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P  作者: あると
9/11

第9話「欲望」

少し前――

疲労を感じ始めた英二は膝をついた。真知が手を伸ばしてきた。心配しているようで、違った。彼女の目は、いまだに熱を帯びている。それに応える体力も、気力も薄れていた。

英二は腰を下ろすと、たまらなくなった。顔面の痛みがずきずきと襲ってきた。こんな状態の自分に、真知は求めてくる。

怒りが湧いた。恋人の身体の心配よりも、自分の欲望を満たすことを優先する女だとは思わなかった。だが、見捨てられない。いっそ、気を失ってしまいたかった。

真知は、英二の様子に失望したようだった。目が泳いで、もう一人の人間を探しあてた。

英二は真知の正気を疑った。彼女は、暴力的な男の肢体を眺めていた。

男は、椅子にもたれて、こちらを見ていた。真知の視線は受け止めていない。英二と真知の間の空間を、見るともなしに見ているだけだった。

男が椅子から立ち上がった。川に面したベランダに移動した。カーテンで陽光は遮られている。部屋の電気は点いていない。薄暗い室内では、男の顔かたちはよく見えなかった。

真知は男の姿を目で追っていた。英二のことは忘れ去ってしまったようだ。脚を組み直して、膝と膝の間を広げていた。

「真知」

愕然とした。

彼女は何をしている。何をしようとしている。

呼び声に反応して、彼女の顔が一瞬だけ振り向いた。

唇から、唾液が滴り落ちた。

やめろ。

彼女は、あの男を求めていた。


男は肌に忍び寄る視線を疎ましく思っていた。女の歪んだ感情は不快だった。

性欲を増大させる淫靡薬は必要なかった。そればかりか、邪魔だったようだ。男と女の関係がどのようなものか、ちょっとした好奇心から観察しようとしたが、まさか自分を巻き込んでくるとは思わなかったのだ。

遊びが過ぎた。だが、今更どうにもならない。耐えて放置するしかない。それに、間もなく目的が達せられるはずだった。

身体に鳥肌が浮かんでいた。ベランダのすぐ近くに、強い自我を持った意識が存在しているのがわかった。殺気にも似ている。押し潰し、制圧しようという気配だった。

彼は人の強い存在感を感じ取れた。子供の頃から、柔道や剣道、そのほかにもいくつか武術をやっていたからだろうか。いつしか、対峙する人間の気配を読むことができるようになっていた。やがて感知できる範囲が広くなったのは、父親に反発して、集団での喧嘩に手を染めたのが原因だったかもしれない。

外の様子をしばらく窺った。鋭い針を突きつけられている感覚がある。銃だろう。だが、撃てはしまい。予告のない射撃は、考えられない。

ぞくぞくする。

突入をしようとしている隊員と、玄関口で慎重に部屋の中を探っている隊員の存在は、彼の欲望を満たした。

これが警視庁のSITか。

聞き知っただけの内容よりも、遙かに想像を超えていた。三笠善則が酒の席で語った話は、誇張ではなかった。優秀な部下を持つ父親・ ・が誇らしかった。自分も、SIT隊員になりたくなった。

三笠善嗣の顔に、はじめて笑いが浮かんだ。

「ねえ、君。こっちに来て」

甘ったるい真知の声に、三笠は吐き気を覚えた。高揚した気持ちがぶち壊しになった。

「やめろ!」

絶叫が英二に力を与えた。これ以上、真知の狂態を見たくなかった。

どうしてこうなってしまった。答えは明らかだった。この男がいるからだ。

「やめてくれ!」

何も考えられなかった。柔道で鍛えた体が跳ね起き、突進した。腕は後ろに拘束されているため、体当たりしかできない。身を屈めて、肩から突き進んだ。

三笠は強い意志を感じ取った。大きな憎しみだった。単純で明快な感情は、勢いがあった。

ボコリ

だが、わかりやすい。三笠の踵が、英二の肩を破壊した。体当たりの威力を完全には殺しきれず、軸足が床を滑ったが、英二の身体は床に沈んでいた。彼は望みどおり、意識を失った。

銃声。ガラスの割れる音が重なった。

来た。

三笠の背中はヒリヒリしていた。危機的な状況が肌に粟を生じさせる。

リビングの床を蹴った。空中で耳をふさぎ、目を閉じた。身体全体をしならせ、猫のように受け身を取った。

直後、炸裂音と閃光が皮膚を撫でた。


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