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P  作者: あると
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第10話「Practice」

藤堂はカーテンを引きちぎり、部屋の中に侵入した。閃光弾の靄のために、視界が悪かった。

シグを慎重に構えて、すぐ横に移動した。侵入口が窓しかないのは、犯人にもわかっているはずだ。そのため、すぐに位置をずらす必要があった。

「動くな!」

藤堂は、先ほどまで犯人が座っていたと思しき位置に銃口を向けた。

少し遅れて、諸星が降下してきた。銃を片手に窓枠を越えてくる。

フローリングの床がうっすらと見え始めた。男が伏せていた。犯人か人質かは、今の段階ではわからない。残り二人の位置を特定するのが先決だった。

玄関の方向で咳き込む音がした。女だ。

その向こうで物音がした。ドアのノブを回す音だった。表の早見たちだろう。ドアは鍵がかかっているようだ。開けに行くには、リビングを横切らなければならない。だが、あと一人の行方が不明の状況で、大きく動くのは危険だった。

最後の一人が犯人だとしたら、どこかに潜んでいる可能性が高い。無闇に動くことはできない。もう少し靄が晴れれば、動きやすくなる。

「拘束しろ」

藤堂は、倒れた男をつま先で突いた。反応がない。まずは、この男を確保しようと考えた。被害者だったら申し訳ないが、今は一刻を争う。

諸星は頷いて、銃をしまった。手錠を取り出して、男の腕を探った。

「捕縄されているぞ。こいつは、人質だ」

「何?」

藤堂は全身を緊張させた。行方がわからないのは、犯人だった。


『後ろだ!』


早見の絶叫が鼓膜に響いた。無線を通しての音声は割れ、耳が痛んだ。

藤堂は、イヤホンコードを外して、横に転がった。早見の声とほぼ同じ時、彼の勘も危険を察知していた。

床が打ち鳴らされた。どこからともなく、人の姿が現れていた。

「動くな――」

シグの銃口が、つい先ほどまで自分がいた場所を狙った。両手が弾かれていた。銃口が天井を向く。先手を打たれたと認知したとき、腹に衝撃が来た。蹴りだ。

耐えた。

防護衣と筋肉の壁が、まともにくらうことを防いでいた。それでも、息が止まった。

上半身が前屈みになっていた。そして、頭が横に振られた。意識が吹き飛ぶ。ヘルメットが音を立てて転がった。

「てめえ!」

諸星が人影を見定めて殴りかかった。

男が消えた。

次の瞬間、諸星は宙を飛んでいた。低い位置からの蹴りが、彼の踏み込んだ足を払ったのだ。床に打ちつけられ、背中に激痛が走った。あまりに痛みに、彼の意識は白く飛んだ。

藤堂は頭を打った衝撃で意識を取り戻した。目の前は真っ暗だったが、身体は反射的に飛び起きた。ふらつく身体に活を入れ、両腕で頭部を守った。

感じた。

膝を落とす。風が耳を切り裂いた。右の側頭部が痺れた。

「お」

若い男の声がした。はじめて、声を聞いた。今の今まで、男は一言も発していなかったのだ。

藤堂は右膝を軸にして、半回転した。左足を後ろに蹴り、身体ごとぶつかった。腕を突き出した。掌底だ。あたった。しかし、ずらされていた。

立ち上がった。さらに追い打ちをかけようとしたとき、今度は顎の先が痺れた。脳が揺れ、膝と腰が砕けた。

耐えられない。

晴れかけた視界が、また塗り潰された。

最後に見たのは、弧を描いて閉じた男の脚だった。


三笠は大きく息を吐いた。まだ、うっすらと閃光弾の耳鳴りが残っている。耳抜きをしてもあまり変わらなかった。

彼は倒れた男の目出し帽を剥ぎ取った。三十代半ばの顔が現れる。

「藤堂さんか」

噂には聞いていたが、格闘の心得はかなりあった。視界の悪い状況だったために、終始有利に運べたが、道場で正々堂々と向かいあったらどうなるかわからなかった。

三笠は藤堂の目出し帽を被った。手袋も奪う。

「楽しかったよ」

SITの実力を知ることが目的だった。わざわざ立てこもり事案を起こしたのも、どのくらいの時間で対応できるか見定めるためだった。想像よりも遙かに早かった。そして、突入への決断が極めて短時間だった。

人質の男が襲いかかってくるのは予想外だった。多少焦りはしたが、そのほうがかえってよかったかもしれない。時間をかければかけるほど、逃げ場はなくなるのだ。警察の態勢が整う前に、実力を計ることができてよかった。

これほど優秀な組織であるSITの隊員になりたい。父親の影響もあるが、今日の出来事でその意思がさらに強くなった。

今回は練習だ。次は立場を変えて、経験したい。

三笠は素早くベランダに出て、ザイルを握った。手袋をはめた手だけで、躊躇なく外へと飛び出していた。目も眩むような速さで降下を終え、走り去った。

マンションの上でサポートをしていた隊員が彼の姿を見つけたが、無線の情報によって捜索を開始したとき、すでに消え失せていた。


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