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トゥルーカラーズ=僕らの家族スタイル SEASON2~ はためく夏の狭間から  作者: 花田秀彦
後編 第5話

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第5話ー④

 午後の授業が終わるころには予想通り、発達した積乱雲が空を覆い、大粒の雨が街を洗い流していた。


 野球部が使える室内練習場がないため、放課後の練習は廊下で手短に行われた。

 窓を叩きつける雨粒に、誰もが気持ちを憂鬱にさせていた。


「よお!なんで、曲川おらんねん?」

 ステップワーク練習をしている久米に、突然葛本が近寄ってきた。

「さっきまで、おってんけど、用事あるゆーて先に帰った。」

 久米に順番が回り、廊下に貼られたテープの升を利用してステップを踏みだす。

「お前ら最近おかしいぞ。」

 久米に並び、同じように葛本はステップを踏んだ。


 せわしなく腰をひねり、細かく足を動かしゴールを目指す。


「・・・・おかしいかもな。」

 足元を見たまま久米はつぶやく。

「おかしいかもな、ちゃうんや!」

「お前主将やろ。ちゃんとせーや。」

「次の試合、負けたら、お前ぶっ殺すからな!」

 葛本も足元のラインを見ながら小刻みに進む。


「・・・・・わかってる・・。」

 葛本の顔を見れない久米はそのままゴールをし、列にならんだ。

「ホンマ、おっとろしいのぉー。」

 こちらを見ない久米に苛立ちを感じながら、葛本は踵をかえした。


「おい!一年!チンタラ階段ダッシュすんな!ちゃっちゃとやれや!」

「北越智!ちょっと練習つきあえ!」

 そんな葛本の怒鳴り声を聞きながら、久米は胸の消えないモヤモヤを吐き出すように大きく息を吐いた。



 ―――――――――――――



 何かに追われるように、フロントガラスを濡らす雨を全力で払い落しているワイパーの先を制服姿の曲川勾太【まがりかわ こうた】は後部座席から眺めていた。


 継母が運転する車は、明日香に向かっていた。

 後部座席には、勾太の他にふたりの幼い弟たちが乗っている。

 携帯ゲームで無邪気に盛り上がる姿を横目に、はじかれる雨粒を見ていた。


 昨夜、あまり言葉を交わさない父親から頼まれごとがあった。

 家族で参加することになっていたセミナーに、急用で参加できなくなった為、自分の代わりに出て欲しいと。

 父親から頼まれることなどこれまでなかった為、正直嬉しかった。

 だけど【家族】で参加するセミナーに自分が誘われていなかったことに、少し俯いてしまいかけたが、「まぁ、受験や野球があることも知っとるしな。」と自分で納得させた。


 湿気で曇りそうになるフロントガラスを乾かす激しいクーラーの音が、嫌に耳に付く。

 拭い切れない疎外感のまま、曲川勾太は子どものはしゃぐ姿に背を向けるように、流れる景色に視線を向けた。

 薄闇の中、雨に曇る石舞台古墳が見える。

 閉館時間を過ぎ、誰もいなくなった巨石はまるで、孤独であり続けることに慣れてしまった魂のようだった。


 気付けば、勾太の手は固く握りしめられていた。


 左へ大きくカーブし、

 雨風に揺れる棚田を更に見下ろしながら車は進む。


 そして、傘を広げ路肩を歩く人が見え始めた頃、乗っていた車は減速した。



 立派な門構えを抜けて、その先へ続く石畳を歩く。

 少し弱まった雨が、葉に当たり弾ける音が辺りを包む。

 セミナーに集まった沢山の人影があるにも関わらず、静かに時が流れているような空間だった。


「曲川さん、こんにちは。」

「出席名簿に記入お願いします。」

 玄関口で雨を払い、傘立てに差し終えた勾太に

「勾太さん。」

 と継母がペンを差し出した。


 継母の名と、ふたりの子どもの名前のあとに、勾太は自分の名を記入した。

「はじめまして、曲川勾太さん。ようこそいらっしゃいました。」

 受付の人が笑顔を見せる。

「この廊下の、突き当り奥のお部屋になります。」

 手で指し示すその先に、靴を脱いだ継母たちは待っていた。


 勾太が框に足をかける頃には、既にこの場所を知っているのか、子どもたちが奥の部屋へ小走りに進んで行った。


 湿気と暑さを感じていた先ほどまでとは打って変わり、心地いい肌触りの空気に変わった。

 一歩進むたびに目にする、日本古来の建物造りや伝統的な調度品の数々に「高級旅館かよ。」と勾太は呟いてしまった。


 ・

 ・

 ・

 子ども連れということもあり、継母がうち縁側の最後尾に座った。

 勾太は、老若男女問わず集まっている人の数に「なんのセミナーやねん・・」と人々を見渡しながら、ふわふわの座布団に腰を下ろした。


 入室前に手渡された数枚の資料をパラっとめくってみる。

 なんのこっちゃわからんただの文字列に、勾太はすぐに資料を閉じ畳に置いた。


 継母に悟られないように、つまらなさそうな溜息を小さくつく。

 子どもたちは、ふわふわの座布団に寝転びゲームに夢中になっている。

 前の方へ顔を上げた勾太は、何か変わったことはないかと再び観察するように辺りを見渡した。


 自前のバインダーに資料を挟みペンを準備する人、録画用の三脚を組み立てている人やボイスレコーダーを並べている人。

 そして、どこかの高校の野球帽をかぶった制服姿の男子。

「あれどこの高校や?」

 退屈の中の好奇心が心をくすぐる。

 だけどここからでは見えづらい位置に座っている。


 体をずらして見てみるがよくわからない。

「・・・まあ、ええか。」と、あきらめた勾太はまたため息をつき、うち縁のガラス戸を濡らす雨に視線を向けた。

 空はまだ雲がかかり、暗く重く垂れ下がったまま西から東へ流れていた。


 そんな勾太の様子を、野球帽をかぶった男子が振り返り見ていた。


 不意にポケットの中のスマホが鳴る。

 子どもを挟んで座る継母がこちらに顔を向けた。


「ごめんなさい。」

 慌てた勾太はマナーモードに切り替える。

 画面には久米からメッセージが届いた通知が映されていた。


『お疲れさまです。もうすぐ第二試合ですね。曲川くんの調子が戻って心配はしていないのですが、一応、体調管理はよろしくお願いします。次回もチームを盛り上げてください。お互い高校最後の大会を目一杯楽しみましょう。あと、もし何か悩んでることとかあったら、いつでも言ってください。話くらいは聞けるんで。』


  いつも以上にかしこまった文に、なにか見透かされた気になった勾太は息が浅くなった。

 確かに前回の試合中に、気づかう久米の手を払いのけてしまった。

 見知らぬ神社の前で泣いてしまっていた。

 そして、半信半疑ながらも、北越智たちの話が心に残っている。


「なんや、このかしこまった文は。」

 心のモヤモヤをごまかすように呟く。


 暫くそのメッセージを眺めた後、やっぱり考え過ぎだと頭を少し振った勾太は久米にOKのスタンプだけを返した。


 その時、前方の障子が開き、裙襦【くんじゅ】に身を包んだ人が一礼をし、静かに部屋に入ってきた。

 その場のざわついていた空気が凛とし、誰もが背筋を伸ばした。

 勾太も空気の変化に気付き、スマホから目を離し、前を向いた。


 !!!!!!

 見覚えのある姿に一気に鼓動が激しくなる。脇汗が制服の隙間を伝うのがわかる。


 手研耳命の名を口にした、夜道の不審者がそこに立っていた。

「なんでや!」

 車から降り立ち、笑顔をこちらにむけてきたあの日の光景がフラッシュバックする。

『お迎えにあがりました。曲川勾太くん、そして手研耳命。』


「そう言えば、お迎えにあがりましたって、ゆっとったで・・・・」

 身震いが起こり、腕が鳥肌に埋め尽くされる。

 今すぐに立ち去りたい気持ちで継母を見る。

 頭をフル回転させ退室理由を引き出しにかかる。


 継母は、寝そべる子どもたちに手を添えながら真剣な面持ちで、真っ直ぐその人を見ている。


「あ、あの・・」

 勾太が腰を浮かし、口を開こうとした時、裙襦を羽織った人が声を出した。


「本日は、足元の悪い中、ようこそおいで下さいました。」

「雨模様の明日香も、情緒あふれる世界となり、色々な思いをはせることが出来ると思います。」

 その人の声は透き通り、勾太の胸に突き刺さった。


「我來自東、零雨其濛【われ、ひがしよりきたる。れいう、それもうたり。】」

「これは『詩経』の「東山」の一節であり、長い年月を経て帰還する兵士たちの心情を歌ったものです。」

「簡単に言えば、私は東から帰ってくる。細かな雨が降り、あたりは雨に煙っている。という解釈になります。」

「長い従軍を終え、ようやく家へ帰る兵士の歌です。」

「ですが、そこにあるのは喜びだけではありません。長く離れていた家はどうなっているのか。残してきた妻は、今も自分を待っているのか。」

「帰る場所があることと、そこが自分の居場所であることは――同じなのでしょうか。」

 その人はゆっくりと周りを見渡しながら静かな声で語りかける。

 誰もが息を殺し、耳を凝らしていた。


「家族とは何か。今日は皆様と一緒に考えていきたいと思います。」

 そう言ったその人は、用意された座卓に座ろうとしたが、

「そうですね。初めてお目見えする方もいらっしゃるようなので、自己紹介を少ししましょうか。」

 再び立ち上がり、

「私はこの明日香の地で、儒教、そして周孔の学を中心に研究しています漢請安【かん しょうあん】と申します。」

 そう言いながら、勾太に視線を合わせた。



 ―――――――――――――



 白を基調とした部屋の中で、久米香月はベッドで眠る母・香織の寝顔を眺めていた。


 ベッドわきの椅子に座り何をするわけでもなく、ただ母の側にいたかった。

 謝罪だったのかもしれない。感謝だったのかもしれない。


 久米は規則的に落ちる点滴の滴を感じながら、「早よ元気になってや・・・」小さく語りかけた。


 目を覚ます気配のない姿に不安が募るが、担当医が順調に回復していると言ってくれた言葉に頼るしかなかった。


 自分が自分であるために、周りを顧みずに突っ走ってしまっていた。

 そのために母に多大な負担をかけてしまった。

 母が訳のわからない状態になり倒れてしまったのは、きっと自分のせい。


 それでも久米は「ごめんなさい。」が言えずにいた。


 窓の外を流れる雨雲は次第に薄くなり、西の空は茜色を少し混ぜ始めていた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

本作は『トゥルーカラーズ=僕らの家族スタイル』シリーズとして連載しています。


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また、本作の世界観をもとにしたAIドラマ(YouTube【公式トゥルーカラーズ=僕らの家族スタイル】チャンネル)や、イメージソング(Spotify、Apple、YouTube、Amazon、iTunesなどアーティスト名【HIDEHIKO HANADA】)も配信しています。

ご興味のある方は、タイトル名や作者名で検索してみてください。


それでは、次回もお楽しみいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
小説最新話、ありがとうございます。香月家しかり、曲川家しかり、それぞれの家族ごとに、抱え込んでいる問題はあるものですね。そこへ歴史の糸が絡み付いて来るゴタゴタさが、まだまだ話が複雑にするものなのでしょ…
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