運命にもつながっている。お前はその運命のもとに生まれたのだから」
極夜も縁も望乃でさえ、この言葉を聞き黙ってしまった。3人は目の前を飛んでいる死魔をじっと見つめたまま、動けなかった。




